(NO.dieci――突発的な グエッラ
大神と別れた後、俺は待ち合せの場所――神隠しの森へ来ていた。暗い上空に漂う薄気味悪い雰囲気、したり顔で木々にぶら下がるコウモリが容赦なく睨んでくる。一匹ならまだしも、逆さ吊りの黒い物体は数限りない。
「……赤い目って暗闇に映えるんだよね、殺したくなるなあ。ジョバンニ・カイン、貴方が約束を違え連れて来たんじゃないですよね?」
「いらぬ疑いよ、……あれらコウモリは我の分身だ。貴殿の要求通り護衛はおらん、アヤツらは単に見張りをさせておる。逐一、騒ぐでない」
呼び出した当の本人が遅刻したせいか、対峙する密会の相手――数世紀ヴァンパイア界を統べる男――血族の宝血――ジョバンニ・カインは至極不機嫌だ。
「お待たせした挙句の不調法お許しを、気分を害されたなら謝ります。大変、申し訳ございません」
丁寧且つ慎重に頭を下げる。この行為は日本人の礼儀正しい作法だ。謝罪の意志や敵意がない姿勢を表す際に役立つ方術だと大神に習った。
「顔を上げよ」
「――はい」
二つ返事で指示に従い、真っ直ぐ銀色の瞳を見据える。絞られた瞳孔は刃の如く鋭い。
「ククッ……誠、素直で甲斐甲斐しい小僧よ貴殿は」
肩を揺らすジョバンニの口角が上がる。和らいだ威圧感、お気に召した様子だ。
「お褒めの言葉とし頂戴致します」
「貴殿の警戒心が解けたところで早速、本題を伺うかのう」
腕を組むジョバンニが口火を切った。本来、接触が許されない間柄だ。余計な手間は省きたいのだろう。
(良かった)
彼の計らいで無駄な世間話をせずに済んだ。俺はにっこり瞼を細め、目的を口にした。
「折り入って少々、お願いしたいことがあります」
「我の一言で『戦争』は止まらぬぞ」
渋い口調で即座に返される。やはり彼の耳にも容易ならない事態の報告が届いているようだ、しかし『頼み』の的は外れていた。戦争の話に纏わる内容ではない。
「いえ、私は平時の構えです。戦争に口出す気は毛頭ありません」
俺は数世紀、戦争を忌避し続けた一匹狼だ。一族が危機に瀕した状況でも、今更、仲裁役を買って出る権利はない。
「……言ってみよ」
「俺の子を……、そちらで育ててもらいたいんです」
催促され、笑顔で答える。ジョバンニの表情に驚愕の色が浮かんだ。
「――貴殿、子がおったのか?」
「はい、これから生まれ来る子です。きっと貴方の築きたい世界を支えられる重宝な『忍』になると思うのですが」
問いに頷き、真剣な眼差しで告げた。一層とジョバンニの目顔が険しくなる。
「……我が陰影隊の血を継ぐ者か」
「私と……大神の子です」
正直に言った。家族の未来を考えれば、ここで偽言はできない。
「大神……成程のう、道理で貴殿と大神の接点が多いはずだ」
ジョバンニは顎を擦りながら、納得の面持ちで首肯する。先程と比べ驚きは最小だ。
「犯した罪の責任は私にあります。どうか大神に罰は与えないで下さい」
「……おいそれと承諾できぬ相談だ。まあ先例に鑑みれない情状だが考慮しよう、これは既知の事実か?」
「ありがとうございます。父は……いえ、……帰り次第話す予定です」
本当は永久に伏せるつもりだった。けれど当初の選択は捨て、現在の計画を遂行する。
「他国に遁逃する道を潜考せん貴殿は賢く若く、健気で不器用な男よ」
「……ははは」
ため息交じりに苦言を呈され、やれやれと首を振られては苦笑するしかない。
「最後に一つ、血族の我に『子』を預ける根拠は何だ」
不意に訊ねられた。半眼で凝視される、紅く灯った瞳は狂気的だ。
(ヴァンパイア……)
相容れない存在、理解し難い存在、疎ましい存在、だけど拒絶に意味はない。俺はただ無闇な犠牲は出さず、この機会で双方の血塗られた歴史を断ち切りたいだけだ。すべては家族のため、そこに動機はなかった。
「強いて言えば……、貴方は私の父と違い“殺す”以外の対処法を持っている」
「小賢しい……」
「立派な根拠、でしょう?」
そう言って破顔一笑する。
「……話は終いだ、我は行くぞ」
俺の期待にジョバンニは親指と一指し指で目頭を抓み、颯爽と身を翻した。そのまま去るかと思いきや、背中越しに言葉を継いだ。
「増援は出さぬ、彼奴も退けば無秩序な戦争は三日で平息するだろう」
「ジョバンニ……」
「案ずるな、我ら血族の体制も“アヤツ”の世代で大きく変わる」
「――え、アヤツって」
「さらばだ、Riposi in pace」
別れの挨拶を足された直後、ジョバンニの姿が忽然と消える。制止を求める間もない。
「……大丈夫、かな」
取り敢えず、彼に託そう。俺は誰もいない空間で独りごち、夜空を見上げたのだった。




