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1_4 Side澪と何かしら。

澪、ようは私はわりと普通の女子高生だった。と思う。自称だが。


普通の女子校。朝はだいたいギリギリで、駅まで小走りで、教室に滑り込んでから「間に合ったー」と言う。

放課後は友だちと寄り道して、テスト前だけ本気で焦って、帰ったら制服のままベッドに倒れ込む。

まあ、そういう、どこにでもある生活。


違うところがあるとすれば、家は静かなくらいだ。

両親はもういない。理不尽な事故で。ある日突然だった。

子供心に、ショックを受けたのを覚えている。


ただ、わりかしドライというか、受け入れるのが早かったのか、戻らないものは戻らない、と理解して、小学校に通っていた記憶がある。


ただ、たまに思い返して胸が痛むことはある。

けれどそれは、ネガティブな痛みではなく、思い出を風化させない儀式みたいなもの、だと思っている。



恋愛は――よく分からない。

中学のとき、一瞬だけ“付き合ったことがあるような気がする”くらいのやつを一度通過して、今は「またそのうち」で棚に上げている。

大体大学に入るとみんなはっちゃけるらしいので、大学2~3年目くらいから本気を出す予定だ。


そして、私が帰る場所が、もう一つあった。祖父母の家だ。


田舎の古い家。

裏に畑があって、夏は蝉がうるさくて、夜は天の川が見える。井戸はあるが、そのまま飲みはしない。ピロリ菌のリスクがあるからだ。


祖父母は普通に優しかった。特に田舎によくある頑固という感じでもなく、普通にスマホも使いこなしていた。


そして、両親が亡くなってから私に何かしらを教えることが、少しずつ増えた。

畑のこと。料理のこと。保存の仕方。火の扱い。

別に急に職人になったわけではない。笑いながら、いつもの会話の延長で、「これも覚えとき」と軽く手渡してくる感じだ。


まあ、そういうことなんだろう、と思った。祖父母もまだ、心の整理中なんだろう。

同時に、切なさと、ありがたさと、うまく言えない温かさが混ざって、居心地のいい場所だった。


畑の土の匂いも、台所の湯気も、意外と好きだった。

学校のことを愚痴って祖母に笑われて、祖父に「ほれ」と野菜を渡される。

そういう時間が合っていた。


そして、まあ、――その祖父母も、亡くなった。大往生といって差支えの無い年齢だった。


あまりかかわりのない親戚に手伝ってもらい、一通り終わったころには季節が一つ過ぎていた。


あとは遺品整理。

土地は余っているので残したままでもいい気はするけれど、少なくとも優先順位はつけておかなければならない。


と、ここまでが回想だ。


――――――



澪はある日の朝、駅のホームに立っていた。


リュックと、大きめのトートバッグ。

トートの中には軍手、ゴミ袋、雑巾、養生テープ。あとは百均で買った細々。


(掃除道具は持った。消耗品は向こうで買えばいい。大物は……まずタンスとか、ああいうのからだな。ネズミがいなければいいけれど……)


住んでいる場所から祖父母の家までは、電車で一時間くらい。

近くもなく、遠くもない。通おうと思えば通えるし、毎日はしんどいくらいの距離である。


電車が来て、澪は窓際の空いた席に座る。

車窓の景色は少しずつ変わっていった。ビルが減って、家が増えて、家が減って、緑が増えていく。

電車が好きではないが、流れていく景色をぼんやり眺めるのは好きだった。

屋根の上を爆速で走る忍者を脳内に召喚するときもある。


(今日は台所からやろうかな。賞味期限とかあるし)


