触れさせない
その日は、城全体が落ち着かない空気に包まれていた。
「聖女様が、魔力供給の儀を行うそうだ」
廊下で聞こえた噂に、
アオイは思わず足を止める。
(……聖女)
胸の奥が、微かにざわついた。
関わらない方がいい。
頭では分かっているのに、
なぜか嫌な予感が消えない。
その予感は、当たった。
「――あなた」
背後から、澄んだ声がかかる。
振り返ると、
白い衣に身を包んだ聖女が立っていた。
穏やかな笑み。
けれど、その目は冷たい。
「少し、手伝ってほしいの」
「……ぼくが、ですか?」
「ええ」
「同じ世界から来た者同士でしょう?」
逃げ道を塞ぐように、
周囲に侍女たちが立つ。
断れない空気。
(……嫌だ)
そう思った瞬間、
胸の奥が、きゅっと締まった。
聖女の手が、伸びてくる。
「大丈夫」
「少し触れるだけ――」
その指先が、
アオイの腕に触れた、次の瞬間。
――ぞわり。
嫌悪と恐怖が、一気に込み上げる。
「……っ」
無意識だった。
胸の奥から溢れた温かい光が、
空気を震わせる。
「……な、何?」
聖女の手が、弾かれるように離れた。
侍女たちが、息を呑む。
「触らないで……ください」
声が、震える。
けれど、アオイははっきりとそう言った。
「……ぼくは」
「あなたの道具じゃない」
一瞬、
聖女の表情が歪んだ。
「……生意気ね」
その瞬間――
「そこまでだ」
低く、鋭い声が廊下に響いた。
カイルだった。
次いで、
レオン、ノア、ユリウス。
騎士団が、完全に包囲する。
「アオイから、離れていただく」
「……これは、聖女としての務めよ」
「本人が拒否している」
カイルの声は、感情を殺しているが、
その圧は明確だった。
アオイは、
気づけばカイルの背後に庇われていた。
「……大丈夫か」
小さく、確かめる声。
「……はい」
その答えを聞いた瞬間、
カイルの表情が、わずかに緩む。
「以後、彼に近づく際は」
「騎士団の立ち会いを必須とする」
「なっ――」
「これは命令だ」
空気が凍りつく。
聖女は、唇を噛みしめ、
何も言わずに踵を返した。
その場に残ったのは、
静寂と――守られたアオイ。
「……よく言えたな」
レオンが、頭を軽く撫でる。
「怖かったでしょ」
ノアは、心配そうに顔を覗き込む。
「拒絶反応、完全に出てましたね」
ユリウスは静かに言った。
「あなたの力は」
「“害意を持つ存在を拒む”性質がある」
アオイは、俯いた。
「……でも」
「迷惑、かけました……」
「違う」
即答だった。
カイルが、アオイの肩に手を置く。
「お前は、何も悪くない」
その言葉に、
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
(……ここにいていい)
初めて、
そう思えた。
その夜。
「……もう、離す気ないよね」
ノアがぽつりと言う。
「当然だ」
レオンが頷く。
「危なすぎる」
ユリウスは、静かに結論を出した。
「――彼は、騎士団の保護対象ではない」
「守るべき存在そのものです」
カイルは、短く息を吐いた。
「……ああ」
それは、
ほとんど誓いのような言葉だった。
聖女
•転移した本命
•表向きは清楚、裏では計算高い
•アオイの存在が「自分の価値を脅かす」と感 じ、排除しようとしている




