1_8 野生のキノコを採るYoutubeを見て感化されても素人が手を出すのはやめましょう
レナートとド・ドーンは、にこやかな笑みを浮かべながら、とはいえ仲良しとはいいがたい距離。まあ具体的にテーブル向かいではあるが、でお互いを見つめ合っていた。
「改めて名乗ります。私はレナートと申します。中間管理職、のようなものだと思っていただければ間違いないかと思います」
ド・ドーンは深く頷き、少し大げさなくらい丁寧に胸に手を当てた。
「こちらこそ。ド・ドーンです。前線の雑務を任されております。どうぞお見知りおきを。お互い苦労の多い立場だとは思いますが、以後よろしくお願いいたします」
お互い嘘とも言い難い自己紹介をしてニコリと微笑み合う。
澪は明後日の方を向いて茶をすすった。
「ドーンさんとお呼びしても? しかし雑務とはご謙遜を。現場を支える仕事ほど尊いものはありません」
「こちらもレナートさんとお呼びしてもよいでしょうか。いえいえ、お褒めにあずかり光栄です。ですが、あくまで雑務です。立派な方々が安心して動けるように整えるだけで」
レナートはその返しを聞いて、にこやかに頷いた。
「それが現場では一番大事なことでしょう。お互いの認識を合わせることこそが一番寛容ですからね」
「その通りです。しかし遠路お疲れでしょう。この地は安全とは言え、道は険しいですからね」
「いえいえ。獣人の方と比べて足腰は強くはないほうですが、部下には器用な人間がおりましてね」
「なるほどなるほど。いえいえ、ご健勝でなによりです」
ド・ドーンは微笑みを崩さず、心底心配しているふりで首を傾けた。
「ところで、国王陛下のお話を耳にしました。体調が優れないと伺いましたが、大丈夫でしょうか? 此方ではどうしても情報が遅くなりまして。何かお力になれればとおもいますが」
ド・ドーンの言葉にレナートはニコリと笑って返す。
「ご心配くださりありがとうございます。陛下はもうすっかり回復されているとのことでした。例年通りの流行り病ですが、丁度治療方法も見つかりましたので数日で回復したとのことです」
「それは素晴らしい。その医療技術は我々も見習わねばなりませんな。どうしても移住が多いため流行り病というものに無頓着なのが悪いところでして」
「いえいえ、流行らないのが一番ですからね。とは言え何が起こるかはわからないのが疫病の怖いところですね」
「その通りですね。いやまったく」
澪は湯呑みを持ったまま、げっそりした顔を隠すことに全力を尽くしていた。
ちょろっとした情報戦な気はするが、深く考えるのはしんどい。
いやもうその話は私に関係ない。ここでやる話じゃない。外でやってくれないかなぁ。
とりあえず話題を変えるか……。
「あ、そういえば」
二人の視線が同時に澪へ向く。向き方が揃いすぎている。
それを見て若干ビクっとする。
「あの、気分転換に。お鍋作ったので食べますか。おいしかったですよ」
「ほう、鍋、ですか」
ド・ドーンは興味深そうにこちらを見る。
レナートも小さくうなずいたのを見て、澪は家の中で、弱火で置いてあった鍋を持ってきて、机の中央に置いた。
「この前、森の中は行けないんですけど、滝と森の間のじっとりしてるところに生えてるのを見つけたんです」
澪はちょっとだけ嬉しそうに、鍋の中を指さす。
「干してもダシが出ておいしいんですけど、鍋だと歯ごたえがあっていいんですよね。私の昔住んでたところの、しいたけってのにちょっと似てて。ちょっとだけワサビっぽい風味もあるんですけど、塩と合うんですよ」
鍋の中には、肉厚で艶のある、しいたけに似たきのこがふっくら浮いていた。見た目だけなら、普通にうまそうだ。
澪は箸を持ち上げてから、にこっとして言った。
「あ、皆さんご安心ください。先に毒見しますね」
レナートとド・ドーンが同時に固まった。
返事を忘れたというより、二人とも「え、今なんて?」の顔でフリーズしている。笑顔の形だけが残っていて、そこだけ妙におかしい。
澪はそれを「遠慮かな」と解釈して、器に取る。ふうふうして、ぱくっと食べた。
「うん。やっぱりおいしい」
その瞬間、どこからか「ヒッ」という短い声が漏れた。
澪は箸を止めて首をひねった。
「え、今……? ん?」
だが誰も何も言わないので、気のせいかと判断する。
澪はもう一口いこうとして、ふと手を止めた。
そういえば地球では、人類って結構いろんな毒が効かない種族だった気がする。フグとか、辛いのとか、発酵したのとか。よく分からないのを「うまい」って言って食べてた。祖父も、平然と変なものを食べていた。
つまり、効かない可能性はある。うん。ある。……あるけど。
そこへ控えめな声が出た。
「あのぉ」
小柄な草食獣人の娘が、恐る恐る一歩前に出た。顔は引きつっているのに、礼儀は頑張っている。
「あのぉ、獣人側のシ・マーヤです。あの、その、ええっと、そのキノコって、龍絶茸、リュウゼツタケっていわれてるやつだとおもうんですけれどもぉ……、ええと……」
マーヤは鍋をおそるおそる覗き込んでいる。
そこへラントが半歩出て、マーヤの言葉を「軽めに」受け取る方向で助け舟を出した。必死に怖がらせない声になっている。
