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トランクィル・タワー【旧版】  作者: 奈木
第二章
17/69

鏑矢は放たれた・四

 篝火で明々と照らされた港でも、たくさんの人が忙しそうに動き回っていた。ベイルさんが港の入口で馬を止めると、警備に立っていた人が駆け寄ってくる。

「これは、ベイル隊長。何か火急の用事でもおありですか」

 まあな、と答えながら、ベイルさんは馬を下りた。

「ワイアットはどこだ」

「中央市場で損壊物の確認をしていますが、ご用が?」

「急な仕事で、島を発つ。その為の話があるだけだ。馬はそっちで使うなり戻すなりしてくれ」

 続いて私を地面に下ろすと、ベイルさんは警備の人に馬の手綱を押しつけ、颯爽と歩き出した。手綱を握らされ、ぽかんと目を丸くする人に会釈をし、私も後について港の中へと向かう。

 しばらく歩くと、開けた場所に出た。ベイルさんは足を止めると、広場の端で木箱に座っていた男の人へ呼び掛ける。

「ワイアット!」

 木箱に座っている人が、怪訝そうに顔を上げた。ベイルさんを見て眉根を寄せ、私へ目を動かしては首を傾げる。億劫そうに立ち上がると、ゆったりした足取りで近づいてきた。

「何の用――と言うか、どういう事情かな、ベイル」

「島を出る」

「今から? えらく急な話じゃないか」

「急ぎの依頼だ。説明の要求、文句その他は上に直接言え」

「お前らしい言い草だねえ。それで? 俺に何の用?」

「倉庫の鍵を、お前が持っていると聞いた」

「まあ、備品の確認もついでに任されたからな」

「ハーヴィは無事かい」

「……虎の子の最新型を持ち出すって?」

「許可は出てる」

 言いながら、ベイルさんはポケットから何かを取り出した。

 横から覗いてみると、澄んだ緑色の結晶だった。細い鎖が通されていて、大きさはちょうど車の鍵くらい。結晶を見下ろしたワイアットさんは、溜息を吐いて肩をすくめる。

「嘘でもない、と。分かったよ、今はちょうど第一分隊が倉庫の中に入ってる。鍵は開いてるから、勝手に入って持ってけばいいさ。……で、その子は?」

 ワイアットさんが、目線で私を示す。

「今回の任務の護衛対象(オルド)だ」

報酬(オルド)じゃあなくて?」

 にやりとワイアットさんが笑うと、ベイルさんは眉間に皺を寄せて、露骨に嫌そうな顔をした。珍しい反応だ。オルドという言葉には、どんな意味があるのだろう。

「アリーチャーもお前も、下らねえことしか言わねえな」

「冗談だよ」

 からりと笑うワイアットさんを一瞥し、溜息を吐きながらベイルさんが歩き出す。どうやら、話は終わったみたいだ。ワイアットさんに会釈をしてから、先を行く背中を追い駆ける。市場を突っ切って、更に奥へと向かうようだ。

「お嬢さん、ベイルに食われないようにな!」

 ベイルさんの隣に追いつくと、からかうような声が背中に掛かった。どう反応すればいいのか分からずに、ベイルさんを見上げる。淡泊な表情の中に深い呆れが浮かび上がり、

「阿呆め」

 低く落ちた呟き。そして、一陣の風が吹き抜けた。

「おわっ!?」

 背後、ワイアットさんの方から派手に転倒する音。何が起きているかは推して知るべし……なのだろうか。

「おまっ、魔術使ってまで足払い掛けなくったっていいだろ! ただのジョークなのに――あっ、ちょっ、分かった、ごめんなさい、もう言いません! 止めて! ハゲる!」

 何うやらワイアットさんが惨事に見舞われているようだ。振り向こうとすると、

「馬鹿に構うな。放っとけ」

 そう言われて尚、振り向けるような度胸は持っていない。申し訳ないような気分になりながら、大人しく足を動かす。

「いつもながら、ホントにひどい奴だよお前は!」

 通りを曲がり際、ワイアットさんの悲痛な叫びが上がった。ベイルさんは全く反応しなかったけれど、いつもって、まさか日常茶飯事なのだろうか。

 空寒い気分になりつつ到着した倉庫は、運よくほとんど被害を受けなかったようだった。ベイルさんは躊躇いなく中へ入って行き、何事かと問い掛けてくる人達を「仕事だ」の一言であしらうと、最も奥まった区画で足を止める。

 そこに置かれていたのは、大型のバイクに似たものだった。ただし、私が知っているバイクとは、決定的な違いがある。何がって、そりゃあ――宙に浮いているのだ。

「コーニッシュ社最新型の、アクィロ・ウェンテだ。型番のHRV‐1をもじって、ハーヴィとも呼ばれる。ウェンテは宙に浮いて移動する、この系統の乗り物の総称だ。アクィロは、最も大型の形状であることを示す」

 言いながら、ベイルさんは宙に浮くその物体に被せられていた覆いを取り去る。その下から出てきたものは、やはり故郷で見たバイクによく似ていた。本来タイヤの在るべき場所には、緑と透明の結晶が収まっていたけれども。

 そして、今更に、割と関係ないことに気付く。

「今、アルファベット使いました?」

「アルファベット?」

 ベイルさんが首を傾げる。……あれ?

