★NO.sei――告げられた アッディーオ
ジョバンニ・カインが去り、場に異様な静けさが残る。俺は肩を窄め、苦笑交じりに微笑んだ。
「取り敢えず一旦、ここを出ようか?」
「…………」
それぞれが無言で顔を見合わせる、どうやら反論はないらしい。俺の言葉に全員が頷き、正門まで歩を進めた。
時刻は六時半――外はすっかり暗い。闇へ誘う赤黒い月が星空に昇っている。人通りは疎らだ、物淋しい世界が幻想的で心地良い。
「ねえ兄さん」
大聖堂・カテドラルの正面に出た途端、ロトが足を止めるや否や口を開いた。俺は振り返り、首を横に傾ける。
「うん?」
「……そろそろ自己紹介、『彼女』にしたいな」
彼女、と呼べる人物はこの場でただ一人しかいない。ゆっくり歩行しながら紹介しようと思っていたが、ロトの熱い視線は「いま」を望んでいた。
(まあ仕方がないね、ずっと大神に会いたがっていたし)
「わかったよ」
「ありがとう、兄さん」
俺の了承にロトはふわり目を細め、柔らかい表情で大神に声をかける。
「Piacere――俺はロト・リュカーオーン、リトア兄さんの弟だよ。よろしくね」
「…………」
だけど大神は返事をしない。俺は隣に立つ大神の顔を覗き込んだ。
「大神?」
「…………」
深く被ったフードが邪魔で顎の輪郭さえぼやけて見える。懲りずじっと凝視したものの、やはり大神はうんともすんとも言わない。
「……大神?」
再度、俺は彼女の名前を呟いた。するとようやく、だんまりを決め込んでいた大神が反応する。
「……二人で話がしたい」
いつもとはまるで違う、冷やかな語調で言われた。纏う雰囲気も刺々しい。
「ロト、先に行ってもらえるかい?」
「うん。あっちで待っているよ」
あっち、を指す方角はヴィットリオ・エマヌエレ通りだ。ロトは難色を示したりせず、他の同胞も一緒に連れてすたすた遠ざかって行った。
二人だけの空間が訪れる。されど空気は甘くない。むしろ、苦味が強く刺激的だ。
「話、なに?」
頃合いを見計らい、成る丈やんわり訊ねた。直後、大神が俺の胸倉を掴んでくる。
「なに? じゃないわよ! どういうつもりで私を……!」
刹那、一瞬の強風でフードが後ろに飛んだ。声を荒げる大神の顔は怒りで酷く歪んでいた。
「一緒にいる口実を作りたくて」
俺は正直に答え、大神の頬に触れる。夜風で白い肌はひんやり冷たい。
「――やめてっ!」
「……大神」
パシリ、手を振り払われた。大神のつぶらな瞳が揺れている。
「……私がいけなかったの、あのとき森に入らなければ……貴方に出逢わなければ……会いにいかなければ……。ごめん、なさい……」
そう言って眉尻を下げ、大神が苦渋の色を浮かべた。頬を伝う透明な雫は――涙だ。
「アカ、ギ……?」
何故、彼女は泣いているのだろうか? 述べられた反省の弁に心が千々に乱れる、そんな悲しい台詞を言わないでほしい。
(……なのに)
俺の手は、俺の唇は、俺の身体は、一本足のカカシみたく不安定で動かない。正直、予想だにしなかった展開に頭が真っ白だ。状況が把握できず情けなく狼狽えていると、視線を逸らす大神が告げてきた。
「……私の代わりをすぐ寄越すわ、貴方は仲間と合流して」
「何でだい、大神……!」
突き放す物言いだ。胃の辺りが気持ち悪い。まさか、と心臓が震える。
「貴方と会う気は――今後、一切ないわ。ここでさよなら、しましょ」
「――――」
自らの危惧が当たってしまった。別れの内容に二の句が継げない。
「お元気で」
「まっ――大神! 大神!」
彼女は気配を絶ち、忽然と消えた。伸ばす手は宙を切る、制止の声は無情にも届かなかった。
泡沫の夢から目覚める。慣れ親しんだ永遠の孤独が「おはよう」と両腕に絡みついて離れない。
「……大神っ」
俺は奥歯を噛み、天を仰いだのだった。




