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1_7:ピリつく森の中、ヤバい人たちが出会った。

 どうしてこうなった。


 湯呑みを両手で持ったまま、澪は机の向こうを見た。

 ここはド田舎の山奥のただのログハウスのはずだ。


 なぜここで身なりのいいイケメンとロバ獣人が青い火花を散らしながらにこやかに会話をしているのだろうか。


 この前まで平和に暮らしていたはずなのに。世の中は理不尽である。


 どう見ても双方、ザ・平民という感じがしない。


 小市民の澪は震えるばかりであった。


 また、その双方後ろにどこかで見たような人が直立不動で待機している。


 澪はとりあえず、湯呑を置こうと思ったが、どっちを先にするかでバトルが始まりそうな雰囲気であった。


 結局、机の角に置いて自分で取ってもらう方式にした。責任は持たない。


 澪はささっと二人分の湯呑を置いて、台所へ逃げこんだ。


 どうしてこうなった。


 数日前までは、農作業スローライフ再びだったはずなのに、今は一発ゲームオーバーのノベルゲーをやっている気分だ。



――――


 話はキラキライケメンが現れたときに戻る


――――


「お話をしに来ました。できれば――あなたが怖がらない形で」


 男はそう言って手を上げる。武器は持っていませんよという表現だ。

 とはいえ後ろに何人かどう見ても戦士っぽいのが居る。

 武器があろうとなかろうと、澪なんて一ひねりである。


 その思いを見透かされたか、そのキラキライケメンは苦笑して頭を下げる。


「突然お邪魔して申し訳ありません。ご無礼かとは存じますが、少しだけお時間をいただけませんか。ああ、申し遅れました。私はレナートというものです。彼らの上司をしております」


 言い方が丁寧すぎて、断る言葉が行方不明になる。澪は探すより先に道を空けてしまい、気づけば室内に通していた。


 本来は外で対応するべきだったかと思ったけれど、走ったところで逃げれないし、意味がないなと思い返した。



 レナートは一歩入って、室内を一度だけ見回した。見回したのに、驚いた顔をしない。

 案外これくらいの技術はこの世界では普通なんだろうか、と澪は思った。


 実際はレナート。本名レナート・フロイス・エルン、侯爵の血を継ぐ、マジものの上級貴族の精神力で驚かないようにしていただけであるのだが。


 澪は机にレナートと、前に滝つぼで水浸しになっていた大柄な青年と、どう見てもヤのつく感じの気配をしている初老の男。まあ、ラントとグラーフなのだが、に椅子を勧める。

 二人は一礼して、それを断り、レナートの後ろに立った。


 そういえば護衛が座ってたらしょうがないよな、と、澪はなんとなく納得した。


 とりあえず人数分のお茶を出すが、立ったままなので後ろの二人は飲めないだろうが、まあ、こういうものは形だ。と割り切った。


「ありがとうございます。ご配慮に感謝します」


 そういって、レナートは湯呑に口をつける。


「いいお茶ですね。初めて飲みましたがとても良い香りがします」


 備え付けの麦茶だが、喜んでもらえて何よりである。


 まあ、日本の時に比べるとだいぶ香りも落ちているものではあるのだが。


 無限に沸くのはありがたいが、全部が100均未満の味になっているのだけはいただけないな、と澪はぼんやりそんなことを考えていた。


 とはいえ、澪は知らないが、現地の人間にとってはそれでも十分においしいお茶ではあった。




 少しだけ、雑談を踏まえて、現状の再確認をした。


「澪さん、と、お呼びしても?」


 にこりとレナートはキラキラしい笑顔でこちらに話しかけてくる。

 前世のキャッチやセールスマンみたいな気配を感じて、若干顔が引きつるが、なんとか笑顔で頷き返す。


「私のことはレナートとお呼びください。ですがここは良い家ですね。比較的新しく見えますが、澪さんがお創りに?」


「いえ、実は少し記憶があやふやでして。ここに住むように言われたのは覚えているのですが……」


 澪はそうお茶を濁す。死にました!転生しました!神様に言われました!とか素直に言って火あぶりになるのは本気で勘弁である。


 この世界の技術レベルというかそこら辺の倫理レベルがわからないうちは変なことを言わないほうがいい。


「それは大変でしたね。何かお困りのことがあればいつでもおっしゃってください。ご近所のよしみというやつですね」


 といってレナートは微笑みかける。

 澪は、そのキラキラした笑顔を見てサングラスが欲しいな、まぶしいわ、と遥か彼方のことを考えていた。


「ところで、澪さんはこちらでどのように生活を?」


「あ、多少の食料……、まあ保存食とかもありましたので、それをもとに畑をちょっと耕したりして自給自足をしていました。森は危ないので近寄らないようにはしていましたので、あまり遠くのことはわかりません」


