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トランクィル・タワー【旧版】  作者: 奈木
第一章
7/69

見知らぬ街で・七

「見物して面白いところなど、ありはせんぞ」

 そう言いながら、シェルさんがまず案内してくれたのは、図書室だった。けれども、これはヒューゴさんにより却下され、次に通信室に向かうことになった。

 ただ、通信室に入った時に向けられた、仕事中のベイルさんの凄まじく怪訝そう――もとい嫌そうな顔は、しばらく忘れられそうにない。通信室に来たことを後悔した。

「あいつ、要らん時だけ表情露骨なんだよな」

 通信室を後にしながら、ヒューゴさんが呆れたように言う。

「仕事中に邪魔が入れば、誰でもあの顔をすると思うがな」

「そう思いながら俺達を連れてくお前もお前だけどな」

「他に行く当てが思い浮かばなかった」

 さよか、と返しつつ、今度はヒューゴさんが先頭に立つ。その足は、まだ通ったことのない廊下へと向いていた。

「ヒューゴ、どこへ行く」

「何かいい匂いがする。食堂じゃね?」

「……ああ、もう三時だからな。子供達に何か振舞っているのだろう。ナオ、次の行き先は食堂で構わんか」

「あ、はい」

 ヒューゴさんの後を追い、再び広い廊下を歩む。

 到着したのは、巨大なホールだった。学校の体育館よりも広い空間の中には、所狭しと机や椅子が並べられている。部屋の一角はキッチンに繋がっていて、その奥には忙しく動き回る人の姿が見えた。周囲を見回しながらホールを進むと、

「あっ、ヒューゴだ!」

「ホントだ! シェルもいる!」

 甲高い子供の声が聞こえてきた。見れば、十数人もの子供達がこちらを凝視していた。思わず感嘆の声を上げかける。この世界には獣人以外にも、様々な種族がいるらしい。

「髪に花が咲いているのは樹人族、耳の尖った背の高いのはエルフ、小さい白髪のがドワーフだ」

 ひそりとした声が、傍らから降ってきた。

「樹人族は植物を身体の一部に宿した、所謂亜人種だが、エルフとドワーフはヒトに似て非なる種族で、森と洞窟にそれぞれ好んで住んでいる。把握できたか」

「はい、ありがとうございます」

 頷きながら、シェルさんを見上げる。……と、何故かその顔は引き攣っていた。ちょっと青褪めている気さえする。

「あの、シェルさん? どうかしました、体調でも」

「いや、何でもない」

 シェルさんは首を横に振るものの、何もなければそんな顔になるはずがない。はて、と首を捻っていると、

「お前、逃げんなよ」

 また、にやにやと怪しげに笑っているヒューゴさんが、振り返って言った。シェルさんが、深い溜息を吐く。

「子供は苦手だ」

「いいじゃねえか、好かれてんだ」

 そう話している間に、わっと子供達が津波のように走り寄ってきた。シェルさんの顔が、一層強張る。

「もこもこ!」

「角ー!」

 子供達が一斉にシェルさんに突撃する。その様はまさしく天衣無縫、肩や腰によじ登ったかと思えば、耳に角にと小さな手が伸びる。シェルさんが降雨寸前の曇天さながらにどんより肩を落としているのも、お構いなしだ。もこもこな毛並みに惹かれてしまう心境は分かるけれど、あそこまで煤けた背中には同情を禁じ得ない。助けるべきか思案していると、

「この前の仇ィイイイ!!」

「覚悟しろ必殺ドロップキーック!」

 怒号が弾けた。ぎょっとして目を向ければ、ヒューゴさんが子供達相手に大立ち回りを演じている。ドロップキックを片手で受け止め、逆手にとってジャイアントスイング。なす術もなく振り回された子は、ギブアップを叫んで戦線離脱。次に挑んだ子も、足払いからの四の字固めであえなく敗北。少年の悲鳴が響く中、ヒューゴさんが悪役さながらに言い放つ。

「俺に喧嘩売るなんざ、十年早え! おら、負けを認めるなら放してやるぞ」

「ちくしょー! 次こそ勝ってやる!」

 四の字固めを食らっていた子も、いよいよギブアップ。敗走しながらも懲りない――前向きなのは、やっぱり褒めるべきなのだろうか。不屈の精神的なものとして。

「あ、負け犬が遠吠えてる!」

「かっこわりー!」

 ただ、子供達は思いの外仲間に厳しかった。……少年の心の傷が深まらないことを祈るばかりだ。

「……あの」

 ほのぼのしていると、不意に隣から声がした。はっとして見てみれば、絵に描いたような金髪碧眼の美少年が立っている。こうして見た限りでは、人間だ。歳は中学生くらいだろうか。

