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トランクィル・タワー【旧版】  作者: 奈木
第六章
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最果てに至り・七

 しまった、と玄鳥は歯噛みした。先を行く黄鳥の姿を捉えてはいた。だが、先手を打たれてしまえば、そんな成果は何の意味もなさない。常識外れに膨大な魔力の収縮。相討ちを意図した自爆であることは明白だった。しかし、直生が十全の状態であったのならば、その決死の選択すら障害にはなり得なかっただろう。それだけに、玄鳥は悔やんだ。

 黄鳥は狙撃に長けた魔術師であり、毒や呪いを付加した針や礫を好んで用いる。白光に飲まれる直生の身体が不自然に硬直しているのも、首筋に刺さった針の為に違いあるまい。玄鳥は爆散する光にも構わず、直生の元へと跳び込む。身体を焼く光の熱に顔を顰めながら、痩せた肩を掴み、その指に嵌めた指輪を輝かせた。

「……いってて」

 動かない直生を抱えたまま、背中から雪の中に倒れ込み、玄鳥は呻いた。辺りの景色を確認し、胸を撫で下ろす。敵の姿はない。戦闘の場からは離脱できたようだ。

 右手の指輪へ目を向ければ、銀の台座に埋められた赤い石がきらりと輝く。同僚の朱鳥から強奪――もとい、借り受けた転移魔道具であったが、上手く役に立ってくれたらしい。

「お嬢? 大事ねェですかい」

 問いかけながら、治癒を施す。光熱で焼かれ、麻痺毒に侵された身体をできる限り早く、深く治していく。

「……玄鳥、さん?」

 しばらくして、掠れた声が聞こえた。ほ、と安堵の息が口を突いて出る。

「ええ、あっしでやすよ。ご心配かけちまいまして」

「いいえ……あの、腕」

「お嬢が気になさることはありませんや。あっしの不手際で」

「……ありがとう、ございます」

「容易いことでござい。――して、お嬢、身体は? 黄鳥もそこまでえげつねえ呪いを使っちゃいねェたァ思いやすが」

「動け、ます。〈花禽〉の人が、いたんですね」

「ええ、鳥の中でも格別に視野が狭いのが。奴らはお嬢を盾に、竜の御仁を脅す腹でさァ」

「……戻らないと」

「お嬢、その身体じゃ、まだ」

「リオネルさんが、殺されてしまう」

「お嬢の敵でしょう、ありゃ」

 それでも、と掠れた声は強く確かに言う。

 ああ、そうだった。玄鳥は胸の内で笑う。誰彼構わず命の心配をしてしまうような娘だから、だからこそ――職務に逆らってまで、肩入れしてしまうことにしたのだった。

「本っ当に……お嬢は危なっかしくて、甘っちょろくて、放っておけやしやせんぜ。あっしは先行して、身内の――馬鹿の始末をつけておきやす。調子を整えてから、いらっしゃい」

「……いいんですか?」

「いかな魔道大国でも、隣国と竜を一気に相手どるなんてことになりゃ、万一のコトも有り得るでやしょ? そういう事態を未然に防ぐのも、あっしらのようなのの役目でさ」

 直生に微笑んで見せ、玄鳥は再び指輪に魔力を込める。その姿は、次の瞬間には忽然と消え失せていた。


   ◇ ◇ ◇


 相手は既に瀕死、死にぞこないだと思っていた。光条に貫かれた肩を押さえ、黄鳥は舌打ちする。高速射出される鉄の礫とはいえ、迸る光の速さには敵わない。礫を撃った瞬間に居場所を逆探知された時点で、勝負は決まっていた。

 くそ、と毒づき、短杖に魔力を走らせ、礫を再装填する。

「昔も今も人を侮り、自分さえよけりゃいいと他人を顧みねェのが、あんたの最大の欠点で敗因て訳ですわな」

 呆れ果てたような声が聞こえたかと思うと、両腕に鋭い痛みが刺さった。無数の細い杭が突き立っている。ぎょっとする間もなく背後に気配を感じ、黄鳥は振り返った。

「――玄鳥、貴様!」

「相変わらず、こそこそ隠れて襲うのがお好きなようで。その腰抜けぶりにゃァ、全く恐れ入りますわ」

「減らず口を。貴様、裏切るか」

「何を持って裏切りとしやす? あっしはあっしで目的を果たす為に動いてるだけでやすがね」

「我らの使命は竜の腕の入手。それを持つ娘があるなら、捕え帰るのみ。だと言うに、何故貴様はそれを助ける」

「あんた、その頭は飾りもんですかい。そんなことしようなら、竜の旦那との交渉は決裂だ。翠珠は北の竜までも敵に回す羽目になる。あっしらは傭兵に負けたんでさ。今できんのは、この場を上手く治めて協力を願うことでしょうや」

