★NO.nove――予期せぬ ブオーネ ノティツィエ
大神と出逢いはや半年が経った。季節は神秘的な美しい雪の結晶が舞う冬だ、アルカディアの温暖な気候と異なりシチリアの十二月は寒い。
「まあ、俺は平気なんだよね」
俺は人の形をした化物――ウルフだ。体温はかなり高く、取り立てて防寒対策はしていない。心配なのは人間の大神である。
(ハア……、『彼』に文句の一つくらい言いたくなるよ)
ここ最近の俺の悩み、それは彼女の服装だ。陰影隊とは言え、冬期で九夏と同じ軽装は如何なものだろう?
(厚着は動く際に厄介って大神は言ってたケド……)
些か納得し兼ねる理由だ。万一、風邪をひき寝込まれては夜もおちおち眠れない。
(認識が欠けてるよね、大神は)
俺に愛されている自覚が、彼女はまったく全然これっぽっちも足りていない。もしや、自分の愛情表現が生温いのだろうか?
(う~ん、おかしいな)
弟のロトに半ば無理矢理押しつけられた人間界の心理学雑誌、『弾けるキューピッド』で学んだ恋愛術はすべて試した。だが忘れてはいけない重要なる事実、自分は数世紀独り身を貫いてきた恋愛初心者だ。
(自分じゃ気づけないだけで……)
女性に不慣れな分、至らない点、気の利かない点は恐らくたくさんある。どこか消極的な部分が裏目に出ているかもしれない。我慢せず、もっとべたべた接するべきだった。
「……うん、いっぱい愛すよ!」
ぐっと拳を握り決意するや否や、突如、愛しい彼女の気配がした。甘やかで優しい香りに振り返る。
「大神!」
秘密の場所で待つこと三十分、ようやく触れ合える距離に彼女がやってきた。光の反射で輝く可憐な瞳は地上に咲く一輪の花だ。
「手加減覚えてくれなきゃ私、リトアの愛で潰れて死んじゃう」
大神はくすくす笑いながら、俺の隣に腰を落ち着かせた。ふわり踊る深緑の髪、汚れのない無垢な笑顔はきらきら眩しい。
「俺は本望だよ、キミの愛ならいますぐ死んでも構わない」
「きっと後悔するわ」
きっぱり切り捨てられる。加え、言葉尻に「絶対にね」とつけ足された。
「しないよ」
「する」
「しないってば」
「します」
「しーなーい!」
「するわよ『絶対』に」
押し問答が終わらない。大神は頑なに首を振り続ける。まるで信頼できないと言わんばかりの強い姿勢だ。
(しないよ……、絶対しない)
正直、完全否定は癪に障った。自分の気持ちが疑われているようで気分が悪い。
「俺の愛が信じられないのかい?」
柔らかな頬に手を添えて問う。
「リトア……」
「ね、信じられない?」
そのまま顔を寄せ、額を合わせた。互いの熱い息がかかるほど間近で見つめ合う、すると大神が小さく微笑んだ。
「ううん、信じてる。ふふっ、違うのよリトアちょっと聞いて?」
「…………?」
欲しい返答はもらったものの、何が『違う』のかさっぱりわからない。思わずきょとんとする俺の手を掴む大神は、ゆっくり自分の下腹に導き恥ずかしげな口調で告げてきた。
「赤ちゃん……、できました」
「――え? あか……、え?」
「私とリトア、二人の赤ちゃんができました」
繰り返し言われるけれど、真っ白になった頭では上手く思考が働かない。
「赤ちゃん……、俺と大神の赤ちゃん?」
「うん……、いま三ヶ月だって」
「――本当にいる、の? 俺と大神、二人の赤ちゃんがお腹に?」
短く深呼吸し再度、確認する。一言一句、慎重な物言いで聞く俺に大神ははにかんだ。
「いるよ」
「――――ッ」
いる、いる、いる、頭の中で鳴り響く答えはイエスだ。嬉しさが込み上げ、大神を抱き締めた。溢れ出る涙が止まらない。
「リ、トア……泣いてるの?」
「俺、の……夢だったんだ。愛する人、愛する子供……、自分の家族がずっと俺……っ、諦めてた夢が叶った……! ありがとう大神……ありがとうっ」
天上神に感謝する。偶然の幸運に恵まれた、などと思えない。二人の間に赤子を授かった奇跡は正しく運命だ。
「私も諦めてたのリトア、陰影隊だもの……愛する人の子供を産める喜びは味わえないと思ってた」
「大神……」
「叶えてくれてありがとう、リトア」
俺の肩に凭れかかり、大神が耳元で囁いた。継いで耳を擽ってくる。
「ね、いますぐ死んでも構わない?」
意地悪な質問だ。けれど嫌味は感じず、俺は苦笑交じりに謝った。
「ごめん大神、キミの愛でもまだ死にたくないな」




