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MATTO-A5 ~リトア編~  作者: 咲之美影
初恋は甘く切なく罪の味がする
17/25

★NO.nove――予期せぬ ブオーネ ノティツィエ


 大神と出逢いはや半年が経った。季節は神秘的な美しい雪の結晶が舞う冬だ、アルカディアの温暖な気候と異なりシチリアの十二月は寒い。


 「まあ、俺は平気なんだよね」


 俺は人の形をした化物――ウルフだ。体温はかなり高く、取り立てて防寒対策はしていない。心配なのは人間の大神である。


 (ハア……、『彼』に文句の一つくらい言いたくなるよ)


 ここ最近の俺の悩み、それは彼女の服装だ。陰影隊とは言え、冬期で九夏と同じ軽装は如何なものだろう?


 (厚着は動く際に厄介って大神は言ってたケド……)


 些か納得し兼ねる理由だ。万一、風邪をひき寝込まれては夜もおちおち眠れない。


 (認識が欠けてるよね、大神は)


 俺に愛されている自覚が、彼女はまったく全然これっぽっちも足りていない。もしや、自分の愛情表現が生温いのだろうか?


 (う~ん、おかしいな)


 弟のロトに半ば無理矢理押しつけられた人間界の心理学雑誌、『弾けるキューピッド』で学んだ恋愛術はすべて試した。だが忘れてはいけない重要なる事実、自分は数世紀独り身を貫いてきた恋愛初心者だ。


 (自分じゃ気づけないだけで……)


 女性に不慣れな分、至らない点、気の利かない点は恐らくたくさんある。どこか消極的な部分が裏目に出ているかもしれない。我慢せず、もっとべたべた接するべきだった。


 「……うん、いっぱい愛すよ!」


 ぐっと拳を握り決意するや否や、突如、愛しい彼女の気配がした。甘やかで優しい香りに振り返る。


 「大神!」


 秘密の場所で待つこと三十分、ようやく触れ合える距離に彼女がやってきた。光の反射で輝く可憐な瞳は地上に咲く一輪の花だ。


 「手加減覚えてくれなきゃ私、リトアの愛で潰れて死んじゃう」


 大神はくすくす笑いながら、俺の隣に腰を落ち着かせた。ふわり踊る深緑の髪、汚れのない無垢な笑顔はきらきら眩しい。


 「俺は本望だよ、キミの愛ならいますぐ死んでも構わない」


 「きっと後悔するわ」


 きっぱり切り捨てられる。加え、言葉尻に「絶対にね」とつけ足された。


 「しないよ」


 「する」


 「しないってば」


 「します」


 「しーなーい!」


 「するわよ『絶対』に」


 押し問答が終わらない。大神は頑なに首を振り続ける。まるで信頼できないと言わんばかりの強い姿勢だ。


 (しないよ……、絶対しない)


 正直、完全否定は癪に障った。自分の気持ちが疑われているようで気分が悪い。


 「俺の愛が信じられないのかい?」


 柔らかな頬に手を添えて問う。


 「リトア……」


 「ね、信じられない?」


 そのまま顔を寄せ、額を合わせた。互いの熱い息がかかるほど間近で見つめ合う、すると大神が小さく微笑んだ。


 「ううん、信じてる。ふふっ、違うのよリトアちょっと聞いて?」


 「…………?」


 欲しい返答はもらったものの、何が『違う』のかさっぱりわからない。思わずきょとんとする俺の手を掴む大神は、ゆっくり自分の下腹に導き恥ずかしげな口調で告げてきた。


 「赤ちゃん……、できました」


 「――え? あか……、え?」


 「私とリトア、二人の赤ちゃんができました」


 繰り返し言われるけれど、真っ白になった頭では上手く思考が働かない。


 「赤ちゃん……、俺と大神の赤ちゃん?」


 「うん……、いま三ヶ月だって」


 「――本当にいる、の? 俺と大神、二人の赤ちゃんがお腹に?」


 短く深呼吸し再度、確認する。一言一句、慎重な物言いで聞く俺に大神ははにかんだ。


 「いるよ」


 「――――ッ」


 いる、いる、いる、頭の中で鳴り響く答えはイエスだ。嬉しさが込み上げ、大神を抱き締めた。溢れ出る涙が止まらない。


 「リ、トア……泣いてるの?」


 「俺、の……夢だったんだ。愛する人、愛する子供……、自分の家族がずっと俺……っ、諦めてた夢が叶った……! ありがとう大神……ありがとうっ」


 天上神に感謝する。偶然の幸運に恵まれた、などと思えない。二人の間に赤子を授かった奇跡は正しく運命だ。


 「私も諦めてたのリトア、陰影隊だもの……愛する人の子供を産める喜びは味わえないと思ってた」


 「大神……」


 「叶えてくれてありがとう、リトア」


 俺の肩に凭れかかり、大神が耳元で囁いた。継いで耳を擽ってくる。


 「ね、いますぐ死んでも構わない?」


 意地悪な質問だ。けれど嫌味は感じず、俺は苦笑交じりに謝った。


 「ごめん大神、キミの愛でもまだ死にたくないな」


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