こういう段取りを考えていると、いつの間にか駅に着いていた。

改札を出ると田舎特有の何とも言えない香りがする。


澪はコンビニに寄って、水とおにぎり、予備のマスクを買った。

埃は肺に悪いのだ。


いろいろ考えながら無意識に足を進める。

角を曲がって、坂を上って、古い自販機の横を通って、最後に細い道に入る。


鍵を開けて、玄関を開ける。


「……ただいま」


勿論返事はないが。一応なんとなく。習慣というものだ。


澪は靴を脱いで上がり、ぱち、と乾いた音をたてて電気をつける。


家の中は、前と変わらずであった。

畳の匂い。古い木の匂い。押し入れの奥の、少しだけ湿った匂いがする。

カビの香りはしない。


澪はまず窓を開けた。空気を入れ替えて、よし、と気合を入れる。


賞味期限の短いものや、長いもので分けて、捨てるものはポイポイ捨てる。



あっという間に夕方になった。

痛む腰をのばしつつ、裏庭に出た。


畑は草が好き勝手している。いつも通りの裏庭だ。

祖父が手を入れていた頃の景色はもう崩れている。畝も境目も曖昧で、ただ緑が濃い。


「やっぱり畑って雑草にとってもベストな環境なんだなー」


それくらいに畑は元気に雑草に侵食されていた。


(これ抜くのは無理だなー。Y〇Utubeで見た熱湯ぶちまけコースかな)


そのとき、ふっと、変な気配を感じた。


風でも家鳴りでもない。視線、というほど強くはないのに、背中の真ん中がむずむずする。

澪は立ち上がって山のほうを見た。木々は重なって、いつも通り黒い。


別段、普段と変わったこともない。

ただ、さっき一瞬、何かの気配を感じた気もした。


「って、気配って。何の達人だよ私は。うー、さぶさぶ。夕方は冷えるなぁ」


少しだけ大きめの独り言が、庭に落ちた。

返事はない。木々も揺れない。


澪は肩をすくめて、作業に戻った。


その瞬間だった。


(……!?)


視界の端に、何か大きな影が動いた。


澪は反射で息を止めた。


(鹿? イノシシ? いや、こんな大きい? いや、逃げなきゃ)


