★NO.cinque――フェスティーノ
澱みなき白スーツに身を包んだ狼たち、と同様の身形で玄関先に立つ俺は振り返り下命した。
「今日はみんないい子にね」
七月十五日――フェスティーノが催される火灯し頃、俺は弟のロトと数人の同胞を引き連れ迎えの車に乗り込んだ。
そして約三十分後――十七時十五分、出発地点から然程遠くない目的地に到着した。場所はパレルモで一番大きい大聖堂・カテドラル、豪華な外観は当時の繁栄を物語っている。
「――兄さん、いこう」
「ああ……」
ロトの促しに俺は頷き、開け放たれた正門を抜けて奥へ進んだ。ネオクラシック様式の美しい教会内はすでに多くの人間で溢れている、が想像よりは少ない。
(今日は十五日だもんな)
聖ロザリア祭は十四日が民衆の祭り、十五日が宗教的な祭り、それ故前日に比べ人出は少ないのだろう。
(まあ、お陰で立ちづめは免れたね。さてどこに――ん?)
空いた座席をきょろきょろ探していると、隣に並ぶロトが左肘で軽く小突いてきた。
「兄さん」
「……お早いね」
目配せの先に納得する。漂う厳かな雰囲気は相変わらずだ。
「――Buona sera」
黒づくめの『化物』を数人従えた、面識ある古老が声をかけてきた。血に飢える銀色の瞳、渋い声音は奈落の如く深い。
(まったく困ったよ、対峙するだけで勝手に神経が逆立つ……)
相反する異端な一族ヴァンパイア、忌み嫌う理由がないのも又――天上神の呪いだ。特に始祖の血を継ぐ家系は強い拒否反応を示す、非常に難しい不変な呪縛である。
けれど俺は本能のまま、相手の存在価値を否定したくはない。だから父や兄妹たちと一定の距離を置き、『戦争』を避け生きてきた。
「Buona sera、平素のご無沙汰をお詫び申し上げます」
低姿勢な態度で返す俺に、ジョバンニ・カインは硬い表情を緩めてくれる。垣間見えた牙は犬牙と違い針状で鋭い。
「なに構わん、公に出ぬ貴殿だ」
彼はヴァンパイア界の宝血、両協会が定めた規定によって『戦場』及び『特例』の機会でなければ接触すら許されない相手だ。
「ご理解頂きありがとうございます。貴方のご活躍は小耳に挟んでおります、……『表向き』でマフィア組織を立ち上げたのでしょう?」
そう話題を振った途端、場の空気がひんやりと凍った。ジョバンニの眉間に皺が寄る。
「我を揶揄するか」
「いえ、とんでもない」
俺は首を振り微笑した。むしろその逆だ。
「旧態依然の狼族と異なり……、血族は前進する勇気を持っている。本当、羨ましい限りです」
ため息交じりに継いで言い、「我ら一族も見習いたい」と語尾に加える。断じて偽言ではない。
しかしジョバンニは更に眉根を寄せ、疑いの眼差しで訊ねてきた。
「貴殿は誠に『彼奴』の血縁か?」
彼奴――とは父リュカーオーンのことだ。俺は苦く笑い答える。
「ええまあ、生物学上は。信じ難いでしょうがジョバンニ、私の性格は恐ろしく定常ですよ。『未だ』対照的なんです、父と」
実の父と子、されど一族の基盤となる思想が一致した試しはない。盾突く俺を父は煙たい存在に扱い、父の人生観に毒された兄妹にとって反抗的な長男は目の上の瘤だ。
「――フ、貴殿は興味深い」
「ハハッ、恐縮です。一匹狼も割と楽しいですよ」
刺々しい空間が丸くなる。直後、時間通りミサが始まった。天上神に祈りたいと願う人間たちの姿は滑稽で神秘的で尊い。
「忌々しい天上神に祈りを捧げねばな」
「聖体拝領後、改めて挨拶に伺います」
「Ho capito」
「alla prossima volta」
了承するジョバンニ一行と俺は別れ、ロトたちと埋まっていない席に移動した。それから人間たちと等しく、一語、随時、聖書の言葉を噛み締め唱える。
(隠れているつもりなのかい?)
彼女に関して目ざとい俺は小さい影を横目で追い、含み笑った。
* * *
「ボス・ジョバンニ、今回、護衛を減らした理由はあれか?」
「うむ、彼奴の長男は狼族としては信用ならんが男としては信頼に値する」
「……ほう、だがリトアの実力は知っているだろう? 単体で彼奴や兄妹と比べようのない戦力を持っている男だぞ」
「そう案ずるなアルベルト、リトアは我に牙は向けん。彼奴より我に懐いておるからな」
アルベルトの忠告にジョバンニは眼を紅く染め上げ、リトアの横顔を捉えつつ口の端を吊り上げたのだった。




