聖女の罠」
医務室は、静かだった。
アオイは白い天蓋のベッドに寝かされ、額には冷たい布が当てられている。
意識はあるが、体が重く、まぶたが思うように開かない。
「……団長……」
かすれた声で呼ぶと、すぐそばで椅子が鳴った。
「起きたか」
カイルが、すぐ横にいた。
鎧を脱いだ姿は珍しく、白いシャツ姿で腕を組んでいる。
「……ごめんなさい……」
「謝るな」
短く、はっきりと言われる。
「お前は何もしていない」
「……でも……魔力……」
「暴走させたのは、お前じゃない」
カイルの目が、わずかに細くなる。
「聖女ミサキだ」
その名を聞いた瞬間、アオイの指が布を握りしめた。
「……やっぱり……」
「魔力の波形が不自然だった。外から干渉されている」
カイルは低く続ける。
「お前の魔法を、わざと刺激している」
アオイの喉が鳴る。
「……どうして……」
「お前が邪魔だからだ」
「……ぼくが……?」
「そうだ」
カイルは視線を逸らさず言った。
「お前の魔法は、人を守る」
「だが、ミサキの魔法は――“選ばれた者だけを救う”」
「思想が違う」
その言葉に、胸がひりつく。
「……じゃあ……」
「次は、もっと大きく仕掛けてくる」
その予感は、すぐに現実になった。
⸻
その日の午後。
城から、正式な使者が騎士団寮へ来た。
「聖女ミサキ様より、アオイ殿へ」
白い封筒を差し出される。
ノアが怪訝な顔をした。
「……呼び出し?」
「謁見です。魔力異常の件について」
レオンが即座に口を挟む。
「危険だろ、それ」
使者は淡々と答えた。
「聖女様は、原因を調べると」
アオイは、ぎゅっと拳を握る。
(……逃げたら……だめだ……)
「……行きます」
「アオイ!」
ノアが叫ぶ。
「俺たちも行く」
レオンも頷く。
「団長に許可取る」
カイルはすでに立っていた。
「俺も行く」
「全員でだ」
⸻
聖堂は、冷えていた。
白い床、白い柱、光だけが満ちている。
中央に立つミサキは、振り返って微笑んだ。
「……来てくれたのね、アオイ」
甘い声。
だが、目は冷たい。
「……何の用ですか」
「あなたの魔力、危険だと思わない?」
ミサキは、ゆっくり近づく。
「さっきも、暴走したわよね?」
「……」
「騎士団を巻き込む前に、私が“浄化”してあげる」
「……浄化……?」
「そう」
ミサキの手が光る。
「あなたの魔力、消してあげる」
その瞬間。
床の魔法陣が光った。
「……っ!」
ノアが叫ぶ。
「結界だ!」
アオイの体が、急に重くなる。
(……動けない……)
「やめろ!」
カイルが前に出ようとするが、見えない壁に弾かれる。
「アオイ!」
ミサキは笑った。
「大丈夫。殺しはしないわ」
「ただ――」
「“空っぽ”にするだけ」
アオイの胸が、焼けるように痛む。
(……いや……)
(……なくなったら……)
(……みんなを……守れない……)
そのとき。
胸の奥が、強く脈打った。
――感情共鳴魔法。
恐怖。悲しみ。
そして――
守りたい、という気持ち。
「……やだ……」
「……なくならない……」
アオイの足元が光る。
魔法陣が、逆に歪んだ。
「……なに……?」
ミサキの顔が、初めて歪む。
「……私の魔法が……」
共鳴した魔力が、ミサキの結界を内側から壊した。
ガラスが割れるような音。
「今だ!」
カイルが叫ぶ。
ノアとレオンが一気に突っ込む。
「アオイ!」
カイルが腕を掴む。
「立てるか!」
「……はい……」
だが、その瞬間。
ミサキが、低く笑った。
「……やっぱり……化け物ね」
「……」
「次は……もっと壊してあげる」
聖堂の光が消え、ミサキの姿も消えた。
残されたのは、ひび割れた床と、静寂。
⸻
騎士団寮に戻った夜。
アオイは布団にくるまり、震えていた。
(……こわい……)
(……ぼくのせいで……)
扉が開く。
「アオイ」
カイルだった。
「……団長……」
「今日は、俺がここにいる」
椅子に座り、静かに言う。
「お前は、もう独りじゃない」
アオイの目から、涙がこぼれた。
「……捨てられませんか……?」
「捨てない」
「……邪魔になりませんか……」
「ならない」
即答だった。
「……お前は……」
「俺たちの“守る理由”だ」
アオイは、ぎゅっと布団を握った。
(……守られるだけじゃない……)
(……ぼくも……守れる……)
外では、風が吹いていた。
嵐の前の、静かな夜だった。




