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契約

 事が済み、ケイはぐったりして布団に蹲っていた。女は隣で煙管を吹かしている。まだ体温が生温かくまとわりついていて、ケイは変な気分だった。


「好き女の子の夢でも見ていた?」


 女が言った。ケイは、小さく首を振る。


「あなた、良かったわよ。なかなか。本当に初めて?」


 女がからかう。


「あなたも吸う?気分が良くなるわよ。」


 煙管を唇に当てられ、ケイは身動みじろぎをした。


「大丈夫よ。少しぐらい」


「いりません」


 ふふふ、と女は笑った。そしてまた自分でそれを吹かし始める。


「これからは、贔屓ひいきにさせてもらうわね。あなた、直ぐに出世するわよ。一気に『風』に登り詰めて、稼ぎ頭になる。翼里を凌ぐ程に。それぐらいの魅力があるわ。本当に素敵」


 嬉しくないといえば嘘になる。けれど、ケイの胸の中は罪悪感に苛まれている。


「そう言えば」


 女は煙管を下ろした。


「あなたによく似た女が、男を買うのを見たわ」


 ――似た女?

 ケイは、妙な引っ掛かりを頭に感じた。


「まぁ、この世界にはよくある話だけどもね」


 それは、似た女のことなのか、男を買うことなのか分からなかったが、敢えて質問はしなかった。今さら、どちらでも構わない。

 なぜか、ケイはふと花子を思い出す。


「その女は、蛇でしたか?」


 ケイが唐突に訊ねると、客の女は驚くような顔をした。


「まさか。蛇ではなかったわ。蛇には男を買えないもの」


「じゃあ、病気の女は?」


「勿論無理よ。大切な働き手に病気が移れば、稼ぎが減って女王蜂が困るもの」


 花子は、客じゃなかったのか。なら、どうしてヤモリと知り合ったのだろうかと、疑問を感じた。


「まぁ、昔はね、風だけは宮殿の外に出掛けて、買い物や、遊びを楽しむことが許されていたそうだけど。その頃に、外でなら、病気持ちや蛇でも関係を持つことがあったかもしれないわね」


 女はニヤリとして、ケイに近寄った。


「興味があるの? そういうもの達に」


 慌てて首を横に振る。


「困った顔も可愛いわね」


 女はケイの眉間の皺を人指し指で伸ばすと、そのまま指を首筋に這わせていく。


「色んなことを知りたければ、用心深くしなければ駄目よ? 油断すればすぐに付け込まれるわ。利用してやろうと狙ってる奴は山ほどいるんだから。危ないったらありゃしない」


 低く、有無を言わせないような音で女は話す。


「ねぇ、味方が必要だと思わない? 彗星」


 ランプの灯りが、ゆらりと動く。


「この世界の者は、みんなリーズンを探して彷徨ってるわ。伊達に筆下ろしを引き受けたわけじゃないのよ? あなたに、惹き付けられるものを感じたから。その証拠に、さっき夢を見たでしょ? 私とあなたは、一部で繋がっている」


 この女と自分が、繋がっている?ケイは、女の瞳の中を覗きこんだ。なぜだろう、偽りの色は見えない。潤んだ暗闇が、小さく奥深く広がっている。


「あなたを裏切らないと約束する。彗星、契約しましょう。私はあなたのリーズンを探し出す手助けをする。そしてあなたは、私の身体を愛でる。たったそれだけのことよ。悪くないでしょう?」


 女は、自分の小指を強く噛んだ。うっすらと血が滲む。そして、ケイの唇をなぞり、紅く染めた。

 そして艶かしく視線を流すと、自分の唇にも紅を付け、そっとケイに口付けをした。

 ランプが、微かに揺らめいた。


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