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MATTO-A5 ~リトア編~  作者: 咲之美影
初恋は甘く切なく罪の味がする
6/25

★NO.tre――近づく二人の ディスタンツァ

 

 太陽の高度が一番高くなった正午、俺は秘密の場所で一人の少女を待っていた。数千年で枯渇した時間が嘘のように、最近は毎日が楽しくて仕方がない。


 「へえ、大神は二十歳だったのか」


 「なによ、何か文句があるって顔ね?」


 隣に座る大神が口を尖らせ、ジト目で睨んできた。潤んだ漆黒の瞳、悪戯に飛ばす殺気は可愛げがある。


 「ハハッ、ないよ酷いな」


 「ふんっ、どーせ童顔よ。ウン千歳のリトアには私が子供に見えるんでしょ」


 くすくす笑う俺に怒ったのか、大神は刺々しい口調で言うと顔を逸らした。そしてごにょごにょと「よく幼児体型だって言われるし」などと口籠っている、どうやら『年齢の話題』は地雷だったらしい。


 (見る目ない人間が多いんだな。まあ、俺は助かるケドね)


 胡坐を掻いた膝の上に肘を突き、俺は大神の横顔を盗み見た。ここ数日で知った彼女の魅力はたくさんある。


 何より、大神は優しい。あの日――本人曰く二度目に『ここ』へ来てくれた日から、大神は俺の我儘に付き合ってくれていた。


 ――また明日、会いたい。


 別れの際、俺が大神に必ず言う言葉だ。その都度、彼女は一瞬の迷いを見せる。


 けれど、絶対に首は振らない。こくり相槌を打ち、大神は俺の希望に応え続けてくれた。


 (ほんと勝手だな、俺は)


 自分と接触する行為が如何に危険か自覚はある、大神がこっそり里を抜け出す姿を想像する度に正気でいられない。


 (ごめんね、大神)


 許されないエゴだが、傍にいたい気持ちが勝ってしまう。俺にとって陽だまりの癒しをくれる彼女は欠くべからざる存在だ。


 (大丈夫、誰にも傷つけさせないよ)


 大神と出逢えた偶然は、慈悲深い女神が注いでくれた運命に思えた。だからこそ、誰であろうと邪魔はさせない。巡り廻りようやくできた――幾千の夜を願い諦め望んだ――護るべき大切な女の子、大神は自分が全力で護り抜いてみせる。


 そう感慨に浸り、心中で誓う俺は大神を眺めたまま囁いた。


 「綺麗だよ」


 「――え、リトア?」


 再び視線が交わる。目を剥く大神の頬は薄ら赤い。


 「大神は綺麗だよ」


 再度、はっきり告げた。直後、大神が声にならない悲鳴を上げる。


 「~~~~ッ」


 瞬時に顔を伏せ、両手で頬辺を覆った。俺は肩を傾け、顔を覗き込んだ。


 「……大神?」


 「……『綺麗』だなんて初めて言われたわ、お世辞でも嬉しいものね」


 恥じらいの色を浮かべ、大神が戸惑いがちに言った。陰影隊の『忍』である以上、蝶よ花よと愛でられることもないのだろう。


 (か弱い女の子、なのに……)


 彼女は戦う術しか教わっていない。何故か目頭が熱くなり、俺は大神の小さな手に自分の手を重ねた。


 「気が遠くなる数千年、一人身だった俺が器用なお世辞を言えると思うかい? 本音だよ、嘘じゃない」


 「……リトア」


 大神が複雑な表情で眉尻を下げる。暫し目を泳がせ、自嘲気味な笑みを口の端に刻んだ。


 「相変わらず変わり者ね、まったく」


 「ハハッ、ありがとう」


 呆れ口調で言われ、俺は一笑した。振り払われない手に一層、握り潰さない程度に力を込める。


 (華奢だな……)


 色白く細い指先が自分の掌にすっぽり収まった。生々しく伝わる感触、どちらの体温なのか繋がる個所がじんわり熱い。


 (……俺、だよね)


 今更の意識で妙な汗が背に伝う。年齢の割に色恋は無縁だ、緊張で思考が定まらない。取り敢えず張り詰めた空気を解かなくてはと意気込んだ矢先、大神がぽつりぽつり呟き始めた。


 「……温かい。不思議、リトアは恐くないわ」


 「大神……」


 「大きい……、頼れる手ね」


 「――――」


 鼓膜を燻ぶる甘酸っぱい声が切なさに溶ける。大神の憂いを帯びた目に俺は呼吸を忘れた、まるで無窮の一秒だ。


 「ごめん、大神」


 冷たい風が吹き抜け、落ち葉が舞い、巻き上がる彼女の不安ごと俺は抱き締めた。言うに及ばない、大神の複雑な心境は簡単に悟れる。


 「……謝らないで、リトアのせいじゃないもの」


 「キミを苦しめているのは俺だよ。俺が――」


 「違う。私は勾引かされてアナタと一緒にいるんじゃない、いいのリトアいいの……」


 やんわりと言葉を遮られた。俺を責めない彼女の心遣いに胸が痛い。


 しかし――、引き寄せた身体は引き剥がせない。俺は縮こまる大神の肩に顔を埋め、己の矛盾した想いを奥歯で噛み砕いた。


 激情は消えない。愛に飢えた野生の悲しき性だ。


 「……また明日、会いたい」


 「……うん」


 俺が絞り出す言葉に大神が首肯する。二人を繋ぐ呪文の意味は――二人だけの秘密だ。


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