★NO.tre――近づく二人の ディスタンツァ
太陽の高度が一番高くなった正午、俺は秘密の場所で一人の少女を待っていた。数千年で枯渇した時間が嘘のように、最近は毎日が楽しくて仕方がない。
「へえ、大神は二十歳だったのか」
「なによ、何か文句があるって顔ね?」
隣に座る大神が口を尖らせ、ジト目で睨んできた。潤んだ漆黒の瞳、悪戯に飛ばす殺気は可愛げがある。
「ハハッ、ないよ酷いな」
「ふんっ、どーせ童顔よ。ウン千歳のリトアには私が子供に見えるんでしょ」
くすくす笑う俺に怒ったのか、大神は刺々しい口調で言うと顔を逸らした。そしてごにょごにょと「よく幼児体型だって言われるし」などと口籠っている、どうやら『年齢の話題』は地雷だったらしい。
(見る目ない人間が多いんだな。まあ、俺は助かるケドね)
胡坐を掻いた膝の上に肘を突き、俺は大神の横顔を盗み見た。ここ数日で知った彼女の魅力はたくさんある。
何より、大神は優しい。あの日――本人曰く二度目に『ここ』へ来てくれた日から、大神は俺の我儘に付き合ってくれていた。
――また明日、会いたい。
別れの際、俺が大神に必ず言う言葉だ。その都度、彼女は一瞬の迷いを見せる。
けれど、絶対に首は振らない。こくり相槌を打ち、大神は俺の希望に応え続けてくれた。
(ほんと勝手だな、俺は)
自分と接触する行為が如何に危険か自覚はある、大神がこっそり里を抜け出す姿を想像する度に正気でいられない。
(ごめんね、大神)
許されないエゴだが、傍にいたい気持ちが勝ってしまう。俺にとって陽だまりの癒しをくれる彼女は欠くべからざる存在だ。
(大丈夫、誰にも傷つけさせないよ)
大神と出逢えた偶然は、慈悲深い女神が注いでくれた運命に思えた。だからこそ、誰であろうと邪魔はさせない。巡り廻りようやくできた――幾千の夜を願い諦め望んだ――護るべき大切な女の子、大神は自分が全力で護り抜いてみせる。
そう感慨に浸り、心中で誓う俺は大神を眺めたまま囁いた。
「綺麗だよ」
「――え、リトア?」
再び視線が交わる。目を剥く大神の頬は薄ら赤い。
「大神は綺麗だよ」
再度、はっきり告げた。直後、大神が声にならない悲鳴を上げる。
「~~~~ッ」
瞬時に顔を伏せ、両手で頬辺を覆った。俺は肩を傾け、顔を覗き込んだ。
「……大神?」
「……『綺麗』だなんて初めて言われたわ、お世辞でも嬉しいものね」
恥じらいの色を浮かべ、大神が戸惑いがちに言った。陰影隊の『忍』である以上、蝶よ花よと愛でられることもないのだろう。
(か弱い女の子、なのに……)
彼女は戦う術しか教わっていない。何故か目頭が熱くなり、俺は大神の小さな手に自分の手を重ねた。
「気が遠くなる数千年、一人身だった俺が器用なお世辞を言えると思うかい? 本音だよ、嘘じゃない」
「……リトア」
大神が複雑な表情で眉尻を下げる。暫し目を泳がせ、自嘲気味な笑みを口の端に刻んだ。
「相変わらず変わり者ね、まったく」
「ハハッ、ありがとう」
呆れ口調で言われ、俺は一笑した。振り払われない手に一層、握り潰さない程度に力を込める。
(華奢だな……)
色白く細い指先が自分の掌にすっぽり収まった。生々しく伝わる感触、どちらの体温なのか繋がる個所がじんわり熱い。
(……俺、だよね)
今更の意識で妙な汗が背に伝う。年齢の割に色恋は無縁だ、緊張で思考が定まらない。取り敢えず張り詰めた空気を解かなくてはと意気込んだ矢先、大神がぽつりぽつり呟き始めた。
「……温かい。不思議、リトアは恐くないわ」
「大神……」
「大きい……、頼れる手ね」
「――――」
鼓膜を燻ぶる甘酸っぱい声が切なさに溶ける。大神の憂いを帯びた目に俺は呼吸を忘れた、まるで無窮の一秒だ。
「ごめん、大神」
冷たい風が吹き抜け、落ち葉が舞い、巻き上がる彼女の不安ごと俺は抱き締めた。言うに及ばない、大神の複雑な心境は簡単に悟れる。
「……謝らないで、リトアのせいじゃないもの」
「キミを苦しめているのは俺だよ。俺が――」
「違う。私は勾引かされてアナタと一緒にいるんじゃない、いいのリトアいいの……」
やんわりと言葉を遮られた。俺を責めない彼女の心遣いに胸が痛い。
しかし――、引き寄せた身体は引き剥がせない。俺は縮こまる大神の肩に顔を埋め、己の矛盾した想いを奥歯で噛み砕いた。
激情は消えない。愛に飢えた野生の悲しき性だ。
「……また明日、会いたい」
「……うん」
俺が絞り出す言葉に大神が首肯する。二人を繋ぐ呪文の意味は――二人だけの秘密だ。