双子と知った日 side.ロト・リュカーオーン
とある晴れた日の午後、暇を持て余す俺は兄リトアの部屋を目指し歩いた。特段の用はない。単に無為という退屈な時間を一人で過ごしたくないだけだ。仕事でない限り追い返されはしないだろう。
「兄さん、俺だよ」
軽く声をかけ、二回ほど扉を叩くが応答はない。最近ではお馴染み、「平常の対応」だ。
「失礼するね」
俺は返事を待たず、一人呟き勝手に入った。そのまま変わらない足取りでダイニングルームへ向かい、険しい表情で唸る兄の姿を捉え声をかける。
「今日もやっているね」
「――ん? ああロト、まあね。中々、難しいよコレ」
肩を竦め言う俺に兄も又、苦い笑みを浮かべ手に持つ本のページを捲った。他にも読んだであろう付箋の貼られた本が数冊、センターテーブルに置かれてある。題は様々だが、すべて「名づけ事典」だ。
(生活感の欠片さえなかった空間が……、すごい散らかり具合だなあ。ま、しょうがないよね)
空いたソファーに腰かけ、含み笑う。先日、兄が明朗な口調で言った言葉を思い出した。
――大神にね、赤ちゃんができたんだ。俺、父親になるんだよ? 夢みたいだよ。
折り合いがつかない一族の群れを離れ、一度は孤独を選らんだ兄が運命の相手と出逢い父になる。
(運命、って本当にあるんだ)
ここ数カ月、驚きの連続だった。それ以上に兄の笑顔が増え嬉しく思っている。きっと彼女しか兄のすり減った心を癒せない。きっと彼女にしか兄は胸襟を開かない。
そこに関しては正直、寂しい心境だ。けれど、彼女のお陰で兄は温もりを知り愛を求めた。
「大神さんには頭が上がらないな」
ため息交じりに独りごちる。兄はそんな俺に目もくれず、ぶつぶつ言いながら百面相を続けていた。中々、面白い光景だ。
「へえっ、魅力的な名前! いや待って……、こっちの発音で……、これはパスだね有り得ない」
「候補がいっぱいあって大神さんも迷っちゃうんじゃないの、兄さん」
そっと口を挟んでみる。然しもの彼女もこの付箋の数を見たら苦笑するに違いない。
「ハハッ、幸せで悩んだ時間も忘れられない思い出になるよ。ずっと、ね」
そう言って兄は目尻を下げ、俺と視線を絡ませてきた。儚い眼差しで射抜かれ、何故か二の句が継げなくなる。
(一瞬、切なさが滲んで……)
見えた――ような気がした。刹那、兄がふっと口元を緩め微笑んだ。
「第一候補、知りたいかい?」
にっこり問われる。先程の目顔が引っかかるものの、まるで答えたくなさそうだったので敢えて追及は控え頷いた。
「うん、是非」
「自然界の理……夜が明けて必ず朝はくる意味合いで『月夜と朝燈』だよ、性別関係なくつけられる名前でいいでしょ?」
「ツクヨ、アサヒ……、日本人的な名前にするんだ?」
他の兄弟は皆、己が血統を重んじギリシャ特有の名を子に与える。習わしであり掟はないが、意外で聞き返す俺に兄は微笑した。纏う雰囲気は酷く優しい。
「大神を愛する余り、ね」
「ふふっ、そっか」
真意は探らないでおこう。兄が彼女を愛している事実は確かだ。
(ツクヨとアサヒか、二つともいい名前、――ん? 第一候補が二つ……?)
ふいに疑問が浮かび、俺は「まさか」と口を開いた。思わず身体が前のめりになる。
「ねえ、兄さんの子供って……双子?」
「うん、双子」
間髪を容れず、爽やかな声調で即答された。「言ってなかった?」などと若干、首を傾げる天然な兄がいまは憎たらしい。
(買い直さなきゃ……ッ!)
双子だとは露知らず、過日、立ち寄った店で買った出産祝いのギフトは一人用だ。贈り物はもちろん気持ちだけど、一番は生まれた子に「兄さんと大神さんの元に命を宿してくれてありがとう」を届けたい。俺は立ち上がり、兄の両肩に両手を置いて告げた。
「一つじゃ足りない! 二人にありがとう言わなきゃだもん!」
「……うん?」
「じゃ、行ってきます!」
「え、ちょ、ロト!」
そそくさと俺は場を去り屋敷を出る。目的地は有名なベビー用品専門店だ。
(……会える日が待ち遠しいな)
遅からず訪れる未来に思いを馳せ、俺は足早に大地を蹴りあげたのだった。




