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気づかれない奇跡

その異変は、とても小さなものだった。


アオイ自身ですら、

「気のせいかもしれない」と思うほどに。


騎士団の詰所を訪れたその日、

いつもより空気が張り詰めていた。


「……魔力の流れが、乱れてる」


ユリウスが眉をひそめ、

床に描かれた簡易魔法陣を見下ろしている。


「結界の点検だ」

「大事になる前に直す」


カイルの声は冷静だったが、

団員たちの表情は引き締まっていた。


アオイは、少し離れた壁際でその様子を見ていた。


(……邪魔、だよね)


帰ろうか迷っていると、

ノアが小声で話しかけてくる。


「大丈夫ですよ、アオイ」

「ここにいても」


「……ありがとうございます」


そう答えた瞬間だった。


胸の奥が、

いつもより強く、熱を持った。


(……また)


不安と緊張が入り混じった感情が、

何かに触れたような感覚。


次の瞬間、

ユリウスが顔を上げた。


「……魔力が、安定した?」


「何だと?」


騎士の一人が慌てて確認する。


乱れていたはずの魔法陣は、

まるで最初から問題がなかったかのように、静かに光っていた。


「調整、してないよな?」

「……触ってすらいない」


ざわめきが起きる。


アオイは、ただ立ち尽くしていた。


(……え?)


何もしていない。

触れてもいない。


なのに――

さっき感じた胸の熱が、

ゆっくりと引いていく。


「……偶然、か」


レオンがそう言ったが、

ユリウスは黙ったまま、視線をアオイに向けていた。


その目は、疑いではなく――

“確認”に近いものだった。


その日の帰り道。


「……最近、変なことはないか」


カイルが、いつもより低い声で尋ねる。


「変な……?」


「体調でも、気分でもいい」


アオイは少し考え、

正直に答えた。


「……胸が、あったかくなることがあって」

「安心したり、怖かったりすると……」


カイルは歩みを止めた。


ほんの一瞬。

それだけで、

アオイの心臓が跳ねる。


「……それは、いつからだ」


「騎士団に、来るようになってから……です」


沈黙。


やがて、カイルは歩き出した。


「……無理はするな」


それだけ。


だがその背中は、

明らかに“考えている”ものだった。


同じ頃。


聖女の私室では、

冷たい声が響いていた。


「……最近、騎士団が騒がしいわね」


「はい」

「例の少年が、よく出入りしていると……」


聖女は、静かに微笑んだ。


「巻き添えのくせに」

「……目障りだわ」


指先に、淡い光が灯る。


それは、

人を害するための魔法だった。


その気配を、

アオイは知らない。


ただその夜、

理由もないのに、胸の奥がざわついて――

いつもより、少しだけ眠れなかった。

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