[ハンバーガー] ハンバーガーとお嬢様
それでは……。
いただきます。
はふ。
もぐ。
もぐもぐ。
はふ。
あふう。
ああ。
これです。
これなんです。
わたくしは、ずうっと、これが食べたかったのです。
あなたにとってはお笑いぐさなんでしょうね。
でもね、本当なんです。
わたくし、ハンバーガーを食べるのが夢だったんです。
ずっと、ずっと。
三歳の頃からの憧れでしたの。
えへへ。
信じられないでしょう?
いいから早く食べろって?
そうですわね。
失礼いたしました。
では、お言葉に甘えまして……。
はふ。
もぐもぐ。
はふ。
もぐもぐ。
はふ。
もぐもぐ。
はふ。
もぐもぐ。
ふぁい?
なんですか?
…………。
そっ。
そんな、はしたない。
大口を開けて食べるなんて、わたくしにはできませんわ……。
淑女たるもの、こうやって少しずつ食べるのがマナーですもの。
リスみたい?
失礼しますわ。
で、でも。
そこまで言うのなら、一度くらいやってみようかしら。
だって、それが本場の食べ方だなんて言われたら、するしかないではありませんか。
一度くらいなら良いですよね……。
ですよね。
ですよねっ?
ですよね!
では……。
がぶっ。
もぐもぐ。
ふぉっ。
わ、わらふぁないでふだふぁい!
うっ。
ひ、ひつれいひまひた。
ごくん。
わたくしとしたことが、口に物を入れながらお喋りするなんて。
うう。
淑女失格ですわ。
え?
感想?
そうですわね……。
……。
えへへ。
なんだか、すかっとしました。
もちろん、屋敷のお食事に比べると、粗雑で大味で、風情には欠けておりましたが……。
でもね。
わたくし、心から満足しておりますの。
書物で読んだ通りの、ずっと想像していた通りの通りのお味でした。
やや多すぎるケチャップの量といい、薄くて肉汁の感じられないパテといい、香りのしないバンズといい。
これこそが庶民のお味というものなのですね。
あら、けなしてなどいませんわ。
褒めているんです。
これでも。
完璧に整えられたお味は、言ってしまえば簡単に先を想像できてしまいます。
そこに驚きはありません。
だからこそ、このように少々バランスを欠いたものが生活には必要なのです。
毎日でもこれを食べられるみなさんに、少々嫉妬してしまいますわ。
えへへ。
…………。
さて。
この度は、わたくしのささやかなお願いを叶えていただくため、本当にご迷惑をおかけしました。
いろいろと無理を申しつけてしまいましたものね……。
あなたには感謝してもし足りません。
ありがとうございました。
やはり私の目に間違いはございませんでしたわ。
何でも屋といっても質は上から下まで様々ですが、あなたは噂通りの超一流でした。
あの屋敷から人を一人さらうなんて、並の人間にできることではありません。
それをあれほど鮮やかに……。
今でも信じられません。
その仕事ぶりは、もっと誇っても良いのですよ。
……でも。
できることならば、もう少しだけ、こうしていたかったのですけれど。
もう時間が来てしまったようです。
ほら、道の向こうをご覧ください。
それから、あちらのビルの陰、そちらの踏切のそば。
すべて、家のお迎えですね。
見知った顔がたくさんおりますもの。
普段は屋敷の護衛として頼りにしている方々なのですが……。
今は、逆にその能力が恨めしいものですわね。
はい。
そのようなわけですから、ここでお別れといたしましょう。
わたくしはこれから堂々と表に出て行きますから、その隙に裏口からお逃げになってください。
あなたの身のこなしなら、きっと難なく切り抜けられます。
少なくとも、わたくしを屋敷からさらっていただいた時より、遥かに簡単ですわ。
逃がしたとしても、わたくしに口を割らせれば良いとお父様はお考えでしょうしね。
少し遅くはなりますが、なんとしても報酬はお支払いいたします。
そのご心配は要りません。
龍厳院家が長女あやめの名にかけて、きっとあなたのご満足いただける額を用意いたしますわ。
信頼できる者を使って、足のつかないよう、追って連絡いたします。
はい?
わたくし?
わたくしは満足です。
こうして、あなたのおかげで、幼い頃から憧れていたハンバーガーを食べることができましたもの。
もう十分すぎるほど幸せですわ。
えへへ。
……。
ちょっと。
ちょっと待ってくださいまし。
もう本当に猶予がありませんの。
だから、その手をお放しになってくださいませんかしら。
先ほど申し上げたでしょう。
わたくしはすぐ表に行かなければ……。
そうしなければあなたが……。
ですから、あなた、ご自分が何を仰っているのかわかっているのですか?
ちょっと外に連れ出した、だけでは済まなくなりますのよ?
本格的に龍厳院家を敵に回すことになります。
あなたがどれほどの手練でも、日本に住む場所がなくなりますわ。
それをわかっていらして?
だからぁ。
わたくしは。
もう満足した、と……。
申し上げて……。
……。
そうですわ。
わたくしだって、できることなら、もっともっと、たくさん食べたいですわよ。
音に聞こえたお米のハンバーガーですとか。
まさかのおレタスのハンバーガーですとか。
フライドチキンで挟んだハンバーガーですとか。
そんな得体の知れ……けふ、未知の料理に興味がないわけがありません!
えっ。
ちょっ!
きゃああ!
下ろして、下ろして!
やぁーめぇーてぇー!
ううーっ。
こんな、恥ずかしい格好!
もうお嫁に行けなくなります!
……。
ああ、もう!
わかりました。
責任、取ってくださいますわね?
みなまで言わせないでくださいまし。
こうなった以上、とことんまであなたについていくのみです。
えへへ。
まさか、かの龍厳院家の長女の嫁入りがこんな形になるとは思ってもみませんでしたが。
え?
嫁入りですか?
当たり前です。
わたくしをさらって逃げるということは、そういうことになるのですわ。
なんですの、その顔は。
もうあなたに拒否権はありません。
だから、あなたは責任を持って、わたくしを養ってくださいましね。
もちろんわたくしは家事の経験などございませんから、そこはあなたの采配にお任せします。
手始めに、お食事は……、そうですね。
仕方がありませんから、美味しいハンバーガーで納得してさしあげますわ。
[ハンバーガー] ハンバーガーとお嬢様(了)