大木
何となく木の本数が減ってきたように思う。紫色の空が、所々覗いているから、きっと気のせいではない。それにしても、空は何故紫色なのだろう。本来は、多分青いものなのに。夕暮れでもなく、朝焼けでもなく、ただの夜の暗闇でもない。この向こうにあるのはーー。
ケイは、ひたすら猫の後ろを歩いている。ランプに虫が飛び込み、消えていく。もう見慣れてしまったのか、恐ろしさは感じないようになっていた。
「ほら、あれです」
猫の指差した先には、一本の大きな杉のような木がそびえ立っている。
「あの中に、女王蜂の巣があるのですよ」
いくら大きいといっても、自分達普通のサイズの人間はとても入れそうにない。
「どうやって女王蜂に謁見するの?」
猫はフフフと笑い、
「まあ行ってみれば分かりますよ」
と囁いた。
大木に近付くに連れ、黄と黒の縞模様をした巨大な蜂が姿を現し始めた。彼等は皆軍隊のように数匹で列をなし、ブンブンと嫌な羽音を立てながら警備をしている。その中の一匹が猫に近寄り、敬礼をした。
「ミディー・イントレリア・アールム閣下。ようこそお戻り下さいました!」
引き続きその場にいた兵隊蜂が皆敬礼して
「お帰りなさいませ、アールム閣下!」
と一斉に一列に並び、声を揃えた。
猫は特に気にもせず、つかつかと歩いて入り口を目指す。太い針が蜂のお尻に着いているのを恐々と確認しながら、ケイは猫の後に続いた。ヤモリやモグラが言っていたことは本当のようだな、と一人納得する。それにしても閣下とは、この猫ここではなかなか立場があるようだ。小綺麗な身形も頷ける。
段々と警備が堅くなっていく。蜂の数が明らかに増えていて羽音が五月蝿い。彼等はケイの上半身ほど丈があり、揃って明細柄のヘルメットを被っている。そして一様にケイに怪しみを含んだ視線を送り続けている。猫がいるから危害は加えられないけれど、恐らく一人なら、一発で刺し殺されているだろうと思うほど、殺気が漂っている。
月の明りのせいか、ランプがなくても辺りがよく見えるようになってきた。均等に木が生え、よく手入れされている感じがする。専属の庭師でもいるようだ。
大木が、目の前に立ちはだかった。しかし、到底中に女王蜂の住処があるとは思えない。大木といっても、幅は二メートルほど。女王が暮らすには明らかに狭い。
「ミスター・ケイ」
猫が小声で言う。
「いいですか。女王蜂には決して逆らわないことを約束して下さい」
確か花子も同じことを言っていたっけ、と、さっきまでのことをケイは思い返す。
「なぜ?」
聞き返すが、猫はそれを無視して続けた。
「逆らえば、未来は訪れないと思って下さい。どんな要求を突き付けられても、決して断ってはなりません。リーズンに会うまでは、何があっても堪えて下さい。少し長い時間が掛かるかもしれませんが」
いったい、なにをやらされるんだろう。想像すると恐ろしくて、ゴクリと生唾を飲んだ。
「もしもの時は、私が必ずお助けします。だから、自分でどうにかしようなんて絶対に思わないで下さいね」
猫の額と鼻先が、月に照らされて怪しげな光沢を湛えている。
「それと、お忘れなく。私はいつだってあなた様の味方です」
え?
ケイは耳を疑った。
「さあ、到着しました。いいですね。約束を守るのですよ」
二人は、小さな門の前に並んだ。