「それがどうした。利用し利用されるのみの関係に、友誼など不要。腕さえ保持していれば、交渉のやりようはある」

「くそったれ、そりゃ交渉じゃなくて脅迫ってんですよ。あんたのそういうとこが嫌いだっつんでさ」

「俺も、貴様の目に余る独断専行が目ざわりでならん。祖国の大事を前に、やっと心を入れ替えたかと思ったが――お前にそのような殊勝さを期待するだけ無駄だったようだな」

「あっしも、あんたでももう少し冷静に物を考えられると期待してやしたが、どうも無駄だったようでさァね」

 吐き捨て、玄鳥は拳を振るった。顔面を強かに殴りつければ、呆気ないほど容易く黄鳥は昏倒した。

 玄鳥の属する〈花禽〉では、戦闘能力の高さによって色を冠した暗号名が割り振られる。玄鳥の名乗る「(くろ)」は最上位の席次に据えられており、「黄」は下から数えた方が早い。〈花禽〉の頂点に立つ玄鳥に、黄鳥が敵うはずもないのだ。

 重苦しい溜息を吐き出すと、ざあっと風の流れる音が聞こえてきた。かつてこの地に君臨した青竜が如く、それらを統べ、駆るものが近付いているのだ。空を見上げれば、小さな影が飛ぶように駆けてゆく。彼女が従える膨大な魔力は、さながら巨大な翼のようにも見えた。

「成程。ありゃ、あっしらが敵うようなもんじゃあない」

 図らずも、苦笑が浮かんだ。


   ◇ ◇ ◇


 ざ、と音を立てて、踏み荒らされた雪の上に着地する。リオネルさんは疲れ切ってやつれた――けれど、穏やかな表情で、私を見返した。既に動くこともできないのか、両膝を付いたまま、身じろぎもしない。

「何故、こんなことを?」

「必要だったから。ニーノイエには、もう、それしか道が残されていないから。何度でも言うけれどね」

「どういうことです」

「魔道大国たるミスミが隣にある限り、ニーノイエはその脅威に晒され続ける。侵略の可能性に怯え続けねばならない。あの時以来、国は二つに割れてしまった。僕ら竜騎兵に賛同するものと、周辺諸国との交渉和平を望むものとに」

「あの時?」

「そこまで教える義理はないよ。まあ、僕が言わずとも、すぐに気付くだろうけれどね」

 そう言ったリオネルさんの青色の双眸に、初めて憐れむような色が混じる。

「君はもう、決して戻れない。決断してしまった。せめて狂わないことを祈るよ。――いや、狂乱こそが救いか」

「狂いはしません。後悔も、しないつもりです」

「そう。……では、君に最後の断片を返してあげよう」

 リオネルさんが震える手を翳す。ふわりと流れ出した銀の光は、すぐに私の身体に吸い込まれて消えた。かすかな眩暈と、鋭い痛み。顔をしかめて堪える。

「さよなら、僕の最初で最後の愛弟子」

 そう優しい微笑みで残し、リオネルさんは倒れた。

「こちらも、決着はつきやしたか」

 ええ、と背後から響いた声に頷く。

「御仁、まだ生きてらっしゃるようでやすが」

「殺すつもりはありません」

「承知してやすよ。あっしも監視しとかなきゃいけねェ荷物がありやしてね。一緒に縛っときやしょうか」

「お願いします。その後は、アーディンに任せましょう」

「アーディン?」

「竜の卵です。彼女を危険に晒す訳にはいきませんが、動けない人二人くらいなら、どうにかしてくれるでしょう」

 言った途端、「うむ」と天上から声がした。

 見上げた空から舞い降りる、銀髪の幼竜。彼女が一瞥するだけでリオネルさんの姿は消え去り、雪上に残された竜の遺骸を秘めた杖も、跡形もなく崩れて散った。

「我が管理しておこうぞ」

「頼みます」

「是。……直生、戦況は混沌として居やる。汝は疾く、行くべきところへ行け。して、そこな、直生の下僕」

「げぼ……いいですがね、別に。呼び方くらい」

「御託は要らぬ。汝はヒューゴの元へ行け」

「おや、状況が厳しいんで?」

「否。少しでも早く、多くの手が要る」

「それだけ敵が強大、って訳ですかい。おっかねえ」

「獣人の戦は早々に決着がつきそうではあるが、ヒューゴは状況が読み切れぬ。助力せよ」

「あい分かりやした。従いましょ」

「それじゃあ、私はハーデさんのところへ向かいます。お二人とも、ご武運を」

「汝こそ」

「お嬢も、どうかお気をつけなすって」

 頷きを返し、再び魔力の流れに乗って空に舞い上がる。じくじくと痛み、脈打つ左胸の茨に不安を感じながら、遠い戦場を目指して飛んだ。

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