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トランクィル・タワー【旧版】  作者: 奈木
第二章
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鏑矢は放たれた・一

 東の遺跡は、街を中心にして砦と正反対の場所にある。街を通って遺跡へ向かう道のりは、予想外に穏やかな空気の中進んだ。本を読みながらでもついていけるくらいで、ちょうど街を抜ける頃に読み終わると、隣を歩くベイルさんが口を開いた。

「これで基礎知識は大体触ったな。次は実践――魔力の感知、管理に移る。初歩の初歩だが、必要不可欠な技術だ。自分の魔力の管理すらできねえんじゃ、話にならねえからな」

 言いながら、ベイルさんは丸い透明な石を取り出した。石の内部には、何やら白い紋様が浮かんでいる。

「魔力を吸う性質のある石に、吸収量に応じて色が変わるよう仕込んでおいた。これを使って、魔力を使う感覚を探れ。消費の感覚は各個人で異なるから、助言はできねえがな」

「わ、分かりました」

 掌に丸い石が落とされる。つるりとした感触のそれを握り込んで、意識を集中させる。数秒の後、手を開いてみると――

「まあ、一朝一夕にはいかねえだろう」

 要は、変化なし。溜息を吐いて、石を握り直す。石の中に浮かぶ紋章は、花にも似ていた。かわいいなあ、と眺めていると、不意に手の中でアルコールが蒸発するような感覚が走る。

 ぎょっとして見れば、石の紋章が赤くなっていた。紋章の赤は薄く広まり、石自体を薄紅色に染めていく。意識してやった訳ではないけれど、どうやら魔力を込められたらしい。

 さっきの感覚は――そうだ、水。身体の中に流れる水を掌に導いて、蒸発させる。頭の中に水流を思い浮かべながら、蛇口で調節するイメージ。……そうやって、試行錯誤していたら、

「あいたっ!?」

 掌に鋭い痛み。慌てて手を開いてみると、透明だった石は鮮やかに赤く変わり、ついでに指や掌まで赤くなっていた。

「魔力を込めすぎたな」

 隣から手を覗き込み、ベイルさんが言う。

「込めた量、込められる量を把握してねえと、溢れた魔力が手を傷める。――だが、魔力を使う感覚は分かったようだな?」

「あ、はい。水を蒸発させる感じです」

 蒸発か、とベイルさんが低く唸る。思案するような素振り。

「ま、何にせよ、一歩前進だ。石はしまって、手を出せ」

 石をコートのポケットに入れ、右手を差し出すと、ベイルさんの手に包まれた。指の長い、硬い掌のごつごつした大きな手。その感触にどぎまぎしていると、すっと右手から痛みが消えた。

「……え? あれ?」

「次、逆。ほら」

 急かされて左手を出すと、同じように包まれて痛みが消えた。離された手を見てみれば、いつも通りの色に戻っている。

「ま、魔術? ですよね? 魔術は式が必要なんじゃ」

「まあ、昔取った杵柄って奴だ」

 そう言えば、薄昏でも同じように、何も言わずに私の呼吸を整えてくれたっけ。式もなく魔術を使えるなんて、ハイレインさんが言っていたように、やっぱり凄い人なのだろう。

「昔って、アルトの軍にいた時、ですか?」

 思い切って口に出してみると、ベイルさんは無言で私を見下ろした。その眼差しは相変わらず、感情が読めない。ちょっとばかり怯みそうになっていると、うなじの震える感覚がした。

『ハイレインが言ったのを、覚えてたのかい』

 頭の中に、直接言葉が伝えられる。声に出したくない――周りに聞かせたくない話なのだろうか。……ええと、どうしよう。

『精神感応だ。伝えたい言葉を念じれば、こっちに伝わる』

『あ、はい。……その、ハイレインさんが言ってたのを思い出して、口に出してしまっただけなので、言いにくいことなら』

『別に、大した話じゃねえさ。ただ昔、ハイレインが評したように呼ばれたことがあったってだけでな』

 それは、十分に大した話だと思うのだけれど。

『今は〈鵺〉と呼ばれることの方が多い』

『確か、いろんな動物が混ざった妖怪ですよね。何でですか?』

『得体の知れねえものの代名詞でもあるんだと』

『……失礼な話ですね……』

『ま、どうだって構いやしねえさ。他人が勝手に呼ぶ名前だ』

 事も無げな返答を聞きながら、そう言えばベイルさんとは自己紹介をしていなかったな、とそんなことを思い出した。



 お昼近い時刻になって、私達は遺跡に到着した。実際に目にしてみると、これまで「遺跡」の名前で想像していた文化遺産的なイメージは粉々に砕かれた。そこら中に壊れた食器や雑貨が散らばっていて、人の生活していた気配があちこちから滲み出している。なるほど、退去勧告を出さなければいけない訳だ。

「二十分の休憩の後、必要施設の造設にかかる」

 ベイルさんの号令で、まず遺跡の外で昼食をとる。その後で一番隊の人達は何やら慌ただしく作業を開始し、私とヒューゴさんは遺跡の隅で待機することになった。待機とは言っても座っているだけなのだけれど、退屈に思うことはなかった。行われている作業や、この遺跡について、ヒューゴさんが色々と教えてくれたのだ。何でも、今はバリケードや物見櫓を作っていて、瓦礫や岩を利用した魔術で、簡単に作れてしまうらしい。