「ヒューゴさんとシェルさんのお知り合いの方ですか」

 知り合い――と言えなくもない、とは思う。多分だけれど。

「まあ、そんなところです」

「じゃあ、新しく保護されてきた人じゃないんですね」

「保護?」

「僕ら、皆家族を亡くして、引き取られたんです」

 あっさりとした言葉が、逆に切なかった。けれど、ここにいる子供が前に聞いた「商会の養っている孤児」だろうことは予想ができていたから、動揺はない。軽く頭を下げて、言う。

「ご愁傷様でした」

「過ぎたことですから。あ、そうだ、僕、慶寧(けいねい)と言います」

「私は、直生です。天沢直生」

「直生、さん? ですか」

 慶寧君の顔には、私の名前への疑問がありありと見て取れた。それでも、敢えて「そう」と頷くだけに留める。

「それで――慶寧君?」

「はい、そう呼んで下さい。それから、僕の方が歳下でしょうから、敬語でなくても」

 慶寧君は、私の様子から何となく事情があることを察してくれたらしく、それ以上問いを挟むことはなかった。その聡さに感謝して、さっさと話を変えてしまうことにする。

「ん、分かった。慶寧君は、あの子達のまとめ役?」

 言いながら示すのは、子供の塊が人型になったような状態のシェルさんと、相変わらずどたばたやっているヒューゴさん達だ。一通り辺りを見回してはみたけれど、この場にあの子達を監督する大人はいないらしい。

「一応、そうですね。基本的に畑番の羽深(はしん)さんという人が僕らの面倒を見てくれるんですけど、今は街へ出ているので」

「ここで、留守番?」

「ええ。直生さん達はどうしてここへ? 食事ですか?」

「そういう訳でもないんだけど……散歩というか、ベイルさんのお仕事が終わるのを、待ってるんだ」

「ベイル隊長、ですか?」

 問い返す慶寧君は、物凄く意外そうな顔をしていた。

「そうだけど……どうしたの?」

「いえ、ベイル隊長は僕が知る限り、一度も孤児や傭兵の人を連れてきたことがなかったので。少し意外で」

「そうなんだ?」

「五番隊のヴァレリオ隊長は、よく連れて帰られますけど。ベイル隊長は、本当に今まで一人も」

 本当に珍しいですよ、と慶寧君はしみじみ言う。

 疑っていた訳ではないけれど、自分から他人に関わらないというヒューゴさんの言葉は正しかったみたいだ。

「ベイル隊長のお仕事は、時間が掛かりそうなんですか?」

「多分ね。さっき、随分と忙しそうにしてたから」

「じゃあ、それまでここで待っていたらどうですか? まだお菓子も残っていますから。お茶もありますよ」

 そう言って、慶寧君は子供達のところへ向かった。余り迷惑をかけないように、と注意をしながら、シェルさんに張りついた子達を、巧みに剥がしていく。ようやく解放されたシェルさんは、がっくりと肩を落としていた。大分お疲れの様子だ。

「お疲れさまでした」

 近くに寄っていって言うと、シェルさんは苦笑を浮かべた。

「子供が相手では、邪険にする訳にもいかんからな」

 ううむ、本当にどこまでもいい人のようである。

ヒューゴさんを見ると、今度はまた違う男の子に腕十字固めを極めていた。さっきから関節技ばかりだ。好きなんだろうか。

「おら、ギブアップするか? さもねーと、このままだかんな!」

 悪い笑顔は見なかったことにして、シェルさんへ目を戻す。

「慶寧君が、ここでベイルさんのお仕事が終わるのを待ったらどうかと言ってくれたのですけど」

「まあ……それも構わんか。――ヒューゴ!」

 呼びかけから一拍遅れ、ヒューゴさんがこちらを向く。その足の下では、ようやく諦めたらしい男の子が、床を叩いてギブアップを宣言していた。ヒューゴさんは男の子に「あんま意地張りすぎんなよ」と言ってから、解放する。

「何だ、どしたよ?」

「通信室に行って、ベイルに『食堂にて待つ』と伝言を頼む」

「何で俺が」

「案内を請け負ってやっただろう」

「……ちっ、仕方ねえな。分かったよ、行ってくりゃいいんだろ。おら、お前らは大人しく菓子でも食ってろ」

 ヒューゴさんが、子供達を急き立てつつ、腰を上げる。

「えー! まだ勝負ついてねーよ!」

「もっかい! なあ!」

 さんざん関節技を極められていたというのに、子供達はまだ挑戦を諦めていないらしかった。シェルさんと形は違えど、随分と懐かれているようだ。微笑ましい。

「あー、分かった分かった。また後でな」

 自分の周りに集まった子供達の頭をぐりぐりと撫でてから、ヒューゴさんは食堂を出ていく。そして、私達は食堂で時間を潰すことになった。

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