「さっき、HRVって」

「セトリアの古代文字だ」

「……そうなんですか?」

「お前の世界では、アルファベットって?」

「はい。私の国ではそこまで頻繁に使わないんですけど、あ、翠珠文字は日常的に使われています。日本じゃ三種類の文字を組み合わせて使ってて、その一つなんです」

「国ごとに、使ってる文字が違うのかい」

「文字と言うか、言語そのもの、ですかねえ。まだ他にキリル文字とか、何か色々ありましたよ」

「他にも? 不便じゃねえのかい」

「うーん、言われてみると、そうだなあって思うんですけど。そういうものだと思って育ってきましたし、どの国でも同じ言葉を使えるっていうことの方が、びっくりしました」

 なるほどな、と頷きながら、ベイルさんが隣の区画に移動し、サイドカーのようなものをウェンテに連結させた。

「お前はこっちに乗れ。荷物は適当に置いといていい」

「あ、はい!」

 宙に浮いている乗り物なんて、初めてだ。まず片足をかけてみると、宙に浮いているのに、想像していた不安定さや浮遊感はなかった。座席に座って荷物を空いた場所に押し込んでいると、ベイルさんが隣でウェンテに乗り込み、さっきワイアットさんに見せていた緑の結晶をハンドルに翳した。魔力が迸り、術式が起動する気配。あの結晶は、鍵だったみたいだ。

「こっちはお前に預ける。お前の乗ってるアウィスの鍵だ」

 そう言って、ベイルさんはまた違う結晶を取り出し、私の乗るサイドカーのフロントガラスに翳した。ウェンテと同じように、術式が起動。どんな仕組みで動いているのか、気になってあちこちを見ていると、小さく笑う声が聞こえた。はっとして見れば、ベイルさんがかすかに唇の端を持ち上げて笑っていた。

「そんなに珍しいかい」

「その、どんな仕組みで動いているのなー、と」

 ベイルさんが笑っているのを見るのは、多分、初めてだ。妙にどぎまぎしていると、膝の上に結晶――鍵が落とされる。

「首にでも掛けとけ。構造に関しては、道々話してやる」

「あ、ありがとうございます」

 頷きながら、鍵を首にかける。

「ああ。さて――と、行くぞ」

 車体がゆっくりと動き出す。倉庫の入口へ続く直線通路に進み出ると、一気に加速した。ぐっと座席に身体が押しつけられ、帽子が頭から浮き上がる。慌てて手で押さえるものの、吹きつける風が強くて目が開けていられない。

 ……十分経ったか、二十分経ったか。やっと風が弱まってきたので、そろりと目を開ける。いつの間にやら、辺りは星と月の光だけが頼りの、真っ暗闇になっていた。振り返れば、港の篝火が地上の星のように瞬いている。

「朝までには陸地が見えるはずだ。それと、やたらに下を覗き込まねえこと。暗闇に引き込まれて落ちるぞ」

「――は、はいっ!」

 そろりと伸ばしかけていた首を、慌てて引っ込めた。



 きらり、何かが光ったような気がした。重い瞼を押し上げ、目を開く。青く晴れ上がった空の真ん中に、太陽が燦々と輝いていた。朝か、と眩い光に目を細めていると、

「お目覚めかい」

 耳元で鳴る風音を割って、声が聞こえた。顔を上げれば、ゴーグルを掛けたベイルさんが私を見下ろしてい、て――うわあ!?

「お、おはようございます! すみません、寝ちゃってて!」

「謝ることはねえさ。眩しかったら、ゴーグルを使うといい」

 その言葉で、首に掛けたゴーグルの存在を思い出す。引っ張り上げて装着すると、一瞬で余分な眩しさが消え去り、視界が明瞭になった。何か魔術が掛けてあるのかもしれない。

 すっきりした視界で再び隣を見上げると、何やら見慣れないものが目についた。吹きつける風で髪が流れ、ベイルさんの額の左端には黒い紋様が見え隠れしている。流麗で複雑な意匠は美しいのに、見ていると妙に落ち着かない気分になった。