「ここはウスガレと似て非なる場所でな。あっちが後ろ暗い連中の基地なら、こっちは表立って売り買いできねえもんを扱ってる連中の中継地点。後は、家のねえ連中が住み着いてたり……。住んでる奴自体はそう多くねえから、普段は静かなんだけどな。それでも交渉人や商人が集まる時にゃ、人で溢れ返る」

「そんなに騒ぎになったら、危なくないですか?」

「大陸中を流れる連中だからな。店を立てるのも早けりゃ、畳むのも早え。騒ぎになりそうだと思ったら、即座に店を畳んでトンズラだ。まあ、自警団は希少品の入手、商人連中はウスガレからの保護ってんで、お互い利用し合ってるトコもあんだけどよ」

「じゃ、ヒューゴさんも、ここに買い物に来たり――」

「まあ、そりゃ、物は試しにってな?」

「どんなもの買ったんですか?」

 好奇心に駆られて訊いてみたものの、ヒューゴさんはにやりと笑っただけ。……答えられないようなものを買ったんだろうか。

「それよか、到着まで暇じゃなかったか? ベイルの奴、ろくに喋らなかったろ」

「へ? 魔術のこと、たくさん教えてもらいましたよ?」

「え、庇ってるんじゃなくてか?」

 信じられない、とばかりのヒューゴさんの声に、逆に驚く。

「庇うとか……普段、そんなに喋らないんですか?」

「この島に寄ると、一緒に飯食いに行ったりすんだけどよ。いっつも、話しかけねえ限り喋らねえ」

「食事中だからじゃ」

「食い終わっても喋らねえ」

 そうですか、と苦しい相槌を打つと、会話が途切れる。それでも、気詰まりは感じなかった。何となくだけれど、ヒューゴさんはどこか話の糸口を探っているような気がしていた。

「あいつ、自分のことを話したか」

 短い空白の後、ヒューゴさんが低く切り出した。

「少しだけ、ですけど。ヒューゴさんと会った時のこととか、軍人をしていた時に受けていた評価のこととか」

 そうか、とヒューゴさんが呟く。右腕で槍を抱き、片膝を立てて座る姿は、まるで別人のように鋭い空気を纏っていた。

「あいつは、ほんとに何も話さねえんだ。シェルだって『湖岳の血戦』――ラクスとアルトの戦争な、それに従軍してたのを知ってるくらいで、それだって俺が喋ったからだしよ」

「ベイルさんは、大した話じゃないって言ってました。……精神感応で、でしたけど」

「大したことある反応じゃねえか、って話だよな」

 くつくつ、ヒューゴさんは喉を鳴らして笑う。

「後は、〈鵺〉と呼ばれているとか」

「ああ、あれな。結構、あいつに合ってるあだ名なんだぜ」

「そう、ですか?」

「呼び始めたのは、ヘイズ――『黒の鎧亭』の主でな。情報屋だから色々知ってるみてえで、上手く名付けたもんだぜ」

 どうやら、あのあだ名には別の意味があるようだ。それにしても、この際限ない謎の深まりっぷりには驚くしかない。

「ヒューゴさんは、ベイルさんのことをよく――」

「いや、知らねえ」

 あんまりにもきっぱりとした否定に、耳を疑う。目を丸くして見返すと、ヒューゴさんは飄々と続けた。

「俺は敵だったもんよ。知ってんのは、今の名前が戦争ん時に使ってたのの一つってことと、戦い方くれーだな」

「ヒューゴさんでも、それだけなんですか」

「ああ。けどな、だからこそ、あいつが強えってことは誰よりもよく知ってる。何度も殺されかかったしな」

 からりとヒューゴさんは笑った。自分の命の危機を語るには、余りにも軽く。

「……不思議な人ですね」

「何か事情があんじゃねえの。知らねえけどよ」

「そう言えば、私、ベイルさんのこと、まだ名前と傭兵をしてることしか知りません」

「そうだっけか。つっても、俺が教えられることもねえんだよなあ。歳も知らねえし」

「それも、ですか?」

「んー、俺よか歳食ってるとは思うけどな。三十ちょいってもんじゃねえ? ……ま、何だ。あいつは何もかんも分かんねえし、嫌な奴だが、悪党じゃねえのは保証するから、安心しとけ。ベイルも随分肩入れしてるみてえだしよ、どうにかなるって」

「それなんですけど、どうしてここまでしてくれるんでしょう」

「へ? そりゃ、竜なんてもんが関わってるからだろ」

「でも、それは最初から分かってたことじゃないんです。昨日の夕方、初めて知ったことで。――私も、ベイルさんも」

「てえことは、何だ。竜に関連する事情があるから、ベイルは手元に置くことにしたんだと思ってたんだが……違ったのか?」

「違う、と思います。ハイレインさんに事情を明かされた時、ベイルさんも驚いてました」

 そうか、とヒューゴさんが小さく呟く。そして、改めて私を見た。その眼差しの鋭さに、知らず気圧される。

「なら、まだ他に、あいつが注意を払う何かがあるってのか?」

その問いに答えられる言葉は、私の中にもなかった。

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