★NO.dieci――突発的な グエッラ
アルバニア中南部都市・ベラトに位置するTomorri Mountain、その人里離れた森の奥地で二つの一族が偶然にも鉢合わせしてしまった。
「オイオイ下等な人間が俺様の道を阻むんじゃねえよ、さっさと退けやがれ邪魔だ」
「愚者が! ここら一帯は我ら陰影隊の縄張りっ、一歩たりとも譲りはせん!」
「ハッ、俺様はラティオス・リュカーオーンだぞ? テメエの意見は聞いてねえよ」
「よく吠える。噂に聞く横暴な三男だな、腕前は然程ない噂もよもや誠か?」
「……いい度胸じゃねえの、テメエ」
陰影隊の安い挑発でラティオスの瞳孔が刃に細まる。刹那、ぶつかった殺気が一瞬で弾け飛んだ。
「ラティオス様に勝利を!」
「隊長に続けええええ!」
止める者は誰もいない。空を裂く稲光を合図に、戦闘が開始された。
* * *
月日の流れは早い。現在――二月、大神の妊娠を知って約二カ月が経過した。つまり子供は十六週目、五カ月に入ったばかりだ。
人間の妊娠ならば後一カ月で安定期に差しかかる頃、けれど大神が孕んだ子は半分ウルフの血を引いている。成長速度は『普通』と比べ半端ない、大きな腹は俗に言う臨月だ。故に日成らず出産の可能性があった。
もうすぐ、我が子に会えるかもしれない。
「はあ……、大神……」
つい先程別れた彼女に会いたくなる。隣に居ないだけで不安だ、母子共々健康と言えど心配で堪らない。まるで離れている時間が千秋のようだ。
「――よしっ!」
明日を待つ一分一秒が惜しい。散歩がてらに会いに行こうと立ち上がった矢先、慌ただしい足音がこちらへ近づいてくる。
(……何だ?)
妙な胸騒ぎを覚えた。崩壊の鐘が頭の中で響き渡る。宙に浮いた感覚の足元が気持ち悪い。
「嫌な予感が……」
する、と呟くや否や部屋の扉が勢いよく開いた。ゆっくり振り返る。そこにいた人物は、末の弟――ロトだった。
「兄さん……っ!」
端整な顔立ちが歪んでいる、酷く動揺した様子だ。血色のない顔に、自らの勘が当たってしまったことを悟る。
「……何事だい、ロト?」
成る丈、平静を装い訊ねた。如何なる場合も雰囲気に呑まれてはいけない。
「ハア、ハア……、そ、れが!」
荒い息を繰り返しながら、ロトはずるずるその場にしゃがみ込んだ。余程急いで来たのであろう、首筋に薄ら汗が滲んでいた。
「いったい何が」
「――兄さん、大変なんだよ!」
言葉を遮られる。ロトは呼吸を整え、ごくり生唾を飲み、口早に語を継いだ。
「アルバニア中南部の都市ベラトでラティオス兄さん率いる同胞と血族の陰影隊が衝突したって一報が届いたんだ! 双方、増援を呼んでいる! 大規模な全面戦争になり兼ねない!」
「……ラティオス」
気性の激しい三男の名前である。恐らく最初は些細な小競り合いだったはず、そして衝突に至った原因は『虫唾が走った』程度の理由だろう。
「直に父さんが動き出す……、俺は一旦アルカディアに戻るよ!」
賢明な判断だ。屈強で戦闘に長けた父の介入は食い止めねばならない。
「……わかった。取り敢えず俺はジョバンニの元へ急ごう」
「ジョバンニ……、カインの元へ?」
ロトがオウム返しで問うた。怪訝な表情だ。
(素直な反応だね……)
現状、敵の大将と接触する行為は利口と言い難い。だが前言撤回はできない。
「ここには大神がいる」
「大神、さん……」
ロトの目が丸々と見開いた。
「そう、大神がいる」
俺は頷き、続けて言う。
「万一、こっちに攻め込まれたら妊婦の大神は逃げれない。大神と子供を救う予防線がいる……大丈夫、すぐに俺もアルカディアに戻るよ。争いを制す考えはある」
しかし可能性は低い。だが信じる価値はあった。
「兄さん……」
「――最後のお願いだロト、お前はしっかり父さんを摑まえておくんだよ」
輝かしい夢は一瞬で覚める、これが課せられた俺の運命だ。天上神を怨むはお門違い、甘んじて罪は償おう。
「……任せてっ」
踵を返すロト、彼も又、洋々たる未来だ。どうか迷わず己の突き進んでほしい。
「俺は随分、……生きたね。充分……永く生きた」
天を仰ぐ俺は僅かな躊躇いを捨て、携帯電話を取り出し彼に電話を入れたのだった。