「お前は聡過ぎる。余り見ねえ方がいい」

 静かに言われ、我に返る。その時になって、やっと見入っていた身体が奇妙に緊張していることに気が付いた。

「す、すみません、じろじろ見ちゃって」

「いや。それにしても、お前はすぐに謝るな。それが悪いとは言わねえが、謝るのは自分に非がある時で十分だ」

「……はい」

「ま、俺が口出しすることでもねえが。――前を見てみろ」

 促されて、視線を転じる。淡い碧色が、ある地点から深い緑色に変わっていた。湖の先に、広大な草原が続いているのだ。

「陸に着いたら、一旦休憩だ」

 その言葉から数分と経たず、ウェンテは陸地へ降り立った。動力が停止し、ベイルさんが運転席から降りても、宙に浮かんでいる。私も地面に降りてみたものの、どういう仕組みで動いているのか、気になって仕方がない。周囲を歩き回っていると、

「ウェンテのことは後で説明するから、今は大人しくしてろ。鞄の中に水と食料が入ってる。何か胃に入れとけ」

「う、あ、はい! すみません」

 座席に置いた鞄を開け、食料の詰まった革袋と水筒を引っ張り出す。革袋の中には、スコーンのような焼き菓子と、干し肉があった。とりあえずスコーンを一つ取り出して、かじる。

「これからすぐ、ホヴォロニカに向かうんですよね?」

 スコーンをかじりつつ問い掛けると、ベイルさんは干し肉を銜えたまま、座席の上に広げた地図とコンパスを示した。

「国境の街ホロスを経由してホヴォロニカに入り、まずはアランシオーネに向かう。今は、ここだ。セトリアの南東部」

 干し肉を噛みちぎりながら、アランシオーネへの経路が指で示される。アランシオーネは、今の場所から北東にあった。

「アランシオーネに、今夜は泊るんでしたっけ」

「そうだ。順調にいけば、夕暮れには街に入れる」

「街は、夜になると門を閉めてしまうんですよね?」

 遺跡にいた時の雑談で、ヒューゴさんが教えてくれた。

 監査や防衛上の事情から、大きな街は必ず分厚い壁で囲まれている。出入りには四方に設けられた門を利用するのだけれど、やっぱり門限があって、夜は出入りが制限されるのだそうだ。

「一般的にはな。ただ、アランシオーネは他に類を見ない、極めて特殊な街で――地竜の宿る巨木を擁してる」

「りゅ、竜がいるんですか?」

「いる、って言い方は正しくねえな。竜の宿る巨木の周りに、わざわざ街を作ったんだ。木に宿る竜は兎角争いを嫌う性質で、その眼の光る街中の治安はすこぶる良好、竜を恐れて魔物も近付かねえ。よって、アランシオーネは門を閉じる必要がねえんだと」

「へええ……そんな街もあるんですね」

「唯一無二だろうがな。――ま、追手の連中にもまともな頭がありゃ、アランシオーネにいる間は比較的安全なはずだ。一度に二体の竜を敵に回すような真似は、普通なら避ける」

「です、よね。そうだ、国境を越える時も監査はありますか?」

「ああ。だが、別に指名手配を受けてる訳でもなし、正規の監査を通って抜けたところで問題はねえだろう」

 そう言って、ベイルさんは地図とコンパスを鞄にしまった。干し肉を食べ終わると、もうウェンテに跨る。

「もう休憩はいいんですか?」

「お前がいいならな」

「私は、寝てましたし……。ベイルさんこそ」

「俺はいい。休むなら、街に着いてからの方がいいからな。で? もういいのかい」

「はい、大丈夫です」

 頷いて、アウィスに乗り込む。ベイルさんを真似て鍵を使ってみると、すぐに足の下から起動の気配が伝わってきた。

「それじゃ、今度こそハーヴィについて講義といくか」

 ベイルさんがウェンテを発進させる。瞬時の加速。すぐに湖は見えなくなってしまった。

「まず、魔力を含む鉱物全般を魔石と呼称する。ウェンテに組み込まれてるのは、浮遊石と風魔石だ。浮遊石は吸った魔力を浮力に、風魔石は風属性に換える特性がある」

 人が乗っていなくてもハーヴィが浮いているのは、魔石が自動的に周囲の魔力を吸収し、浮力に変換しているから、らしい。

「ウェンテは浮遊石で浮き、風魔石を介して生成された魔力を用いて風を繰る術式を起動展開、飛行する」

「風属性は、空を飛ぶことまでできるんですね」

「誰でも飛べるって訳じゃねえがな。かなり得手不得手の差がある。――ざっくりだが、説明とすればこんなところだな」

 それからは、ぽつぽつとこの世界の話を聞いた。こちらの世界にはたくさんの種族が存在するようで、私が知った他にも有翼族や鉱人族、人魚族……とにかく、色々といるらしい。

「ホヴォロニカは、有翼族と樹人族が比較的多いそうだ」

「アランシオーネもですか?」

「さて、どうだかな。この前来た手紙にゃ、鉱人族の商人一家が街に根を下ろして、親しくなったとは書いてあったが」

「あれ、知り合いの人がいるんですか?」

「昔の部下がな」

「……アルトにいた、頃の」

「軍人をしてた頃の、な」

 事も無げに、ベイルさんは言う。

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