微笑みの向こう側
聖女ミサキは、変わらない微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと騎士団の訓練場に足を踏み入れた。
「お邪魔でしたか?」
その声に、空気が一瞬で張り詰める。
カイルはアオイの前に立ったまま、視線だけでミサキを見据えた。
「用件は何だ」
「まあ、怖いですね。私はただ……様子を見に来ただけです」
ミサキの視線が、カイルの背後――アオイへと滑る。
まるで値踏みするような、冷たい光。
アオイは無意識に、指先を握りしめていた。
あの城で過ごした日々。
聖女の隣に立たされ、比べられ、役立たずだと囁かれた記憶が、胸の奥を刺す。
「アオイさん」
不意に、ユリウスが名を呼んだ。
その声は、静かで落ち着いている。
「あなた、魔力が……揺れています」
「え?」
次の瞬間、アオイの足元に淡い光が広がった。
淡緑色の魔法陣。見たことのない、複雑な紋様。
「これは……」
「防護結界?」
レオンが息を呑む。
ノアは目を見開いたまま、言葉を失っていた。
アオイ自身も理解できていなかった。
ただ、怖かった。
ミサキの視線から、逃げたいと思った――その瞬間に、体が勝手に動いた。
「自動発動型……しかも感情反応式だ」
ユリウスの声が、わずかに震える。
「そんな才能、聞いたことがない」
ミサキの微笑みが、初めて歪んだ。
「……聖女じゃない、はずなのに?」
その呟きは小さく、しかし確かに、嫉妬を含んでいた。
カイルは、ゆっくりと振り返る。
アオイを見下ろすその瞳は、いつもよりずっと柔らかい。
「やはり、お前は――」
「言わないでください」
アオイは首を振った。
「まだ……自分でも、怖いんです」
カイルは一瞬だけ目を伏せ、それから短く頷いた。
「なら、無理に言わない」
そして、低くはっきりと告げる。
「だが覚えておけ。
その力が何であれ、俺たちはお前を手放さない」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。
怖いのに、苦しいのに――離れたいと思えない。
ミサキは一歩、後ずさった。
「……今日は、失礼しますわ」
その背中を見送りながら、アオイは知る。
もう戻れない。
ここは、ただ守られる場所じゃない。
――自分が“選ばれてしまった”場所なのだと。