「ああ、ええと。俺ら、名前の細かいのはちょっと分かんねえけど。あれ、食べると……泡吹いて死にます。噂だと古い龍も一口で死ぬっていわれてる猛毒です。触る分には大丈夫なんですけど口に入るとえらいことになるので、狩りの時の矢毒には使うなって最初に教わるんす……」
言い切った直後、ラント自身が「言い方マズったか?」と思った顔になる。
マーヤも「そう、それそれ」と頷くが、頷き方が速い。
澪が鍋を見る。しいたけが、何も悪い顔をせずに浮いている。むしろおいしそうにしかみえない。というかおいしかった。
だがそれを聞いた瞬間、しいたけっぽいものが急に毒物にしか見えなくなった。
「あのぉ、どなたか解毒剤とかお持ちですか!?」
澪は混乱した。
「いや、澪様が今までも食べられていて問題がないのであれば多分ですが問題ないかと思います。本当に数秒で効く即効性の毒ですので」
博識なレナートは毒物にも詳しかった。
それを見てラントが慌てて首を振る。作戦名は「全力でフォロー」だ。
「そうっす!、澪さんが今大丈夫なら、多分大丈夫っす! いや、俺ら、俺らはダメだとおもうっすけど……。いや、よくはないけど。とにかく澪さんが無事なら、それで!」
マーヤもすごい勢いで頷く。
「そうです、澪様がご無事なら、ええと、その、結果的に……よかったです!」
「よかった」の定義が崩壊しているが、フォローの気持ちだけは本物だ。
なんとなく謎の一体感で、みんなが深くうなずいている。
結構手間暇かけたんだが、残ったのを一人で食べるべきか否か本気で悩める。
いや、実際味はおいしいのである。ちょっと現地の生命体に致死的なだけで。ちょっとだけね。
「あ、……ちなみに、他にも採ったんですけど。これもやばいですか」
澪は入口においておいた籠の中身を見せる。
「え、採ったんすか。じゃあ、仕分け、手伝いましょか」
ラントのセリフにマーヤも「はい!」と返しかけて、あ、やっちゃったみたいな顔をしたが、後の祭りなので勢いで頷く。
籠が机の端に置かれると、ラントとマーヤが並んでしゃがみ込んだ。
「おー、結構いっぱいあるっすね」
ラントとマーヤが同時にのぞき込んで、お互い目を合わせて若干気まずい雰囲気になる。
なにせ同じ鍋を囲んで(毒物)(囲んだだけ)の仲ではあるが、実際は殺し合いなうの間柄である。直接はやりあってはないが。
色々考えたが、二人とも、とりあえず問題はいったん棚上げすることにした。なぜならお互いの上司が止めなかったからだ。
「これ、いける・・、いけます」
ラントが短く言う。マーヤは一拍置いて頷いた。
「はい。うちでも、これ、大丈夫って言われてます。傘の裏が……その、きれいなので」
「ああ。なるほど。じゃあ、これは?」
ラントが別の一本を持ち上げる。マーヤは覗き込み、首を横に振る。
「それは……だめです。見た目は似てるんですけど、軸が、ここがあるやつは偽のほうで、……死なないですけれどのたうち回るやつです」
「ああ。あれか了解。じゃあ、こっちは?」
「それは……たぶん、いけます。干すと香りが強いです」
「へえ、こっちだと植物油でいためるといいって有名だわ」
「油ですか。いいですねぇ。どうしても獣脂ばっかりなんですよ」
そのやり取りを、レナートとド・ドーンが黙って見ている。
外交としては大成功だが、何でこいつらキノコで仲良くなってるんだという表情が澪にはうっすら見えていた。
そんなこんなできのこは、危ないものと大丈夫なものに分けられていった。
澪は「助かりました」と言って頭を下げた。
ラントは「いえ」と短く返し、マーヤは「はい」と小さく頷いた。
その返事が、前例にない異種族間の共同作業の終わりを告げる。
結局、解散後は微妙な空気のままだったが、当初ほどの殺伐とした空気はなくなっていた。
レナートとド・ドーン達は、そのあとも少しだけ軽い話をし、にこやかに礼を述べて帰っていった。
澪は見送ったあと、鍋を見つめた。
「そういえば私が食べる分にはいいんだけど、……川で洗ったら、下流の人たち死ぬかもしれないな……」
澪は真面目な顔で薪を組んで火をつけ、鍋を燃やす勢いで炙った。加熱殺菌して灰にすれば大体は大丈夫だろう。鉱物毒でもあるまいし。
実際は龍絶茸は水に溶けないので川に流しても下流が死ぬことはない。胃酸と反応して激烈な毒物に変化するが、持続時間も短いので案外安全であった。
けれど澪にはそんなことは分からないので、安全第一である。
澪は火を見つめながら、澪は祖父の言葉を思い出した。
きのこは、素人が食べちゃだめだ。
「そりゃそうだよね」
前世を思い出して少しだけホームシックになった。
そして澪は知らない。
この一件を境に、毒が効かない澪のことを、やはり生物ではなく神に近い存在であるという認識になったということを。
人類側では「神籬の主」、獣人側では「森境の御方」という呼び名が一気に広がり、本人の前以外では名を避けて「あのお方」と囁く習慣が、両方の村で急速に定着していくことを。
そしてそれを澪が知ったら「いや、髪の毛も鼻もあるんですけど」とツッコミを入れていたであろうことを。




