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彗星

 ケイに与えられたのは、着物と簡素な相部屋と“彗星(すいせい)”という仮の名だった。

 謁見の後、直ぐに着替えるように命じられた。


 三階の部屋は全て六角形でできていて三つに間仕切りされていた。二つは日常生活スペース。一つはお座敷になっている。その内の一部屋の『二』の間にはケイの他に三人が入っており、上から『(ふう)』『(うん)』『(さめ)』とれぞれに格付けされている。そしてその底辺には見習いの『(せつ)』が控えているのだがどうやらケイはそこに位置される身分のようだ。

 働き蜂がケイに、草色の着物と銀糸で蝶をほどこしてある赤い袴を手早く着付けた。細くて黒い手がゾワゾワと体を這って、鳥肌が立ったが、蜂は思ったより格段に器用だった。

 詳しいことは一つ格上である『雨』の“初春(はつはる)”が教えてくれることになっている。

 それにしても、猫はあれきり一切姿を見せない。自分の存在など忘れてしまったのではないかと思うほど、ここに来てからの彼は別人のようだ。元々冷酷ではあったけれど、時々僅かに垣間見えた柔らかさが全く消えてしまった。うさぎの耳を切り裂いた時よりも、ヤモリを襲った後よりも、ずっと冷たい瞳をしている。


「やぁ。君が彗星だね」


 不意に声を掛けられて、六角形の隅に縮こまっていたケイはおろおろした。顔を上げ、なるたけ冷静に声の主を見てみると、優しい眼差しの背の高い、大人しそうな青年が立っていた。空色に見事な睡蓮が描かれている着物は艶やかで、彼の魅力を引き立てている。


「年の頃は、十四、五歳かな。僕より三つほど若そうだ。可哀想に」


 とても穏やかな物言いの裏に、暗い影を落としている。ケイは眉間にしわを寄せ、男を眺めた。


「初めまして。僕は初春。君の御世話をサルビア様より仰せつかった。よろしくね」


 久しぶりに、まともな生き物を目にしたので、今までにない安堵がケイを包み込む。ケイは悟られないようにホッと息を吐いた。


「あ、あなたは人間ですか?」


 震える唇から、変声期に差し掛かりかけた声が漏れる。初春はにっこりと微笑むと「どうかな」と曖昧に答えた。


「御兄さん達に挨拶に行こう」


 そう言って連れていかれたのは、四階にあるラウンジのような場所だった。

 コーヒーに近い、良い香りが漂っている。八席ほど置いてあるホールの他に、間仕切りされた個室がいくつかある。やはり部屋の中は全て六角形だ。

 初春に案内された一室には、まるでテレビ画面から浮き出てきたような二人の美しい男が椅子に座り、談笑している。


「御機嫌麗しゅう御座います。彗星を連れて参りました」


 初春がケイの尻を叩いたので、ケイは直立不動になる。男のうち一人は竜をあしらった紫の着物、もう一人は絞り染めの黄色い着物を身に付けている。二人共、普通の人間の形をしている。


「ああ、君が彗星か。ご苦労様、初春。こちらへお座り」


 黄色い着物の方が手招きした。大きく、潤んだ目をしていて、甘いマスクが印象的だ。


「僕は『雲』の犂月(れいげつ)。よろしく。こちらは『風』の中でも、一番売れっ妓の翼里(よくさと)兄だよ」


 と言って、犂月は紫の着物を着ている男に目をやった。切れ長の目に見詰められると、全身が痺れてしまいそうだ。


「まぁ、御茶でも飲みなよ」


 犂月に勧められるまま、花の香りのする飲み物に口を着ける。案外美味しいので、ケイは驚いた。


「これから君は、ここでの振る舞いを覚え、働かなきゃならない。鐘が鳴ったら、雲より格下は見世に出て、客から品定めされるのさ。ただ、今夜は翼里兄が客を取ることになっているから、二度目の鐘の後、君は二の間に戻ってその御守りをするんだよ。いいね」


 さっぱり分からなかったけれど、逆らえない雰囲気に、ケイは無言で頷いた。


「詳しくは初春が教えるさ。しっかり覚えるんだよ。翼里兄に粗相のないようにね」


 チラッと初春を見ると、目を伏せ、静かに微笑んでいる。そして、心配ないよ、とでも言うようにケイの肩を撫でた。


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