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「アルベルトの家は、私の家が営んでいる宿屋の中にある食堂を経営しています」
カティアは隣にミーティア、後ろにマチルダ、セドリック、エリアスの三人を連れて噴水広場を後にした。
途中、主要施設を軽く案内しながら辿り着いた先が、ネーヴェ家が営んでいる宿屋だった。古いがきちんと手入れされているレンガ造りの、三階建ての宿屋の中へと五人は入っていった。
「ただいま戻りました」
「おかえり、カティア。あら、お客様を連れてきてくれたの?」
カティアの声に気付き、受付で作業をしていたカティアの母親が、カティアと四人を出迎える。
「うちのお客様じゃなくて、アルのね」
「アル君の?」
「そう。アルは食堂?」
「そうねぇ、シエラちゃんが引き摺ってたから、そこから移動していなければ食堂だと思うわ」
「わかった、じゃあ、ちょっと食堂行ってくるね」
こちらです、とカティアが食堂まで案内しようとしたちょうどその時、べちーん、べちっ、と水気を含んだ弾力があるものを叩く鈍い音が響いてきた。
聖女であるミーティアには聴き馴染みがない音なのか、びくりと肩を跳ね上げたので、カティアは驚かなくても大丈夫ですよ、と声をかけた。
「やっぱり食堂にいるみたいですね。着いてきてください」
カティアは四人を連れて、今度こそ食堂へと向かった。
*****
「本当に、もう、アンタって、子は……!」
食堂の自在扉を開け中に入ると、べちん、べちっ、と右手に握る麺棒を力の限り振り下ろしているシエラの姿が、カティアたちの視界へと入る。入り口からは見えないが、調理台の上では透明感のある薄桃色の生肉が、いつものようにシエラの手によって麺棒で叩かれ、均等の厚さに伸ばされているのだろう。
そして、調理台の前にあるカウンターには、こちらに背を向けてアルベルトが座っていた。アルベルトはこの食堂の名物であり、なにより幼少期からの自身の好物である香辛料とシロップの効いたパンプディングを、呑気に食べているようだった。
「アル、聖女様たちを連れてきたわよ」
カティアがアルベルトの背中に声をかけると
「ん……ああ、カティアありがと」
カティアの呼びかけに、アルベルトはもぐもぐと咀嚼しながら振り向いた。んぐ、と喉を動かし飲み込むと、すぐに視線をカティアからミーティアへと動かして、にかりと満面の笑みを向けた。
「ミーティア、このパンプディング、俺大好きなんだ! ミーティアも食べるだろ?」
「――! はい、いただきます」
アルベルトの誘いに、今までの緊張で固まった様子ではなく、どこか弾んだ、ほっとしたような柔らかな声音と表情で、ミーティアは肯定の返事をした。
裾の長い、何重にも重なった聖女の白い紗の衣をひらひらと揺らしながら、アルベルトの傍へと軽やかに向かうミーティアの後ろ姿を、カティアは静かに見送る。少なくともアルベルトの想いは一方通行ではないのだろう、と幼馴染の恋路の行方を思った。
――それはそれとして。
「ねえ、アルベルト。呑気にプディングを食べてるところ悪いんだけど、こちらのお三方はどうするの」
噴水広場から宿屋へ向かう道すがら話したが、この町にきた後の予定は、まだ決まっていないとのことだった。確認できることは確認しておかないと、とカティアはアルベルトに声をかけた。
「あー……宿の部屋、多分空いてるだろ? うん、何日か泊められるよね」
「そんな簡単に言われても困るんだけど」
「えー無理かなぁ」
「無理かなぁ、って……まあ確かに空いてないわけではないけど、勝手に決めてもいいの?」
「勝手にって、カティアがどうするの、って聞いてきたから答えたんじゃん」
「あのねぇ……」
カティアがあまり考えもせず簡単に思ったことを口にするアルベルトに一言言おうとしたその時、ねぇ、幼馴染殿、とマチルダから声をかけられた。
「泊まれるのであれば、泊まらせてもらえると嬉しいかな」
「代金を払っていただけるなら、宿泊は可能ですが」
「それは、もちろん」
「それなら、大丈夫です。お二方はどうなさいますか?」
「うーん、戻ってきてから式典ばっかで疲れてたし、俺もここに泊まってゆっくりしていこうかな〜、な? エリアスもそうするだろ?」
「……」
「……どうされますか?」
「……」
「……あの、」
「うん、エリアスも泊まっていくってさ!」
「……わかりました。それでは、手続きのために一度受付までお願いします。それから、聖女様は――」
カティアはちらりと視線をアルベルトとミーティアへと向ける。アルベルトの好物だと紹介されたパンプディングを、ミーティアは大切そうに、味わうように、ゆっくりと口へ運んでいた。それを隣で眺めるアルベルトの表情に、カティアは本日何度目かの溜め息を吐いた。
「聖女様は私と同室で、手続きもこちらで一緒にさせてもらうよ」
「では、受付へ向かいましょう」
カティアはそう言うと、受付へと向かうために食堂を出ようとした、その時。
「――長期滞在は可能か?」
不意に手首を掴まれ、引っ張られる。無防備だったカティアは体勢を崩し、後ろに倒れかけたところをすぐ後方にいたマチルダに支えられ、事なきを得た。
「エリアス、女性の腕を掴んで引っ張るなど、言語道断だぞ」
「そうだよ、エリアス。オンナノコには優しくしなきゃ」
「それは悪かった。で、長期滞在は可能か?」
驚くほど悪びれない謝罪の言葉を発したエリアスは、再びカティアに問いかける。マチルダはそれを呆れたように眺め、セドリックはあーあ、と肩を竦めた。
カティアは、といえば。
「代金を払っていただけるなら、可能です」
今の今まで、ただひたすら自分を観察するように見つめ続けていた男の突然の行動に、目をぱちくりとさせていた。
全10話で完結予定です。
お読みいただき、ありがとございました。




