噂の温度
噂が広まるのに、時間はかからなかった。
「騎士団が、あの巻き添えの子を囲っているらしい」
「聖女様より、大事にしてるって本当?」
廊下のあちこちで、
声がひそひそと交わされる。
アオイは、それを聞かないふりで通り過ぎた。
(……前より、視線が多い)
けれど、不思議と足取りは重くならなかった。
理由は、はっきりしている。
詰所の扉を開けた瞬間、
空気が変わるからだ。
「お、来たな」
レオンが手を振り、
ノアがすぐに気づいて椅子を引く。
「今日は無理しないでくださいね」
ユリウスの声は、いつも通り穏やかだ。
そして――
「……調子はどうだ」
カイルの低い声。
それだけで、
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「……だいじょうぶ、です」
嘘ではなかった。
噂も、視線も、
ここでは届かない。
「城内での動線は制限する」
カイルが淡々と言う。
「単独行動は禁止」
「必ず、誰かが同行する」
「えっ、それって――」
ノアが言いかけて、
すぐに口を閉じる。
「……過保護、ですよね」
アオイが、恐る恐る言うと、
レオンが苦笑した。
「まあな」
「でも今は、それでいい」
「納得できませんか?」
ユリウスが静かに尋ねる。
アオイは、少し考えたあと、
首を振った。
「……嫌じゃ、ないです」
その言葉に、
ノアがぱっと顔を上げる。
「本当に?」
「はい」
「……そっか」
ノアは安心したように息を吐き、
それから、少しだけ不満そうに付け加えた。
「でも、団長が一番張り付くのはズルいと思います」
「業務だ」
即答。
「絶対それだけじゃないでしょ」
空気が、ぴりっと張る。
「ノア」
カイルが名前を呼ぶだけで、
それ以上の言葉は必要なかった。
アオイは、二人を見比べて、
小さく瞬きをする。
(……え、これって)
自分を巡って、
空気が尖っている。
それに気づいた瞬間、
胸の奥が、また反応した。
温かい波が、
詰所全体に広がる。
「……あ」
レオンが、息を呑む。
「今の……」
「安定化してますね」
ユリウスが、はっきりと言った。
「感情が強く動いたときほど、顕著です」
「つまり?」
「――アオイが“ここにいる”だけで」
「騎士団の魔力循環が、整っている」
沈黙。
「……だからって」
ノアが小さく呟く。
「だからって、独り占めしていい理由には――」
「独り占めはしない」
カイルが言った。
「だが、守る責任は負う」
その言葉は、
誰かに向けた宣言というより――
自分自身に言い聞かせるようだった。
その夜。
アオイは、新しい部屋のベッドで、
一人天井を見つめていた。
(……噂、広がってるな)
少し前なら、
それだけで眠れなかったはずなのに。
今は、
扉の向こうの気配を感じるだけで、
心が落ち着く。
(……放ってくれない、んだ)
それは、
不安じゃない。
むしろ――
少しだけ、くすぐったい。
胸の奥で、
温かな光が、確かに脈打っていた。




