(NO.cinque――フェスティーノ
聖ロザリアに捧げた歌が歌われる中、聖体拝領が始まった。人間たちの後に続き中央の祭壇に並び、司祭の祝福を受け、聖体拝領を終える。案外、流れ作業は容易い。
(……信者はいつの時代も変わらないね)
俺は心中で呟きつつ祭壇に向かって右側の礼拝堂に置かれた銀の壷――、聖ロザリアの遺骨が納められた壷を撫でた。いまは亡きマリアーノ・ズミリーリオがデザインした骨壷は依然として素晴らしい作品だ。
「――よし俺の役目はこれで果たせたね、行こうか」
ミサはざっと一時間半行われた。俺はロトたちを引き連れ、ジョバンニ・カインの元へ移動する。
「もたもたしない、遅れちゃうわよ!」
「ねえ、枢機卿様はいらっしゃった!?」
荘厳な雰囲気は一変、辺りは雑音で騒がしい。行き交う人間たちを避けながら、一際光彩を放つ集団の中心人物に声をかけた。
「ジョバンニ」
「ああ、貴殿か」
驚く様子もなくジョバンニ・カインが振り返る。半眼の目は鋭いけれど殺気は感じられない。
「改めてお礼を、ありがうございます。今年も無事、貴方の力添えでフェスティーノに臨場できました」
たとえ折り合いが悪い間柄であれ、ジョバンニは狼族に滞在許可を与えてくれた。守護聖人に関連する行事は譲歩し合う習わしだが、当たり前を当たり前だと思いたくはない。格式を重んじて血族と交流する、それが俺の流儀だ。
「La ringrazio」
再度、種族関係なく感謝の意を表した。ジョバンニは一瞬固まるも、徐々に淑やかで気品に満ちた笑みを咲かせる。
「……誠、貴殿は面白いのう」
「お褒め頂き光栄です」
からかい調子だけど真心は疑われていない。気持ちが伝わったようで安心した。
「貴殿の――」
「ボス、本邸の部下が」
ジョバンニの言葉を遮り、突如、影が舞い降りる。深く被ったフードで顔は見えない、が身のこなしから察するに陰影隊だ。
(本邸の部下?)
恐らくは何らかの報告なのだろう。しかし当然、俺には見当もつかない。
でもジョバンニは「またか」と目頭を押さえ、嘆息を漏らした。陰影隊が発した内容を理解した面持ちである。
「状況は把握した。出発の手筈は?」
「整っております」
問いに即答する陰影隊は格好が良い。さすがはシノビ、加えて寡黙なところも魅力的だ。
「…………」
「諾」
ジョバンニが無言で顎をしゃくると、影は素早く光に溶け込み姿を消した。まるで幻、闇は匂えど実態は掴めない。
「リトア」
「はい」
突然、名前を呼ばれ背筋が伸びる。ジョバンニは目配せで周囲の血族を散らし、ため息交じりに低く訊ねてきた。
「急ぎの用件だ、我は去るが貴殿は如何する?」
口調が非常に速い。余程の急用と窺える。
「私はヴィットリオ・エマヌエレ通りを練り歩く聖ロザリアの棺を眺めに行こうかと……、ですので宜しければ陰影隊を一人お借りしたいのですが」
細かい詮索はせず、俺は味気ない色調で答え継いで要望を切り出した。案の定、ジョバンニが瞳孔を絞る。静かな迫力だ。
「……陰影隊を、とな?」
「ええ。生憎、私はここの土地に詳しくはありません。連れも然り……、無知のまま血族の領地を闊歩する真似は自殺行為でしょう? もしもの場合に備え案内役兼仲裁役でお借り願えればと」
「うむ……、理にかなった理由だ。よかろう、貴殿らに陰影隊一名を同行させる」
ジョバンニは黙考の仕草を見せ、意外にもあっさり承諾してくれた。お陰で狙い通り、彼女を手繰り寄せれる。
「ありがとうございます。早速ですがあそこの柱にいる――」
「大神」
俺が一点を指差すと同時に、ジョバンニが小声で彼女の名を呼んだ。刹那、愛しい彼女が目の前にふわり現れた。
「――主」
大神は優雅で可憐で凛々しい。ジョバンニの足下に跪き、指示を待っている。
「任務だ。先程の会話は聞こえておったな?」
「はい、主」
短く大神は頷いた。成程、陰影隊の聴覚能力は優れているらしい。
「リトアよ、他に申し出はあるか?」
「いえ、痛み入ります」
「万一の判断は貴殿に一任しよう」
そう言うとジョバンニはさっさと歩き出し、「A presto」と背中越しに軽く手を振り遠ざかっていった。




