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 勇者の幼馴染であるカティア・ネーヴェは、小さな宿場町ツァーレにある二番目に大きな宿屋で育った、この国で成人とされる十八歳を二歳ほど過ぎた娘である。

 国王陛下の御わす王都ラワール。そして、他国との貿易や海洋交通の要所となっている港町ジラートス。国内屈指の二大都市のほぼ中間に位置するのがここ、ツァーレだ。

 小さな宿場町といっても中継地として冒険者や商人などの立ち寄りが活発なため、警備兵の駐在所や冒険者・商人ギルドの出張所があり、生活も治安も安定している。


 噴水広場で起きた騒動の後、勇者ことアルベルト・ウィルズの相変わらずの変わらない様子に、彼の昔を知る町の人々からは和やかな空気が漂っていた――が。


「なんで五年も経ったのにその単純思考は成長しなかったの!」


 すぱん、と。

 広場に乾いた音が一つ、響いた。


「――痛っ! なに、何が起きた!?」


 後頭部を抑えその場に踞るアルベルトの背後に、手を掲げた一人の女性がいつの間にか立っていた。アルベルトは痛む頭を抑えながら声が聞こえた背後を見上げると、視界に入った人物の姿に目を丸くした。


「え、もしかして……姉ちゃん?」

「もしかしなくてもアンタのお姉さまよ」

「なんだよ、もう。久しぶりに会うのに、いきなり叩くことないだろー」

「帰ってきて早々、叩かれるようなことするのが悪いんでしょうが」


 アルベルトの後頭部を鋭く叩いたのは、アルベルトの姉であるシエラ・ウィルズだった。

 シエラは頬を膨らませてむっすりと怒っているアルベルトの耳を引っ張った。


「家出たあと、どんな生活だったのか……危ないことはなかったのか、全部話しなさいよ!」


 さぁ、家に帰るわよ! 母さんも父さんも心配してたんだから、と。アルベルトの耳から手を離し、腕を絡め取ったシエラは引き摺るようにアルベルトを連れて家へと帰って行った。

 姉弟そろって直情型なのはそういう家系なのかな、とカティアは血の気の多いウィルズ家の大黒柱であるアルベルトとシエラの父親の姿を思い浮かべ、去って行く二人の後ろ姿から、聖女であるミーティアへと視線を移した。


「さて、聖女様。アルベルトは行ってしまいましたけど、この後の予定は決まっておいでですか?」

「あ……の、えっと……その……」


 アルベルトとシエラの二人を所在なさげに眺めながら立っていたミーティアは、カティアの突然の問いに驚いたあと、落ち着かない様子で口ごもった。

 今代の聖女様は慈愛に満ちた素晴らしい方だ――と、カティアの家族が営んでいる宿屋の宿泊客が聖女様の噂をしていたが、噂話とは違い、ずいぶんと幼い印象だな、と思いながらカティアは返答を待った。待ったのだが、ミーティアは言葉を続けられずにいる。

 カティアは柔和な笑みを浮かべながらも、困ったなぁ、と内心溜め息を吐いたところで


「はじめまして、アルベルトの幼馴染殿。カティアさん、でよかったかい?」


離れた場所でことの成り行きを傍観していた勇者の仲間の三人が、カティアとミーティアの側へと寄ってきた。


「私は聖女様の護衛兼世話係をしている護衛神官のマチルダ・ジェレミーだ。後ろの軽そうな男が王国騎士のセドリック・ワグナーで、スカしている方が王国魔術師のエリアス・ノックス。よろしく頼むよ」


 深紅に塗られた唇でにこりと微笑みカティアへと声をかけたのは、カティアよりも頭半分ほど背の高い女性、マチルダだった。薄く笑みを浮かべながら自分を見るマチルダの視線に、観察されている、とカティアは肌で感じた。けれど、カティアはそれをおくびにも出さず、長年の家業である宿泊業で培った、営業用の笑みを浮かべ続けた。


「はい、カティア・ネーヴェといいます。こちらこそ、よろしくお願いします」


 軽く頭を下げる。そして、上げながらマチルダの後方に立つ男性二人にも視線を向けた。

 視線が合うと、軽そうな男と紹介されたセドリックは、華やかに微笑みながら片手を上げてひらひらと振った。もう一方、スカしていると評された男は、どうやら視線が合うより先にカティアを見ていたのだろう、視線が合うとより強くカティアを見詰め続ける。


「あの、何かありましたか……?」

「……」

「えっと……?」

「……」


 カティアは困惑し、視線でマチルダとセドリックへと助けを求めれば、了解した、とでもいうようにセドリックは一つ頷いた。


「今観察に意識がいってるだけだから、無視して大丈夫だよ」


 きらり、と音がしそうなほど眩しい笑顔で答えるセドリックに、カティアはますます意味がわからない。


「まぁ、エリアスのことは気にしないで放っておいてやってくれ。――ところで、幼馴染殿」


 呆れたようなマチルダに声をかけられ、カティアは意識をそちらへ向けた。

 

「はい」

「さきほどアルベルトを連れて行った女性は、察するにアルベルトの姉君のようだけれど、もし手間でなければそこに連れて行ってもらえないかい?」

「はい、ご希望であれば、もちろんです。すぐに行かれますか?」

「あぁ、頼むよ」


 それから、とマチルダはいつの間にか自分の背後に隠れていたミーティアの肩に手を置くと、カティアの方へと優しく進ませる。

 その意図の見えない行動に、目をぱちくりとさせるカティアと、固まるミーティア。


「この町にいる間だけでも、聖女様の話し相手になってもらえないかな?」

「はい?」

「受けてくれるのか、ありがとう」

「あ、いえ、今のは肯定ではなく――」

「ぜひとも、よろしく頼むよ」


 そして、マチルダは拒否はさせないと笑顔の圧で押し切った。

 そんな中、なぜか無言で自分を見詰め続ける男の視線を痛いくらいに感じながら、カティアはマチルダの依頼にわかりました、と答えるしかなかった。

以降は日曜夜の週一更新になる予定です。

お読みいただき、ありがとうございました。

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