閉じられた檻と、開いた腕
城からの使者が現れたのは、その日の午後だった。
「聖女ミサキ様より、直々の召喚です」
静かな声だったが、拒否を許さない響きがあった。
「……行く必要はない」
カイルが即座に言う。
「拒否すれば、騎士団に処罰が下ります」
その言葉に、場の空気が張りつめる。
「……行きます」
アオイが、一歩前に出た。
「アオイ」
「大丈夫です。僕のせいで、みんなが困るのは……嫌です」
「一人で行かせる気はない」
カイルは低く言った。
「俺も同行する」
そうして、アオイは騎士団と共に城へ向かった。
⸻
聖女の部屋は、白く静かだった。
「いらっしゃい、アオイさん」
ミサキは柔らかく微笑む。
「騎士団に守られて……ずいぶん大切にされていますのね」
「……はい」
「あなたの力は、本来ここにあるべきです。
騎士団の“管理物”になるものではありません」
胸がざわつく。
「……僕は、自分で決めました」
「逃げているだけでは?」
その言葉に、アオイの足元が淡く光った。
「……っ」
薄い膜のような光が、体を包む。
「また……その力」
ミサキが一歩引く。
「攻撃じゃないです……
守るだけです」
そのとき、扉が開いた。
「それ以上、近づくな」
カイルの声。
「彼は、俺の管轄だ」
「聖女よりも?」
「比べるな。
彼は、物じゃない」
沈黙のあと、ミサキは視線を逸らした。
「……今日は、ここまでにしましょう」
⸻
騎士団へ戻る道すがら、アオイの足は震えていた。
「……すみません」
「謝るな」
カイルは短く言う。
「よく、立った」
その夜。
部屋に戻っても、アオイは眠れなかった。
(怖かった……)
扉が、そっと叩かれる。
「……起きているか」
「カイルさん?」
「眠れないなら……少し、来い」
通されたのは、簡素な寝室だった。
「……ここ?」
「見張りを兼ねる。
今日は、一人にするなと判断した」
言い方は堅いのに、毛布を差し出す手は優しい。
並んで横になると、距離が近すぎて息が詰まる。
「……すみません」
「黙れ」
低い声。
「……震えている」
気づかれていた。
「城で……思い出しました」
「何を」
「……嫌われてたこと」
沈黙。
カイルの腕が、そっと伸びる。
「寄れ」
有無を言わせない声なのに、力は弱い。
アオイは、ためらいながら体を寄せた。
「……怖かったな」
その言葉だけで、喉が熱くなる。
「……ありがとう、ございます」
顔を上げた、そのとき。
額に触れていた指が、頬に滑り――
距離が、なくなる。
ほんの一瞬。
唇が、軽く触れた。
触れただけの、短いキス。
「……っ」
心臓が跳ねる。
カイルはすぐに離れた。
「……眠れ」
低い声。
「勘違いするな。
これは……落ち着かせるためだ」
言い訳のような言葉。
だが、腕は離れなかった。
背中に、確かな温度。
アオイは目を閉じる。
(……檻みたいなのに)
でも、その腕は――
拒めないほど、安心できた。
守られるだけの場所じゃない。
閉じられた檻の中で、
開いた腕に、包まれている。
そんな夜だった。