 言外に、私は無害ですよー、変なところをうろちょろもしませんよアピールをしておくことを忘れない澪。


「それは大変ですね。記憶が……とのことですが、お辛い話でしたら忘れてもらってもよいのですが、もともとお住まいはどちらの国とか覚えておられますか?」


「ニホンという、遠い国というのは覚えているのですが、ここまでどうやって来たかは全くわかりません。といいますか、ここがどこかもわかっていないのが実は実情でして」


「なるほど。それは大変でしたね」


 レナートはうんうんと頷く。頭の中で家庭教師に教わった世界地図をひっくり返して、何なら歴史の教科書も思い出すが、ニホンという国は存在していない。


「浅学なものでニホン、という国を初めて耳にするのですが、そこでは皆さん澪さんのような黒い髪で、黒い目をされているのですか?」


「そうですね。多少の色の差はありますが、だいたいこんな感じです」


 確かにそういわれたら、目の前の三人はわりとカラフルな色をしている。乙女ゲームカラーというか。そんな感じだな、と澪はのんきに考えていた。


「なるほど。そうそう、ちなみにこちらは森を挟んで隣にセレファス王国という国がありまして、そこが一番の近い場所となります」


「近い場所。なるほど。ん? ということは、この森は別の国なんですか?」


「少しだけ難しい話になりますが、今のところはどこの国のものでも正式にはない、というのが正しいところですね」


 澪は首をひねる。そんなことがあるのだろうか。日本で誰のものでもない土地なんてあったら奪い合いになりそうだ。いや、でも山奥とかだとむしろマイナスになるからあるのかもしれない。


「今回はそれが本題となります。こちらとしては、澪さんの生活域について、限定的ではありますが自治を認める、といいますか、干渉をしない方向で話を通しました。もちろん税金とか関税とかそういうものは設定する予定はございません。簡単に言いますと現時点で、こちらから踏み込むつもりはなく、澪さんの自由にされてよいという国の方針をもらってきました」


 自治。澪はその単語を頭の中で何度か繰り返し、急にすっとどことなくふわふわしていた気持ちが落ち着いたきがした。


 この世界での完全な異物だと思っていたが、なんとなく居場所が認められた気がした。そんな感じ。



「ただ……」


 そういって、レナートは少しだけ眉を顰める。


「世の中のすべてが、我々ほど理性的とは限りませんのでご注意ください。あくまでも我々セレファス王国側の意見ということです。我々は澪さんを仲間だと思っていますからね」


 澪はその話を聞いて、いくつか訝しんでいた事象に多少の推測が立った。


 何だか知らないが、彼らは私をそこらの平民ではなく、少なくともある程度丁重に扱うつもりであり、そして、前回の何かしらがその琴線に引っかかったのだろう。と。


 澪は武器が砕け散っているのは遠くて見ていないため、根拠があやふやであるが、とりあえずはいったんそういう結論にした。


 ようは、今まで通り、ちょっとミステリアスな少女としてあまり深入りしない関係をしておくのがベスト、ということだ。



「さて、長居をしてしまいましたね。我々はこれで。ああ、お困りのことがあれば、遠慮なくお知らせください。お力になれることがあれば、手配いたします。このラントが、たまにお伺いするとは思いますが、ご無礼の無いようにいたします。本日はこれで失礼いたします。お時間をいただき、ありがとうございました。」


