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MATTO-A5 ~リトア編~  作者: 咲之美影
初恋は甘く切なく罪の味がする
20/25

(NO.dieci――突発的な グエッラ

 

 パレルモの空が宇宙と一体化した日没後、俺は月明かりが照らす道なき道をのそのそ歩いていた。辺りは不気味なくらい静かだ、虫の鳴き声すらしない。


 「ふう~、空気が美味しいな。木の実、霧、土……、潅木の匂いが漂ってる」


 ぶつぶつ独りごち、自然の恵みが詰まった豊かな香りを堪能する。オマケにさらさら葉を靡かす風は心地良い、例え難い薫香と音色で逸り立つ心が落ち着いた。


 「子育てにいい環境だね」


 遠くない未来を想像しながら、近道の高い崖を登り切る。そのまま休まず暫く突き進み、目印の岩を右に曲がって広い空間へ抜け出れば目的地に到着だ。


 「……俺も住んでみたいな」


 現れた家屋は神秘的で美しい。何度か足を運んでいるものの、毎回つい立ち止まってしまう。


 (凄いね……、日本人は)


 円形に掘り窪んだ地面――植物で葺いた屋根――特徴的な外観――所謂これこそ日本古来の特殊な建築法、竪穴式住居と言うものだ。ここにいま、大神はひとりで住んでいる。ジョバンニ・カインが『くのいちの習わし』に倣い、授祝で大神に与えた居場所だった。


 「大神、起きてるかい?」


 俺は分厚い木の戸を叩き、返事を待たず中に踏み入る。室内は中央の炉で焚かれた火によってほんのり温かい。


 「……リトア?」


 奥の寝床に大神はいた。就寝直前と言ったところか、横向きの姿勢で寝ている。


 「うん、ちょっと邪魔するよ」


 「どうぞ、珍しいわね」


 確かにこの時間帯に来た試しはない。若干、驚いた様子だ。


 「体調はどう?」


 促され、大神の傍に腰を下ろした。


 「さっき思いっきり蹴られたの、加減知らずで困るわ」


 声音に不満は滲んでいるけれど、自身の腹部に手を添えた表情はどこか嬉しそうに見える。微笑ましい光景だ。ずっと見続けていたい、ずっと見守っていきたい。


 (願わくばずっと……、ずっと……)


 家族『四人』で生きていきたい。だが叶わぬ夢だ、時計の針を壊す術はない。


 (……戒めるべきは強欲、……人間と何ら変わらない)


 感情は厄介で面倒だ。際限ない望みは尽きない。定められた運命を受け入れても尚、もがき抗いたくなる。


 しかし俺は――父親だ。愛する大神と子供を危険に晒す真似はできない。


 「……あまり母さんを虐めないでね、ちゃんと母さんの言うことを聞くんだよ。しっかり寝て食べて心身共に大きくなりなさい、備わった力は大事な人を護るために使うんだよ……」


 俺は大神のへそ周りを撫で、子供に語りかけた。すると大神に手首を掴まれる、内容に違和感を覚えたようだ。


 「……何かあったのね?」


 「……まあね」


 鋭い眼力で睨まれ、苦く笑った。


 「陰影隊を集める鐘が響いていたわ、狼一族に何か関係しているの?」


 上半身を起こしつつ、先んじて問われる。不安げな眼差しに一瞬、迷いが生まれた。でも真実を伏せ、嘘でさよならはしたくない。


 「アルバニア中南部の都市ベラトで……、リュカオーン家三男が率いる狼族と陰影隊が衝突した。俺は父の介入を防ぎにアルカディアへ戻るよ……、意味わかるよね?」


 俺は状況を掻い摘んで話し、言うに及ばない部分は確認で聞いた。大神の頬に涙が流れる。


 「私はリトアと一緒に……、子供たちと……! お願いリトア、行かないで……っ!」


 「大神……」


 「いやっ、お願いよリトア……ッ!」


 嗚咽を漏らす姿は必死だ。誰より大切で愛しい彼女が自分を想い泣いてくれている、それだけで俺の覚悟は更に固まった。


 「過ちでない以上、逃げれない。やっと手に入った家族を護る誇りを俺から奪わないで大神、愛してる……キミと子供たちを愛してる」


 「……うっ、ヒック……」


 言葉にならない声が一つ二つ、三つ四つ落ち、床を悲しみ色に染める。俺は掴まれていない方の手で大神の背中を擦り、涕泣する俯きがちの顔を覗き込み微笑んだ。


 「俺の魂は永遠にキミとあるよ。笑って大神、キミの笑った顔が一番好きなんだ。ねえ大神、後生だよ」


 「……っ」


 催促した甲斐があった。渋々、大神が視線を上げる。漆黒の瞳に怒りは感じない。


 「出産の立ち会い……、約束だったのにごめんね……ごめん」


 俺は赤い目尻に唇を軽く当て、同時にか細い声音で謝った。許しはいらない謝罪に色んな「ごめん」が混ざり合う。


 「……私は忍よ、必ず元気な子を産んでみせる」


 「大神……」


 「愛してるリトア……、アナタと出逢えて私は幸せだった……ありがとう」


 そう言って大神が微笑した瞬間、俺は衝動的にキスで口を塞いだ。それは、歴史に刻まれない別れの刹那であり新しい物語の始まりだった。


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