(NO.sette――何度でも結び直す フィロー ロッソ
『バレリア通りの廃屋で陰影隊が雑種と混戦、詳細は不明ですが火事が起き付近の住民は避難、現在把握していますこちらの死者数は六名、ユウマ、ニジ、ツクヨ、アカギ――負傷者は――被害は――』
先程の会話が頭の中で繰り返される。血族の問題に首を突っ込むつもりはさらさらない。俺にとって重要なのは、死亡者で大神の名前を挙げられたと言うことだ。
――彼女は本当に死んでしまったのか?
(いやだ……、いやだよ……ッ)
愛する者を失うかもしれない恐怖で手足が震えた。信じられない、信じたくない。彼女は絶対に生きている。自分の目で確かめるまで希望は捨てられない。
(――大神!)
俺は自身に備わる脚力を最大限に発揮し、数十分とかけずバレリア通りへ到着した。廃屋と見られる場所から大きな黒煙が上がっている。
「シット! 雑種がアア! 一匹残らず始末しろ! 援軍は待つな! 殺せ!」
「逃げたぞっ、追え! バカヤロウ! 雑種如きに撒かれんじゃねえ!」
周辺では血族らしき者たちの怒号が飛び交っていた、ここで間違いない。思った以上に状況は深刻である、一刻も早く彼女を助けなくては危険だ。
「大神っ! 大神!」
俺は勢いのまま敷地内に入り、視界が晴れない中で彼女の姿を探した。燃え広がる火に焦りが募る。煙の臭いで鼻が利かないため、何度も名前を呼ぶしか方法がない。
「どこだい! 大神! 大神! ……クソッ」
左腕で口元を覆う。今日に限って風も強い、煙霧に邪魔され立ち止まってしまった。
(……大神っ)
視覚と嗅覚は役に立たない。ならばと聴覚を使う、刹那、人のような叫び声が聞こえた。淡い希望の光が胸に灯る。
「ア、カギ……? 大神!」
「こっ――、誰――助け――!」
途切れ途切れだが、今度はハッキリ耳にした。間違いない、『彼女』だ。
(大神、大神、……あっちか! 間に合ってくれ!)
死角の恐ろしさを知る。数歩だけ立ち位置を変えて見えた――廃屋の裏手で燃える小さな小屋、根拠なく湧き立つ第六感がそこだと訴えてくる。迷ってなんかいられない。
すでに走り出していた俺は、古い木製の小屋の前に辿り着くや否や扉を蹴破った。
「大神!」
ブワリ、一瞬で外の空気が内側の煙を追い払う。そして瞬く間に視界が開け、愛しい子が目に飛び込んできた。けれど感動の再会とは言えない状態だ。
「リト、ア?」
涙でぐしゃぐしゃな顔を上げる大神は大きな柱の下敷きになっていた。全身傷だらけだ、太い木片が突き刺さる右足の太股は特に出血が酷い。
「どっ、うして……!?」
心底、驚いた様子で問われる。
「――――」
しかし丁寧に答えている暇はない。袖口を捲った俺は無言で駆け寄り、大神の身体に負担をかけぬよう柱を除けた。
ウルフの腕力は人間の数千、もしくは数億倍だ。このくらい容易い。問題は次の作業だ。
「大神、我慢だよ」
俺はネクタイを抜き取り、一声かけて彼女の大腿部の動脈をきつく縛った。息を詰まらせる姿は痛ましい。
(……冷酷になれ)
大神の命がかかっている。情けは無用だ。
「噛んで耐えて」
「……っ」
言葉の意味を察した大神は表情を曇らせ、渋々、俺が突きつける腕を口に銜えた。荒い息を整え、上目遣いで催促される。
彼女の合図に俺は木片を握った。
「じゃあいくよ」
ぐっと力を入れ、一息で抜き取る。
「~~~~ッ!」
大神が俺の皮膚に歯を喰い込ませた。さすが陰影隊だ、普通の人間と異なり激痛で失神はしない。
「いい子だね」
頑張った大神の額に唇を寄せる。じっとり滲んだ汗がその苦しさを物語っていた。
「大丈夫、俺が助けるよ」
上着を脱ぎ捨て、継いで脱いだシャツを傷口に巻きつける。これで一応の応急処置は終わりだ。
「帰ろう」
そう告げ、俺は大神を横抱きした。小屋を出、来た道を戻る。
「……リト、ア……」
「心配いらないよ。キミの主、ジョバンニに報告は忘れない」
「……、あり……がとう」
儚く微笑み、大神は眠った。緊張の糸が切れたのだろう、安心しきった寝顔だ。
「俺こそありがとう、生きていてくれて……っ」
急に目頭が熱くなる。同時に雫が二つ、三つ、彼女の頬に流れ落ちたのだった。