 それだけババっと伝えると、レナート達は一礼をして、去っていった。


 最後になんだか色々流された気もするが、いったん当面の大きな問題は片付いた。と、思うことにしよう。


 少し日は傾いてきているが、今日の野良作業がまだだ。


 野菜の煮物を作るために弱火にして、その間にちゃちゃっと畑をいじって、晩御飯を食べてシャワーを浴びてさっさと寝る。


 なんだか疲れた1日だったなぁと思っているうちにスヤスヤと眠りに落ちていた。



――――


 が、そんな平和も長続きしなかった。


 レナート襲来の数日後。


 ノックの音で扉を開けると、扉の外に立っていたのは獣人たちだった。


「森の主へのお目通りと、前回騒がせたお詫びをお持ちいたしました。初めまして、私ド・ドーンと申します」


 目の前現れたディ〇ニーでしか見たことのない表情豊かな馬?ロバ?の獣人の笑顔と言葉を聞いて、澪はあごが落ちるんじゃないかと思うくらいあんぐり口を開けて固まった。


「差し支えなければ、お上がりしても?」


 久しぶりに寝坊した頭をフル回転した結果出てきたのが


「もちろんです。ただ準備があるので少々そちらの椅子でお待ちください」


 と言って、玄関先においてあるテーブルと椅子を差して笑顔で会釈をして扉を閉じることだった。


 とりあえず急いで顔を洗って、髪の毛をセットして、服を着替えて、ささっとお茶を用意して扉を開ける。


「お待たせいたしました」


 と言って、彼らを中に招き入れる。


 先頭は、ド・ドーン、そして前に滝つぼに居た犬っぽい感じの大柄な獣人と羊の獣人



「あ、麦茶なのですが、飲めないものがあればお教えくださいね」


 澪は人数分お茶をだした。


 彼らは、人類側と違ってみんな椅子について、おそるおそるお茶を口にする。


 ド・ドーンと、羊獣人はその味に目を輝かせていたが、犬っぽい獣人は熱かったのかふうふうとお茶に息を吹きかけていた。


 それを見て澪はなんかかわいいなあとのんきな感想を覚えていた。


 森は相変わらず恐ろしいし、魔物とか死んでも会いたくないが、会話が通じるならあんまり怖くないな、とのんきに考えていた。


「ああ、申し遅れました、私ロバ獣人のド・ドーン、こちらはハイエナ獣人のハ・ガルド、そして羊獣人のシ・マーヤです。こちらの二人がご迷惑をおかけしたと聞いて、お詫びにという次第でして」



 それを聞いて、二人はぺこりと頭を下げる。

 見た目は凶悪、シ・マーヤのほうはそうでもないが、そうみると愛嬌がある。


「あ、どうもご丁寧に。澪です。あの、お詫びと申されましても特段――」


 言いかける澪の目の前にすすっと皮袋が差し出される。


「こちらお詫びの品です。どうかお受け取りいただきたく」


「いえ、こん……ん?」


 いい香りがした。

 いつもの塩と野菜とは違う。甘いのと、辛いのと、脂の気配がする。

 澪は条件反射でつばを飲み込んだ。

 明らか最近脂質とタンパク質が不足しており、髪の毛がパサついている気がしていたのだ。

 肌は転生特典なのかもちもちなのだが。


 どうでもいいことに思いをはせて固まっていた澪をみて、ド・ドーンは笑顔を浮かべる。


「お気に召されたようでしたら、またお持ちすることも可能ですよ。」


「え、いえいえ! そんな、いえ、どうもありがとうございます」


 欲に抗うのは難しいなと思って、受け取る澪。ただお代わりを申し出るときはさすがに何かと物々交換にしようと思った。



「あ! あの、先ほどの話なのですが、私はここの主というわけではないのですが、このログハウスの周りは一応私の土地、ということになっています。あの、正式な書面とかはないのですが……」


 それを聞いてド・ドーンはゆっくりとうなずいた。

 土地を持っている。だが書面はない。つまりどこかの国の紐づきではないということだ。ログハウス自体は新しいが、このあたりの土地は新しく開拓したような場所ではない。つまり何らかの超常的な力で存在しているのだろう。

 と、ド・ドーンは納得した。そしてそれは大体当たっていた。



「もちろんです。承知しました。ではお願いがあります。我々が森の端に村を作ることを許可いただけますでしょうか」


「森の端、ですか?」


「はい、ここから向こう側に、歩いて数時間程度の距離ですね。反対側とは大きな谷が二分していますので、いろいろ都合がよいのです。この高原を通らない限りはいけませんもので」


