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ショッキングピンクの液体

 無言のまま、二人は歩き続けた。景色はやはり黒とも緑とも言い難い並木道で、等間隔に点いているランプに時折虫(鳥?)が飛びこんで死んでいった。

 少しずつ歩くのにも慣れて来たので、少年の足取りは軽くなる。全身の痛みも少しずつ取れてきたようだ。

 猫は無言のまま少年のペースに合わせて歩き続けている。頭には背の高い黒いハットを被っているので、まるで紳士の様に見える。黒の革靴は磨き上げられていて、その艶は暗闇の中でも分かるほどだ。

 しぱらく歩くと、猫が突然足を止めた。少年も慌てて立ち止まる。


「そうそう、忘れていましたよ。あなた様にこれを飲まさなきゃならないんでした」


 猫はズボンの後ろポケットから、小瓶を取り出した。小瓶は透明で、中にショッキングピンク色の液体が入っている。


「これを飲めば、すぐに口が効けるようになりますよ。さあ、お飲みなさい」


 少年は猫に押し付けられた小瓶の蓋を恐る恐る開いた。臭いは特にしない。戸惑っていると猫が無理やり少年の手を取って口元に運び、それを流し込んだ。ゴクリ、と食道を通っていく音がする。思ったより粘性が無く、今まで味わったことのないような、不思議な風味がした。すると、少年の体の中が一瞬捩れたように疼き、その後一気に体が軽くなった。


「あれ……」


 ほらね、と猫。


「お前、何者なんだよ」


 少年は恐々訊ねる。


「先ほども自己紹介致しましたが、私は、ミディー・イントレリア・アールムと申します。親しいものはミイアと呼びます。あなた様をリーズンの元へ案内するため、ここへやって来たのです、ミスター・ケイ」


「リーズンって何なんだよ」


 猫は少し迷うようにして、手で顔を撫でた。


「それは私の口からは申し上げることが出来ない決まりとなっておりまして」


「僕の事を、どうしてミスター・ケイと呼ぶんだ」


 ニヤリ、としたその猫目の奥には闇が広がっている。


「あなた様は、御自分のお名前をお忘れになっているのです。ですから、私はミスター・ケイとお呼びしているのです」


 自分の名前を、忘れている……? そういえばそうだった。少年は、どうしてもそれが思い出せない。猫がケラケラと声を立てて笑っている。


「ありのままを受け入れることも大切です。あなた様に残された期限は、三年。その間にリーズンに出会うことが出来なければ、あなた様は消えて無くなってしまうのです。さあ、もたもたしている暇はありませんよ」


 猫は身を翻し歩き始めた。ケイは、仕方なくそれに着いていく。


「これからどこに向かうんだい」


「そうですね。まずは、モグラの所へ行かなければなりません。あなた様のその塞がらない無数の傷たちを、あの爺さんに手当てして貰わなければ、血が溢れて止まらなくなって、しまいには干からびてしまいます」


 ケイは自分の手足を見た。擦り傷だらけで、さっきからずっと血が滲んでいる。干からびた自分を想像して気分が悪くなった。


「モグラの所は、遠い?」


「あの老いぼれは、土の中に住んでいます。もう少し行けば、穴の入口があるはずですよ」


 紳士な振りをして、口が悪く残酷な猫を、ケイはどうしても好きになれそうになかった。もしかして、さっきのうさぎのようにモグラのお爺さんとやらを傷つけるのではないかと心配になってきた。そんな様子に気が付いた猫が、話しかけてくる。


「さっきのうさぎですがね」


 ケイはギクリとして、目を見開いた。


「あれは信用ならないうさぎです。余計なことに耳を欹て、聞いた事を全部くっちゃべってしまうもんだから、女王蜂が怒って絶対にほどけない蜘蛛の糸で耳を縛ったんです。困った奴なんですよ」


 蜂が蜘蛛の糸で縛るのか、と、ケイは感心した。しかし、怒った様子で言い返す。


「だからと言ってなんで君は切り裂いたんだい」


 猫が明るく声を立てて笑った。


「お優しいんですね、相変わらず」


 ケイはムッとして、それを無視した。


「おや、怒らせてしまったようですね」


 イタズラそうに言った割に寂しそうな猫が少し気になったが、ケイは話すのを止めた。

 

 またしばらく無言で歩き続けると、遠くにサルのような生き物が見えた。


「よく見てみなさい、あのサルを」


 サルの手足は、本来向いている方向と逆に生えている。ケイは気味が悪くなり、後ずさった。


「目を背けなさんな。あれも苦しんでいるのですよ。だいぶ立ち直りかけていますがね」


 サルはケイ達に気が付いて、藪の中に隠れていまった。

 猫が他の生き物を庇う事があるのかと、ケイは意外な気持ちになった。


「さあ、そろそろです。モグラの穴はきっとあの辺りにありますよ」


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