触れてはいけない境界線
管轄今日から、お前は俺の管轄だ」
カイルのその一言は、冗談には聞こえなかった。
「……管轄、って」
アオイが小さく呟くと、ノアが苦笑する。
「つまり団長が責任持つってことだよ。
生活も、訓練も、移動も」
「全部、団長の許可制だな」
レオンが肩をすくめた。
「え……それ、監禁じゃ」
「違う」
即座に否定したのはカイルだった。
「守るためだ。
聖女の側に置けば、利用される。
城に戻せば、狙われる」
視線が、まっすぐアオイに向く。
「お前は、ここにいろ」
それは命令であり、宣言だった。
アオイは返事ができなかった。
拒否したいわけじゃない。
でも、縛られるような言葉に、胸がざわついた。
その日の午後、アオイは騎士団の食堂で焼き菓子を作っていた。
「砂糖、これでいい?」
「もう少し少なめでいい」
隣に立つのはノア。
反対側ではレオンが粉をふるっている。
「騎士が三人で菓子作りとか、平和だな」
「団長に見せたら笑われるぞ」
そんな会話をしていると、背後から低い声がした。
「……何をしている」
振り向くと、カイルが立っていた。
「お菓子、です」
「団長用な」
「みんなで食べます」
三人の声が重なる。
カイルは少しだけ目を細めた。
「……アオイ」
「はい」
「厨房に入るときは、誰かをつけろ」
「え?」
「一人になるな」
それは命令のようで、心配のようでもあった。
「……過保護すぎません?」
レオンが言うと、カイルは冷ややかに返す。
「死なせないためだ」
その言葉に、誰も反論できなかった。
焼き菓子が焼き上がり、皿に並べる。
「団長、どうぞ」
差し出すと、カイルは一瞬だけ戸惑ったように視線を逸らし、それから受け取った。
「……甘い」
それだけ言って、黙々と食べる。
だが、皿は空になっていた。
夜。
部屋に戻ったアオイは、ふと気づく。
扉の外、廊下に立つ影。
「……カイルさん?」
「眠れるか」
「……はい、多分」
沈黙。
「何かあれば呼べ」
それだけ言って、足音が遠ざかる。
アオイはベッドに座り込んだ。
守られている。
確かに、安全だ。
でも――
(境界線が、わからない)
優しさと、命令。
保護と、独占。
その違いを、まだ理解できない。
ただ一つ、分かるのは。
もう、簡単には離れられない場所に来てしまったということだった。




