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MATTO-A5 ~リトア編~  作者: 咲之美影
初恋は甘く切なく罪の味がする
12/25

★NO.sei――告げられた アッディーオ


 ジョバンニ・カインが去り、場に異様な静けさが残る。俺は肩を窄め、苦笑交じりに微笑んだ。


 「取り敢えず一旦、ここを出ようか?」


 「…………」


 それぞれが無言で顔を見合わせる、どうやら反論はないらしい。俺の言葉に全員が頷き、正門まで歩を進めた。


 時刻は六時半――外はすっかり暗い。闇へ誘う赤黒い月が星空に昇っている。人通りは疎らだ、物淋しい世界が幻想的で心地良い。


 「ねえ兄さん」


 大聖堂・カテドラルの正面に出た途端、ロトが足を止めるや否や口を開いた。俺は振り返り、首を横に傾ける。


 「うん?」


 「……そろそろ自己紹介、『彼女』にしたいな」


 彼女、と呼べる人物はこの場でただ一人しかいない。ゆっくり歩行しながら紹介しようと思っていたが、ロトの熱い視線は「いま」を望んでいた。


 (まあ仕方がないね、ずっと大神に会いたがっていたし)


 「わかったよ」


 「ありがとう、兄さん」


 俺の了承にロトはふわり目を細め、柔らかい表情で大神に声をかける。


 「Piacere――俺はロト・リュカーオーン、リトア兄さんの弟だよ。よろしくね」


 「…………」


 だけど大神は返事をしない。俺は隣に立つ大神の顔を覗き込んだ。


 「大神?」


 「…………」


 深く被ったフードが邪魔で顎の輪郭さえぼやけて見える。懲りずじっと凝視したものの、やはり大神はうんともすんとも言わない。


 「……大神?」


 再度、俺は彼女の名前を呟いた。するとようやく、だんまりを決め込んでいた大神が反応する。


 「……二人で話がしたい」


 いつもとはまるで違う、冷やかな語調で言われた。纏う雰囲気も刺々しい。


 「ロト、先に行ってもらえるかい?」


 「うん。あっちで待っているよ」


 あっち、を指す方角はヴィットリオ・エマヌエレ通りだ。ロトは難色を示したりせず、他の同胞も一緒に連れてすたすた遠ざかって行った。


 二人だけの空間が訪れる。されど空気は甘くない。むしろ、苦味が強く刺激的だ。


 「話、なに?」


 頃合いを見計らい、成る丈やんわり訊ねた。直後、大神が俺の胸倉を掴んでくる。


 「なに? じゃないわよ! どういうつもりで私を……!」


 刹那、一瞬の強風でフードが後ろに飛んだ。声を荒げる大神の顔は怒りで酷く歪んでいた。


 「一緒にいる口実を作りたくて」


 俺は正直に答え、大神の頬に触れる。夜風で白い肌はひんやり冷たい。


 「――やめてっ!」


 「……大神」

 

 パシリ、手を振り払われた。大神のつぶらな瞳が揺れている。


 「……私がいけなかったの、あのとき森に入らなければ……貴方に出逢わなければ……会いにいかなければ……。ごめん、なさい……」


 そう言って眉尻を下げ、大神が苦渋の色を浮かべた。頬を伝う透明な雫は――涙だ。


 「アカ、ギ……?」


 何故、彼女は泣いているのだろうか? 述べられた反省の弁に心が千々に乱れる、そんな悲しい台詞を言わないでほしい。


 (……なのに)


 俺の手は、俺の唇は、俺の身体は、一本足のカカシみたく不安定で動かない。正直、予想だにしなかった展開に頭が真っ白だ。状況が把握できず情けなく狼狽えていると、視線を逸らす大神が告げてきた。


 「……私の代わりをすぐ寄越すわ、貴方は仲間と合流して」


 「何でだい、大神……!」


 突き放す物言いだ。胃の辺りが気持ち悪い。まさか、と心臓が震える。


 「貴方と会う気は――今後、一切ないわ。ここでさよなら、しましょ」


 「――――」


 自らの危惧が当たってしまった。別れの内容に二の句が継げない。


 「お元気で」


 「まっ――大神! 大神!」


 彼女は気配を絶ち、忽然と消えた。伸ばす手は宙を切る、制止の声は無情にも届かなかった。


 泡沫の夢から目覚める。慣れ親しんだ永遠の孤独が「おはよう」と両腕に絡みついて離れない。


 「……大神っ」


 俺は奥歯を噛み、天を仰いだのだった。


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