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[かばん] ラブリー・イン・ザ・バッグ



「遅刻! 遅刻! やべええ!」


 騒々しくて目が覚めた。

 散歩から帰ったばかりで、やっと眠りに就こうとしていたところだけに、鬱陶しくて敵わない。

 ジュンイチは毎朝毎朝慌てすぎだ。

 もっとこの私のように泰然と構えるべきだろう。これだからニンゲンは。


 見ると、ジュンイチがガッコウに持っていく大きなかばんが開いている。

 中を覗く。睡眠にはちょうど良さそうな暗がりが広がっている。

 するりと中に入り、腰を落ち着けた。

 うむ。

 やはり閉所はいい。

 かばんの中やダンボールの中。極上の安らぎを得られる空間といえるだろう。

 それに、わざわざ中に布を敷き詰めて我が寝床を整えるとはわかっているじゃないか。

 褒めてつかわす。


 首を下げて目を閉じると、逆らえないほど強い眠気が襲ってきた。

 昨晩はとなりのミケロウと死闘を演じたばかりだからな。

 はっきりいって疲労のピークなのだ。

 眠気に身を任せ、私はまもなく泥のような眠りについた。





「えっ。なんで!? ねこぉ!?」


 騒々しくて目が覚めた。

 いかん、あまりにぐっすり眠りすぎてしまったか。

 急に差し込んだ光に目を細めると、誰かがかばんを開け、中の覗き込んでいた。

 逆光で顔はよく見えない。においをかいだ限りでは、ジュンイチではないようだ。


「ジュンイチくん……ちの、ねこなの? なんで? 中に? どうして??」


 うるさいので起き上がり、かばんから顔を出し、声の主の顔を確認する。

 見たことのないニンゲンのメスだ。

 年の頃はジュンイチと同じに見える。

 ジュンイチの服によく似た服を着ているから、同じガッコウの仲間なのかもしれない。

 手には四角い包み。残念ながら美味しそうな臭いはしない。

 寝起きを見越して我が食事を用意していたのならば、多少は評価もしてやっただろうに。

 気の利かないニンゲンである。


「やっぱ、かばんの中に潜り込んだのに気付かず持って来ちゃったとか…そんな感じなのかなぁ」


 何を言っているのかはわからぬが、周囲の景色は私が見たことのない場所だった。

 細長く四角い箱――ロッカーというらしい――が立ち並んだ小汚い部屋だ。

 部屋の隅には白と黒の模様の玉が入ったカゴが置かれている。あの玩具はあまり面白くなかったな。

 しかし……この部屋はどうしてこうも汗臭いのだ?

 メスは手にもつ包みと私を交互に見ながらうろたえている。


「えっと……どうしよう。これ……えーと」

「おーい。マネージャー。どこだー?」

「びゃっ!?」


 ジュンイチの声がしたと思った瞬間、私はものすごい勢いで頭を掴まれかばんの中に押し込められた。

 私ですら対応できない神速の動作であった。

 抗議しようとするも、やはりすごい速度でかばんが閉められる。

 そして、かばんが大きく揺れた。どうやら私をかばんごと動かしたようだ。


「あっ。いたいた。俺のかばん知らね?」

「えっと……あ……さあ……」

「確か部室前に置いたと思ったんだけどな。変だな。ユニフォーム入ってんのに。

 まいっか。時間ねーし後で探そう。今日はこのままジャージで練習すっか」

「あ、あたし、暇を見て探しておくね」

「わりぃ。あとでなんか奢るわ。木の実でいいか? リスだし」

「リっ、リスじゃないもん!」

「うはは。んじゃ先行ってるぞ」


 ジュンイチの気配が遠ざかる。メスが深い深い息をつく音が聞こえた。


「あっ! ごめん! つい……」


 ごそごそと移動させられたあと、かばんが開けられる。一体何だというのだ。

 また顔だけ出してメスを見る。

 む。

 さっきまでと違い、顔が真っ赤だ。なぜこのメスは発情しているのだ?

 ニンゲンは我々と違い、発情期が年中に及ぶらしいとは聞いたことがある。

 だが、この数秒間で急激に発情したのはやはり解せない。不可解な生き物である。


「えっと……。こ、こんにちは。元気?」


 ニンゲン語はよくわからぬが、今更ご機嫌取りか。私も馬鹿にされたものだ。

 無礼者め。先ほどはよくも私の頭を鷲掴みにしてくれたな。

 場合によっては許さぬぞ。具体的に申せばひっかいてくれよう。


「あっ。そうだ、おやつの余りが……」


 メスが服をごそごそとまさぐり、何かを取り出した。

 こっ。

 これは。

 我が最愛の完全栄養食品、ニボシではないか!

 でかしたぞ! 私は今空腹なのだ!


「いる?」


 かばんから飛び出て、メスが手に持つニボシに噛み付く。

 こりこりサクサクとした食感。噛むほどに滲み出る旨み。

 普段ジュンイチが私に献上しているものより上等だ。やるではないか。


「にぼし、おいしいよね。あたしもよく食べるし……」


 メスはにっこりと微笑む。私に尽くすことができて幸せなのであろう。

 私をよく足蹴にするジュンイチなどに比べると、なかなか見所のある奴だ。

 我が配下に加えてやってもよいぞ。


 メスがニボシを食する私の頭をそっと撫でる。正直鬱陶しいが今はそれよりニボシだ。

 その時、また部屋の外から怒声が聞こえてきた。


「リースー子ォー! 何やってる! 練習始まるぞ!」

「はぅっ! は、はーい! 今行きまぁす!」


 メスは振り向いて声の方に大声を出したあと、ニボシを完食し人心地ついた私を抱き上げ、かばんに入れた。

 その時、ついでに例の四角い包みも私と一緒にかばんに押し込んだ。


「ごめんね。邪魔かもしれないけど、入れさせてね」


 そして再び入り口を閉められ、かばんの中の暗闇に私は取り残された。

 そのままメスがばたばたと走っていく足音が聞こえた。

 ふむ……。

 どうしたものか。


 多少息苦しいといえばそうだが、外の汗臭さに比べればこの方がマシであろう。

 私は泰然と構え、再びかばんの中に寝そべった。

 暗い閉所は我が寝床に相応しい。そも、まだまだ寝足りないのだ。

 例の四角い包みの存在感が煩わしいが、そのくらいなら御目こぼししてやってもいいだろう。

 私は心が広いのだからな。

 目を閉じる。再び眠りの淵に引きずりこまれる。暗闇が急速に深さと暖かさを増してゆく。

 なにせミケロウとの死闘は数時間にもわたって繰り広げられたのだ……。




 ギィコ、ギィコ……


 騒々しくて目が覚めた。

 この音は知っている。ジテンシャというやつだ。ジュンイチが乗っているのを見たことがある。

 ジュンイチがこれに乗っている時は、大抵我が屋敷に戻ってくる時だ。

 しからば、すでに帰路についているのだろう。

 私の存在には未だに気付いていないようだ。

 帰るまで私の存在が発覚しないよう、あのメスが渡すタイミングを計ったのだろう。

 ニボシといい、存外に使える奴ではないか。



 こつん、と足元に何かがぶつかった。

 メスが私と一緒にかばんに詰め込んだあの四角い包みだろう。

 我が寝床に余計なものをと思わなくもないが、ニボシの礼だ、それくらいは我慢してやろう。

 私は素晴らしく寛容なのだ。

 さて、屋敷に辿り着き、かばんを開けた時、ジュンイチはどんな表情をするだろうか。

 まったく、ひどく楽しみなことである。






[かばん] ラブリー・イン・ザ・バッグ(了)

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