★NO.quattro――蕩ける バーチョ
「へえ……、大神は狼族を庇ってくれていたのか。成程ね、道理で音沙汰ないわけだ。一応、理由を訊ねていい?」
「……フェスティーノは明日よ、自分の失態でいらぬ波風は立てたくないの」
「ふうん?」
「……何よ。別にリトアのためじゃない……、血族のためよ」
口端を上げる俺に大神が口を尖らせた。彼女特有の照れ隠しで本当は『俺のため』だと嬉しさが込み上げる、だが同時に湧き滲んだ罪悪感で胸が痛い。
(キミの心遣い……、そうさせてしまった自分くらいは恨みたいよ)
彼女は何より大事に――何より大切に――すべての恐怖から護ってあげたい特別な存在だ。けれどそんな愛しい子に俺は、背負わなくていい十字架を背負わせてしまった。
(ごめんね、大神……)
話は数分前に遡る。実はつい先程、俺はタイミングを見計らって『キミの傷の件で血族は何も言ってこないね。こっちの出方を窺っているのかな……取り敢えず明日、謝罪に出向くよ』と切り出したのだ。
丁度、明日はフェスティーノが開催する。双方、平和的態度で集ういい機会だ。こちら側の行動範囲に非はなかったものの、手荒い真似をした事実はしっかり謝っておきたい。
血族の宝血、ジョバンニ・カインは意志疎通が図れる男だ。野蛮な行為の責めを負い詫びれば穏便に済ませてくれるだろう。
しかし俺の質問に承諾も拒否もせず、大神は意外な言葉でこう返してきた。
『私は自分のミスで神隠しの森に入り、挙句、転んで勝手に負傷したのよ』
『――え?』
『一連の詳細は主に報告してないわ、陰影隊も知らない。さっき言った説明で通っているの、余計な言動は控えて』
『…………』
彼女らしからぬ鋭い命令口調は信憑性が高く、漆黒の両眼は疑う余地のない純粋な眼差しだ。真偽を確かめる必要性はない。
つまり大神は真相を覆い隠した。要するに隠蔽――、その予想だにしない返答は良くも悪くも俺の心をがっちり鷲掴んだ。
(ごめん……)
冒頭の問いでほしい『答え』は得た。大神を想えばこそ、身を挺して繋いでくれた『運命』に後ろめたさを感じてはいけない。
(……後悔はさせないよ)
止まった時間は再び回り始めている。求めた愛が、望んだ愛が、渇望した愛が、手の届く距離にある。
(……大丈夫)
焦りは一切ない。手放さず護り抜く覚悟は、あのとき大神と握手を交した瞬間にした。
今更、ジタバタしない。ふうと短い息を吐き、俺は隣に座る大神の手を握り微笑んだ。
「どうであれ嬉しいよ、俺は」
「信じてもいい?」
努めて明るく告げた俺に間髪を容れず、大神がか細い声音で聞いてきた。眉尻を下げ、不安な顔をしている。
逆に何を信じていないのか?
何に疑心を抱いているのか?
それは愚問だ。俺は大神の肩に腕を回し――おもむろに引き寄せ、無防備な耳元でそっと告白した。
「愛してる」
「…………ッ」
「愛してる」
息を呑む大神を気に留めず、俺は真情を吐露する。
「誰もが羨む永遠で生きているケド、俺は臆病者でね……ずっと変わり映えない外の世界と関わりを絶ってきた。だから愛に飢えているクセに……、いままで誰かを愛した経験がない」
「……リトア」
「出逢って情が湧き……、芽生えた幼い恋心……。君が初めてだよ、愛したのはキミが初めてなんだ大神」
理屈で語れない想いを賢明に伝えつつ、大神の顔を覗き込んだ。薄ら赤い目元、星の輝きを放つガラス細工の瞳は潤んでいる。
「期待……、していい? 同じ気持ちだって……自惚れるよ俺」
無自覚は罪だ。煽られた俺はもう一方の手で大神の顎を掬い、最後に警告をした。
「突き飛ばさなきゃキス、しちゃうよ」
「…………」
大神は動かない。沈黙を肯定の意味で捉え、徐々に二人の隙間を埋める。
「……愛してる」
そして甘い口づけをした。柔らかい下唇を食み、もう一度、柔らかい唇をキスで塞いだ。




