もしもし様はイケメンです!
実里ちゃんは楽しそうに言った。
「ねえ、知ってる? もしもし様。
夕暮れに声をかけて来て、その人に「誰?」っていうと死んじゃうんだって」
「やめてよ」
私は鳥肌の立った腕をさすった。
「見てよこれ、シャレになんないって」
腕を指し示すと実里ちゃんは、しししと笑った。
「セナは怖がりだもんね」
「だって出そうじゃん」
そう、私は怪談話が苦手だ。
「一人で帰らないとなのに」
「あはは。がんばってー」
いじわる。と言いつつ手を振って別れる。
日が傾き始めている。
ひんやりとした冷気を感じる気がして、私は足を速めた。
交差点を渡り、路地に差し掛かったところ
「申し申し……」
男性の声がした。
“夕暮れに声をかけて来て……”実里ちゃんの言葉が蘇る。
でも、普通に困ってる人かもしれないし。思い直して足を止める。
「はい。なんでしょ……う……!?」
くるりと振り返り思わず目を向いた。
「イケメンさんだぁ」
思わずにこにこしてしまうと、彼は戸惑ったような顔をした。
「君は……聞かないんだね」
「何をでしょうか」
首を傾げると、彼はゆるりと微笑んだ。
「また、話せる? 暗くなるから、帰った方がいい。……次に会った時も、名前は聞かないで」
またまたハテナが浮かびつつも、イケメンさんとまた会えるの嬉しいなぁと思い直す。
手を振って別れた。
暗くなる前に帰らなきゃ、その意味を知らないまま。
夕暮れ時、彼と会うのが最近の日課だ。
「申し申し……」
あの恒例の言葉が聞こえてくるとにっこりしてしまう。
「イケメンさんこんばんは。こんにちは、かなぁ」
彼は笑った。最近は穏やかに笑う。
最初はすごく寂しそうだったのに。
私はそれが嬉しい。
だから何も聞かない。
「ねえねえ、聞いて。実里ちゃんって私の友達がね。毎日怪談話するの。私、怖がりなのに」
彼は相槌を打ちながら、私を家まで送ってくれる。
「またね」
手を振って家に入り、寂しくなってしまう。
どこの誰かもわからない人に、恋をしていた。
「実里ちゃん、私、恋しちゃった」
「え? セナが?」
めちゃめちゃ目を輝かせた実里ちゃんは、話を聞くうちに真っ青になった。
「それ、もしもし様だよ。会うのやめな」
「え…でも、何も起きてないよ?」
恐ろしいものでも見るかのような目を向けられる。頭のてっぺんから爪先まで視線を走らせて、私のおかしな所を探してるみたい。
嫌な感じがした。
「帰る!」
「セナ、ごめんって」
慌てて実里ちゃんは引き止めようとしたけど、私は振り切って走った。
「はぁはぁ」
息を整えていると
「申し申し…」
「イケメンさんっ」
私は彼に思わず飛びついた。
彼を守らなくてはいけない。
「……どうかしたの?」
「……友達がイケメンさんを都市伝説の怪異なんじゃないかって」
ぎゅっとしがみつく腕に力を込める。
「それで……君は?」
彼は静かに問い返して来た。
「……関係ないもん。私……あなたのことすき。会えないなんて、死んじゃう」
顔を歪めて泣きそうになった私を、彼の腕がそっと囲った。
「私の名前を聞かないで。これは約束。……死なせない。私も君が好きだよ」
じんわりと胸が苦しくなって。
うん、と
鼻をすすった。
彼と手を繋いで帰るのが日課になった。
でも今日は、
じろじろと見てくる女の人がいる。
ちくちくと刺さる視線が痛い。
「あの?」
耐えかねて声をかけると、その人は私を無視してもしもし様に声をかけた。
「ずっとイケメンだって思ってました。……お名前を教えて下さい!」
頬を紅潮させ、言い募る。
しかし、彼は悲しげな顔をした。
「言ったな」
そして、
バタン
という音。
女の人はくずおれた。
「大丈夫ですか!?」
思わず駆け寄りかけた。
もしもし様は私を抱えるようにして歩き始める。
「駄目だよ。君は、名前を聞かないで」
そう言うから、この優しい人が怪異なのだと、初めて、知った。
「不審死が出たらしい」
何か知らないの? と実里ちゃんが探るように見る。
「心配してるんだよ。セナが通る辺りじゃん」
言うけど、
「大丈夫」
私は間違えないから。
彼の悲しげな顔を思い出す。
あの人にあの顔は、させない。
「申し申し……セナ」
控えめに呼ぶ声が聞こえて、私は弾かれたように振り返った。
「初めて私の名前呼んでくれた!」
嬉しそうに笑えば、彼は意味深に言った。
「欲しくなっちゃったから」
じわじわと顔が熱くなる。
だって言い方が色っぽいんだもん。
そうして……私の世界から朝と夜が消えた。
理のない世界で、私たちは幸せだ。




