尻尾
長い階段を上がっていく。途中で花子にもらった首飾りをズボンのポケットにしまった。まだ彼女の温もりが仄かに残っているような気がした。
土臭さを抜け出し木の扉を開けると、そこには、すかした顔の猫が立っていた。ケイはムッとしてそれを睨み付ける。
「さっきはここにいなかったのに」
猫はタップを踏むようにしてケイの前に移動した。
「おや?おかしいですね。私はずっとここにいましたよ。ははぁん、さてはあなた様、モグラにそそのかれて花畑に行きましたね?」
ケイは目を見開いて驚いた。
「どうしてそれを……」
猫は得意気に髭をつまんだ。
「だって、ここにいたのに会わなかったのですから、花畑に行ったに決まってます」
どういうことなのかよく分からなかったが、面倒なので返事はしなかった。
突然猫が疑り深い目でケイをなめ回すように見た。
「ミスター・ケイ。あなた様、何か悪い物をもっていらっしゃるようですね」
多分首飾りのことだろうと、咄嗟にケイは思い身を強張らせた。
「お出しなさい。そんな物を持っていては、女王蜂に刺し殺されてしまいますよ」
猫の目は真剣だった。ただ、ビー玉のような瞳には暗闇が広がっていて少し恐怖を覚えたが、ケイは白を切った。
「何にも持ってないよ。地下に長くいたから、匂いが移ったんじゃない」
フン、と猫は鼻を鳴らし、吐き捨てる様に言う。
「まぁ、いいでしょう」
そして踵を返し、スタスタと暗闇を指差した。
「女王蜂のところに行けば、リーズンに会えるかもしれません。貴重な情報が入りましてね」
ふと猫のスーツを見ると、返り血の様なものがべっとりと付着している。更に、ポケットから見覚えのある茶色いモノが見え隠れしていた。――あれは――。ケイは、自らの全身が青冷めていくのを感じた。あれは恐らく、尻尾だ。
猫が、おや? と言ってケイの視線を辿る。
「ああ――。大丈夫。これぐらいで死にはしませんよ。あなた様の方がよっぽど重症です」
ケイが後ずさる。
「おっと。あなた様に危害は加えません。心配しないで下さい」
猫がじわじわ、にじり寄って来る。
「モグラに治療して貰ったのですね。感心感心。綺麗に皮膚が張りました。これで干からびる心配もない。それに、美しい。爪で引っ掻いたら、スッパリと亀裂が入りそうだ」
上目遣いで笑っている猫が覗き込むと、ケイの喉が生唾を飲んでごくりと鳴った。
「冗談ですよ。そう怖がらないで下さい。さて。そろそろ行きましょうか」
ケイは、やっぱりこの猫を好きになれないと思った。
「女王蜂はどこに棲んでるの」
恐る恐る質問する。
「彼女は、木の中の巣にいます。豪華な宮殿のような所です。謁見出来るかは、気分次第ですから、たっぷりの花粉を手土産にしなければなりませんよ」
「謁見して、どうするのさ」
「あなたが女王蜂に気に入られたら、この世界を自由に飛び回ることが出来るようになる。そうすれば……」
猫は口籠った。そして少し考えるふうにして言った。
「この世界は不自由が多いのです。空くらい飛べなければ、いつか獣に食われてしまいますよ」
とても邪悪に笑ったその奥に何となく寂しさが見えたような気がして、ケイは不思議な気持ちになった。みんなが言うほど、猫は危険な奴なのだろうか……。
「さあ、行きましょう。手遅れになる前に、リーズンに会わなければ」
ズボン越しに首飾りの宝石を握り締めた。勿論、猫に気付かれないように。




