[水玉模様] 彼女のスカート
ふと足を止めて、しばし見入ってしまった。
このスカートには見覚えがあった。彼女の履いていたものと同じスカートだ。
休日に近所の公園で開催されたフリーマーケット。
わざわざ市が予算を投入してそれなりに大々的な規模で行われている一大イベントだ。
せっかくの休日だが、特に何もすることがないので出かけてみた。
店先を適当に冷やかしつつ、当てもなく彷徨うこと数十分。
そこで俺はその水玉模様のスカートを見つけた。
出品者席に座っているのは知らないおばさんだ。衣類を中心に、若い女性向けの服を並べている。
男の俺が立ち止まって品物を吟味していたら不自然極まりない。
だが、そのスカートが俺の目に飛び込んできて離れてくれない。
確か…彼女の話が本当なら、日本ではかなり珍しいもののはずだ。
なんたらいう国に旅行した時にたまたま見つけて、買ってきたと話していた。
初デートで装備してきたからには、それなりに思い入れのある一品だったのだと思う。
彼女は今何をしているだろう。
元気にしているだろうか?
気がつくと、おばさんが不審そうな目を向けていた。
そりゃそうだ。女性衣類に詰め寄らんばかりに食いつく男がいたら本当に不審者でしかない。
心なしか周囲の目線も痛いような気がする。
取り繕うつもりで、おばさんにぼそっと弁解した。
「すいません…。別れた彼女が昔履いていたスカートに似ていたもので」
するとおばさんは眉をひそめ、ちょいちょいと俺を手招きした。
なんだ…?
素直に近づくと、おばさんは周囲に聞こえないような小声で言った。
「あんた…。まさかみち子の元カレかい?」
「えっ」
みち子。そうだ。彼女の名前だ。
「知ってるんですか!?」
「知ってるも何もあたしの娘だよ。そうかい、あんたがあの…名前忘れたけど…」
どうやらガサツで大雑把な性格なのは親子共通のようだ。
「名前は忘れたけど話には聞いていたからね。このスカート履いてった相手は一人しかいないし」
「それはどうも…。みち子は今元気でやってます?」
俺としては多少のセンチメンタルに浸りつつも普通の会話をしたつもりだったのだ。
しかし、おばさんの反応は予想外であった。
「あんた…ひょっとして何も知らないの? みち子のこと」
「え?」
「そっか…それでか…だからこのスカートをね…」
おばさんはひとりごちて頷いている。話が全く見えてこない。
困惑していると、おばさんは水玉模様のスカートをハンガーごと手に取り、俺に押し付けた。
「これはあげるよ。お代は要らない。持ってなさい」
「はあ…話が見えてませんが、もらえるのならばいただきます」
「あの子は今ちょっと言えない場所にいるんだ。そしてこないだいきなりこのスカートを送ってきてね。
フリマで出せば、ひっかかる“男”が来るかもしれない。来たらそいつにこれを渡せとね」
俺は戸惑いながらも尋ねずにはいられない。
彼女は当時からとんでもないトラブルメーカーだったのだ。
今はどうか。おとなしくなっているなら良かったのだが、どうやら騒動を巻き起こす能力はより悪化しているようだ。
「あの。多少のことなら驚きませんよ。何が起きてるんですか?」
「あたしもよくわかってないんだけどね。なんとかいう組織?に就職したって。
んで、そのスカートが何やら狙われてるから、あたしにこっそり送ってきたんだって」
狙われてるって…。そんなもんフリマで堂々と晒して良いのかよ!
「逆にそんだけばーんと出していたら見つからないもんらしいよ」
「そうですかね…?」
適当な理屈で相手を煙に巻く。未だ彼女の癖は治っていないらしい。
「で、男に渡したら、「あの時泥のはねた場所を見て」だってさ。あんたならわかるんじゃないかい?」
記憶を遡る。みち子との初デート。町中を駆け抜けた記憶。追いつかれたリムジンとの路地裏の戦闘。
彼女の携帯メイスが暴威を振るい、リムジンは爆発炎上。俺達は煽られて転倒し、雨上がりのぬかるみに突っ込んだ。
その時水玉模様のスカートの腰のあたりが泥で汚れたはずだ…。
「わかります。しかしあの組織はもう潰したはずですが…」
「詳しい話はみち子に聞いてよ。連絡先もたぶん仕込まれてると思うから」
“みち子の母親”はふうと息をつくと、また不審そうな目に戻って俺を突き放した。
「さあさ。話はこんなもんだよ。それなりに儲かるらしいから、しっかり頑張ってちょうだいな」
「了解しました」
俺は苦笑する。同時に最近はこんな手法でやりとりしているんだなあと感心する。
俺が現役を引退して数年の間に、業界はずいぶんやり方が変わってきているようだ。
「そんじゃ。他の衣類も“売れる”と良いですね」
「あんたの心配することじゃないさ。ま、他にも誰かが仕事を探しに来るだろ。さあ帰った帰った」
おばさんは俺から視線を外し、他の若い女性客(彼女らは本物のお客のようだ)の相手を始めた。
俺はもってきたかばんにスカートを詰め込み、踵を返した。
あのみち子が一度引退した俺に救援要請するということは、事態は相当逼迫しているのだろう。
さて、久々の仕事になまった体はついてきてくれるだろうか…。
フリーマーケットで手に入れた、元相棒の水玉模様のスカート。
これが暗雲立ち込めるウララボッカ・シティの危機にまつわる一連の事件に、
俺が深くコミットしてゆく最初のきっかけであった。
[水玉模様] 彼女のスカート(了)
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