 つまり、人類側と、また此方ともある程度直線距離は近いが、このログハウス付近を通過しない限りは襲われにくいということだろうか。と澪は考えた。


「もちろん、澪さんの近くで"大騒ぎ"をするつもりはありません」


 イヤな大騒ぎもあったもんだなと澪はなんとなくげんなりする。


「ええと、森に関しては私の管轄外ですので、このあたりが大変なことにならないのであれば、森の端で暮らしても私は特に何とも思いません」


 それを聞いてド・ドーンは深く礼をした。礼の深さが、レナートに少し似ていた。

 獣人側も貴族とかあるんだろうか、と思った。


「感謝いたします。上にも手出ししないよう、その旨きっちり伝えておきます。何かお困りの際は、いつでも申し付けてください。それではまた。」


 レナートと違い、切り上げる速さは獣人のほうが早い。

 去っていく背中は礼儀正しい。礼儀正しいのに、玄関の外で随伴の誰かが、澪の方を見ないまま、ゆっくりと後ずさる。後ずさり方が、野犬を刺激しない人間のそれに似ていた。


 私何かしたかな? と澪は首をひねる。


 扉が閉まったあと、澪は袋を台所に運び、そっと封を開けた。香りが広がる。干し肉と、香辛料と、何かの保存食だろうか。


 澪はその夜、薄味の野菜に香辛料をほんの少しだけ振ってみた。ほんの少しで十分だった。十分すぎて水が無限に出るのが、いまだけありがたい状態に陥ったのは永遠に秘密する予定である。




 それから、週に1回未満程度、彼らが来る日々が続いた。

 おかげさまで少しだけ暮らしが変わったし、話をしていろいろこの世界のことが分かってきた。


 まず、予想通り人類側と獣人側は仲が良くない。良くないという言い方が甘っちょろいくらい良くなかった。


 そして、いろんなものを物々交換しだした。香辛料やら肉類やらをもらう代わりに、最初は薄味の野菜を置こうとして気づいた。外に出した瞬間に跡形もなく消えた。正確に言うと、ログハウスから少し離れたところだが。

 澪は玄関の前で、野菜の入っていた袋を持ったまま途方に暮れた。

 

 澪は仕方なく、収穫できたいくつかの作物をおっかなびっくり持ち出してみた。

 するとこちらはその謎の境界を通り過ぎることはできた。


 ようはチートで作ったものは持ち出し禁止というわけだ。まあ、それはそうだろうな。私なら冷蔵庫を逆さにして吊り下げてベルトコンベア作ってチェストに連結してオブザーバーで中身を確認して輸出するわと、いろんなゲームが混ざったことを考えていた。


 とりあえずセレファス側とも獣人側とも私が平和につきあっているのは不思議だな、お互いも仲よくすればいいのに、と気楽なことを考えていた。




 そして、そんな平和な日は長くは続かなかった。それはそうである。ブッキングである。


 同じタイミングで、二つの気配が重なった。扉を開けた澪の前に、レナートが立っている。反対側にド・ドーンがいる。どちらも、綺麗に笑っている。


 どちらもラントやハ・ガルドだけ来るので、気配を感じたら時間をずらすなどしていたのだろう、と、今となっては思う。


 ただ、集団で来た以上、引いたら国の名前に傷がつく。


 その結果がこちらである。



「あの、お茶お出ししますので、どうぞ」


 といって、ログハウスの前にあるテーブルを差す。

 さすがに全員家の中には入らない。あとなんとなく入れたくない気がする。


 それを聞いて二人の笑顔が同じ角度で整う。


 レナートが先に言った。声色も表情も変わらない。


「澪さんのご厚意は無下にはできませんね」


 ド・ドーンも同じ温度で返す。


「もちろんですとも」


 そうして二人はフフフ、と笑い合う。


 後ろに控えるラントと、ハ・ガルドはそれを見ていやそうな顔をして、その二人同士が目を合わせ、またいやそうな顔をしていた。



 そして、気づけば冒頭の光景だ。


 表面上はニコニコしながら、レナートとド・ドーンがお茶をしていて、後ろではその他がピリピリしている。


 どうしてこうなった。


 澪は湯呑みを机に置き、心の中で頭を抱えた。


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