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[におい] 森ちゃんは結婚ができない

 世の中にはマジで融通の利かない先生がいる。

 たとえば、午後最後の授業をちょっとサボっただけの生徒をこっぴどく叱りつけ、課題が終わるまで家に帰るなと無茶苦茶を言う女教師などがそれに当たる。

 ましてその課題というのが、何の役に立つんだかわからん読書感想文なんだから嫌になる。

 百歩譲って大事な小テストをバックレたとかならキレるのもわかるよ?

 でも、アホJKの走れメロスの感想文なんかそこまで求めてどうするというのか。

 そんな世の中に一ミリも必要ないものを生み出すのになんでこんな苦労をしなくちゃならんのか。アホのあたしにはさっぱりわからん。そこまでして作らにゃあかんもんでもないだろに。

 それをあの女はほんとさ……。森ちゃんはそんなだから未だに独身なんだよ。


「つうかさ、あたしらほっといて、その森ちゃん先生はどこ行ったよ」

「しら~~ん。ね~いぶいぶ、ナミダって漢字どう書くんだっけ?」


 すっかり暗くなった窓の外をぼんやり眺めながら、教室でダチのピカ子と駄弁り倒す。監督役がいなけりゃこんなもんだ。

 ちなみにあたしは課題をとっくに終え、今はピカ子の完成待ちだ。そのピカ子は最後のスパートと称し、ポッキーなど食べて糖分を補給しながらちんたら進めているところだ。全然スパートになってねえ。


「おい、涙も書けねーのかよ。おまえ知能やべーぞ。マジヤベー」

「いーじゃんよ~。手書きで漢字なんか書かんしょ今時さ~~」

「おまえテストの記述もスマホで打ち込むつもりかよ」


 あっそーか、とアホを丸出しにするピカ子に涙の字を書いて渡してやる。こいつほんとに卒業できんの?


「うっし、メロスの最期は涙なしには見られませんでした……っと。はい終わり終わり」

「おっせーぞ」


 まあ、終わったんだからさっさと帰るべきだ。初夏とはいえいい加減遅くなってしまった。ヘンなのに出くわしたらどう責任取ってくれるんだ。

 といっても、このせっかく書いた作文を提出する相手がいない。


「んで、森ちゃんはマジでどうしたんだ? 誰に出しゃいいの、これ?」

「トイレかと思ったけど遅いね。もう30分は経ってんじゃん。まさかどっかで死んだ?」

「メロスじゃないから死んでねーよ」


 ん、メロスは生きてたっけ? まあいーや。

 教室から首を出して廊下を見回したけど、薄暗い廊下に人の気配はない。

 マジで困った。帰れねーよ。


 ピカ子は書き終わったからにはもう全てがどうでもいいとばかりに作文用紙からすっかり興味をなくし、箱に残ったポッキーをのんきにつまんでいる。すっかり駄弁りモードである。


「つ~~かさ~~、なんか今日森ちゃんヤベーにおいしてなかった?」

「におい?」

「たぶんローズ系のやつ。結構キツかったけどわからん?」


 言われてみれば、ちょっと香っていた気もするか……?

 あたしは鼻づまり気味だからあんまそういうのわかんないんだよね。

 逆にピカ子は嗅覚が異様に鋭い。こいつのキツいは、普通の人ならなんとなく香るねくらいのものだ。

 

「教師が学校に香水なんて付けてきていいの?」

「知らんけど、放課後に入ってからだよ。さっきキレ散らかしてたちょっと前くらいからかな」

「ふーん」


 まあ森ちゃんだって女だ、突然香水に目覚めることもあるだろ。知らんけど。


「森ちゃんいくつだっけ? 三十路?」

「こないだ三十路?って聞いたらやかましいわボケってキレてた」


 本人に言うなよ! こいつ無敵だな。


「まあ三十路なら焦りもすんだろさ。香水ねえ。なんか心境の変化があったんじゃないの」

「実家から、ところで森ちゃんはいつ孫の顔を見せてくれるの?って聞かれたんかもね」


 実家の人間も森じゃないのかと思ったが、もういちいちツッコむまい。


「見てくれは別に悪くないけどさあ、やっぱ性格だよね性格。固すぎんだよあの人」

「彼氏も公務員とかじゃないと納得しなさそうだよね~~」

「年収も最低800万は欲しいです!とか言ってそ~」

「言いません。年収は問題にしたことないから」


 ンッ! ゲッ!


 振り向くとひたいの血管をピクピクさせた森ちゃんが仁王立ちしていた。

 なんか赤黒いオーラが背中から立ち上ってるのは気のせいか。

 流石のピカ子もあははと笑い声が上ずっている。


「あんたたち、しょーもないことばっか喋ってないで課題はやったんでしょうね」

「やった! やったよ! はいコレ! あたしとピカ子の分!」


 慌てて自信作のメロス二人分をひっつかんで森ちゃんに押し付け、鞄を掴んでピカ子の手を引く。


「じゃ、帰りまっす! お疲れっした~!」

「ちょっと待ちなさい、お菓子はダメって前も……」


 小言はスルー。

 ダッシュで廊下に逃げ出し、階段を下りたところで一息ついた。


「やべーやべー。なんかまたあのにおいがするな? って思ってたんだよね~~」

「わかってたんならさっさと言えや!」

「ごめ~~ん。まあ、終わったしさっさと帰るべ」


 それには賛成。

 慣れない長文を書いて心も体もすっかり疲れてんだ。


 と、こんな時間だっつーのに、廊下の向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。

 学年主任のコバセンだ。

 四十過ぎのハゲたおっさんである。でも優しいから嫌われてはいない。森ちゃんも見習え。


 お、コバセンもこっちに気付いた。


「あれ、お前らこんな時間まで何してたんだ?」

「課題です。ぜんぶ森ちゃんのせいです。あたしたちは悪くないです」

「いや、どうせお前ら森先生を怒らせるようなことしたんだろ」


 ばれてーら。


「まあ、もう暗いから気を付けてな。あー、駅前まで送るか?」

「いやいやあたしたちチャリだし大丈夫。コバセンも早く帰りなよ」

「俺のことはいいんだよ」

「はーい。んじゃまた明日ね」

「また明日な」


 バイバイとお互い手を振って平和的にコバセンと別れる。この気安さ。マジで森ちゃんも見習え。



 玄関で靴を履き替えてると、ピカ子がぽつりと漏らした。


「ん~~いぶいぶ、コバセンって結婚してたっけ?」

「え? あんた何、コバセンみたいなのがタイプなん?」

「ちげーよ! そうじゃなくってさ……いや、なんでもない」

「……?」


 なんだこいつ。

 まあいいや、コバセンは確か……


「独身じゃなかったっけ。性格いいのに意外とモテねんだなと思ったことあるし」

「ハゲだからね~~。ふ~~ん。そっか~~~」


 何に納得してんだこいつは。ニヤニヤすんな気持ち悪い。


「わけわかんないこと言ってないで行くぞ」

「お~~」


 よくわかんねーけど、めんどくさいから終わりだ終わり。帰るぞ!

 まだ学校にいるのを森ちゃんに見つかったら、またギャーギャー言われそうだしな。

 当分結婚できないだろうね、あの人は。





[におい] 森ちゃんは結婚ができない(了)

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