彼女の爪
「どうやって手を繋いでる?」
突然の一言に、気取らない喫茶店の空気が止まった。
「ネイルのために伸ばした尖った爪ってなんか刺さりそうじゃん、アキとアイツってどうやって手を繋いでいるのかなって」
「びっくりした。突然先輩が童貞に戻ったのかと思った」
てっきり、異性と手を繋ぐまでにはどうしたら良いのか、と初々しい男子中学生みたいな会話が繰り広げられたのかな? と後輩のアキは思った様子。
「なんでだよ。いや、言い方悪かったけどさ」
「先輩の彼女、ピアノに凝っていて爪が短いんでしたっけ」
楽器をやっている人は爪が短い。鍵盤にしろ弦楽器にしろ、指先の爪が伸びていると演奏の邪魔になるからだ。
「そうそう、付け爪もしない。もうちょっと洒落っ気があっても良いんだけどなあ」
「ないものねだりですよ先輩。清純派の彼女羨ましいっス」
そう言うとアキは、好物のメロンソーダフロートを、ズソー、と音を立てながら啜った。
「心のこもってないお世辞だな」
先輩にあたる男が見抜いたところで、高身長のギャル風味の成人女性が席に近づいてきた。
「あ、いたいたアキちゃん! あ、先輩もチーッス」
このギャルは、アキの彼女だ。アキの隣に座り抱きついた。そしてアキの前にあったメロンソーダフロートを、また飲んでるの? と言いながら、当たり前のようにストローを啜る。
「ノリが軽いな相変わらず。今日はいつにも増して殺傷能力の高そうな爪だな」
「お、わかります先輩! いやーさすがアキちゃんが見込んだ先輩だ! ほら、今日は真っ赤なんすよー」
ラブラブな二人の片割れが、嬉しそうに真っ赤な爪を見せつけた。
「……ここに来る前に何人か、本当に殺してそう」
小声で思わず男は呟いた。
「あ、そうだ。先輩がどうやって長い爪で手を繋ぐのか気になってたんだって」
「え!? そうなんスか!? いやーじゃあ見せつけちゃおうかな? ほら、アキちゃん」
そう言うと、二人は必要以上にベタベタ手を繋ぎはじめた。
イラッ。
先輩は思った。自分で話題にしておいて何だが、後輩のアキはまだしも、いざこの軽そうな女に言われると腹が立つ。しかも、手慣れた絡め方が妙にリアルで、余計に居心地が悪くなる。
「あれえ~? 先輩嫉妬ッスかあ??」
「おう、そろそろ殴ろうか考え始めたところだ」
「さすがに長い爪でギューっとはしないですよ。手加減して絡めて、すぐ慣れます」
オタクに優しいギャルを体現したような、仲の良い二人がそこにいた。
「まあなんだ、仲良さそうで安心したよ。最初はアキの初めての彼女がお前で心配したが、浮気とかダルそうなことなさそうで良かった」
「そっスか! へへへ、先輩あざまーす」
目の前の二人は、ラブラブだもんねー、とイチャつき始める。
「先輩こそ新しい彼女とラブラブらしいじゃないですか、なんで写真のひとつも見せてくれないんですか?」
「そうだっけ? こないだ初めて会って今日で二回目なんだよ。もうそろそろ約束の時間だから来るはずだ。映画の約束してるんだけどギリギリに……」
その瞬間、喫茶店のドアが開き、女性が入ってくる。
「お、来た来た」
たゆんたゆん。
規格外サイズの胸を揺らし、眼鏡がずれたままの大柄な女性が入ってきた。
「遅れてごめんなさい~。走ったら、胸が揺れてるせいかあまり前が見えなくて……」
ラブラブだった二人は思わず口をポカーンと開ける。
「『マイメロ弾き語りおじさん』、遅れちゃったごめんなさい~。わたしのせいで映画間に合わなくなっちゃう! はやくはやく!」
「ちょっ! ハンドルネームで呼ばれるの恥ずかしいよ!」
「あっ、そうでした! ごめんなさい!」
「……先輩。マイメロの弾き語りするんですか」
その瞬間、マイメロのアニメ主題歌が先輩のスマホから流れる。出発時間に設定していたアラームだ。
「あっ、いいよ! 急ごう! あ、お代、ここに置いとくな!!」
「あっ、いつもお世話になってます~。また今度ゆっくり話しましょう!」
いそいそと先輩は、恥ずかしさで逃げるように店内を後にする。先輩の彼女もたゆんたゆんと胸を揺らしながら後を追った。
先輩のバッグに取り付けられたマイメロのチャームがチラリと揺れた。
嵐のような二人が去った後、沈黙ののちに、ゆっくりと手が握り合われていく。いや、一方的に握られるそれは、暴力だった。
「……アキちゃん?」
ギャルの顔は、笑いながら怒りに満ちていた。アキの手にギャルの爪が食い込んでいる。
「見てたでしょ、胸」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! 食い込んでる食い込んでる!! 爪が! 爪が!!」
「貧相な胸で悪かったな」
「言ってない言ってない! 痛い痛い痛い!!」
「目が言ってるんだよ!!」
アキの悲鳴が店内に響く中、二人を置き去りにしてお話は終わります。
「痛い痛い痛い! 本当に痛い! ごめんなさいごめんなさい!!」