足が一歩、遅れる。

次の瞬間。



意識がぶつりと途切れた。


倒れた感覚はない。

痛みもない。


電源を切ったような感覚だけがあった。




「はい。お疲れさまでした」


声がした。

澪は、目を開けようとして、自分の目がどこにあるのか分からないことに気づいた。

身体も同じだ。手も足も、あるはずなのに、輪郭がない。なのに“自分”だけは、そこにいる。


「また変な夢をみてるわぁ……」


「夢じゃないですよ」


「え?」


目の前から返事が返ってきて、そこにいるのは――人なのかどうかも曖昧な「何か」だった。

はっきりとした輪郭はなく、ただ、そこに「在る」としか言いようがない。

男にも見えて、女にも見えて……なんだかわからない。

間違い探しで左右の目を合わせて、間違いのところだけがふわふわしている。なんというかそんな感じだ。

けれど声は優しい。事務的ではなく、怒ってもいない。妙に落ち着く温度だ。


「さて、早速本題で申し訳ないのですが、まず、あなたは、生前――百回以上、世界を救っています」


「……はぁ?」


澪は思わず素の声を漏らした。

そんな覚えはない。そもそも、私は普通の一般人だ。



「ア〇フガルド。アイ〇ニオン。ル〇。イヴァ〇ース」


すらすらと並べられた名前に、澪の思考が一瞬止まった。

聞き覚えが、ありすぎる。


「って、いや、それRPGの世界ですけども!?」


澪は渾身のツッコミを入れた。


「ええ。あなたにとってはそうでしょう。私にとってはあなたもそうですけれど。まあ、そんなことは些細な話です」


「えぇ……」


何か宇宙の重大な事実をそんなことで片付けられた気がした。


謎の存在はハハハと笑う。


「さて、世界を救うという選択を、あなたは何度も繰り返した。こちら側から見れば十分な『実績』です。そして貴方は基本的にBAD ENDを選ばなかった」


「ええまあ……」


澪はたとえゲームでもGルートみたいなものは受け付けない性格だった。

それが楽しい人もいるのはわかるが、シンプルに趣味に合わなかっただけだった。

とりあえずぬるくみんなが幸せになればいい。まあ、ゲームくらいは幸せなハッピーエンドが良いだろうと思っていた。


「……それで、私は死んだ……んですよね?」


澪がそう返すと、存在は少し間を置いた。

間を置いたのに、急に全部を説明してくれる気配はない。最小限だけ、言う。


「ええ。残念ながら。ということで選ばれたあなたには、折角なので新しい世界に送りたいと思います」


「……え。ちょっと待ってください。ちょっと話が理解できないんですけれど」


「まあ、理解するのは無理なので大丈夫ですよ」


即答だった。


優しい声で、平然と言われた。



「……私、やっぱり死んだんですか」


「はい」


短くて、優しい肯定。


澪は目を閉じる代わりに、意識を沈めた。

悲しい、というより、追いつかない。

でも、もう戻れないことだけは分かる。


「……じゃあ、ええと、送るって……どこに?」


「あなたが生きるには、少し不利な場所です」


「なんで!?」


「まあ、いろいろあるんですよ。で、まあ、その世界にはその世界のルールがありますからね。あまりに逸脱した存在を送り込むと、破綻してしまいます」


「でも、赤ちゃんとか、記憶が無くなってとかだと、多分すぐに死んじゃいますよ」


「もちろん大丈夫なように、用意はしておきますよ。私はアフターケアに定評のある存在ですからね。それにあれだけ徳を積んでらっしゃる。ちょっと大盤振る舞いをしても文句は言われないでしょう」


「ええぇ……」


「さて、ではまず家を。それと、いくつか“特典”を付けます。あなたが気づいたときに、あなたのものになります」


「特典って……その、よくある――」


転生チートってやつですか? と聞こうとしてその前に頷かれた。


「まあ、大きなくくりではそういう理解で構いません」


「と言いますと?」


「とはいえ一気に全部を理解するのは不可能でしょうから、先ずは家のなかを探してみてくださいね」


なんとなくはぐらかされた気がしたが、気分を害してやっぱやめると言われると困るのであいまいにうなずいておく。


「……なんでそこまでしてくれるんですか?」


「そうですねぇ。あなたが一番納得する言い方をするのならば、その方が面白いから、ですかね?」


表情は全くわからないが、楽しそうにしているのはなんとなくわかる。


「……ひとつだけ。私、向こうで……ちゃんと話せますか。言葉とか」


「大丈夫ですよ。開始早々詰まないようにはしてあります。なにかとね」


「“ようには”……ありがとうございます」


澪は、素直に言った。

助けられるなら、ありがたい。二度目の生を与えられるなら、なおさらだ。


「どういたしまして。私へのお礼というなら、なるべく長生きしてくださいね」


存在は、軽く言った。


「さて、目が覚めたら、家の中にいます。外は、あなたが思っているより危険です。まあ、生態系がありますからそれはしょうがないですので。矛盾が無いようにいじる場合は、まあ、やむを得ないものだと思ってください」


「なんとなくわかりました」


「よろしい。では」


世界がふっと遠のく。

澪は最後に、名もない存在に言い忘れたことに気づいた。


「……あの。最後に、あなたのお名前は?」


「そうですね。好きに呼んでください。私は、確たる名前を持っていません。なんでもいいですよ」


それだけ言って、存在は消えた。


そのまま世界が引き延ばされて、一転に集中していった。


――――――



次に澪が目を開けたのは、木の匂いがする天井の下だった。


どう見てもログハウス。

そう呼ぶしかない。山小屋みたいな外見であった。

パット見た範囲内では妙に整っている。


ベッドを押してみるが、ちゃんと柔らかいし、枕も清潔そうだ。


壁は木なのに、今のところ隙間風がない。今は雨季なのかもしれないが。


(……よかった。いずれにしてもちゃんと屋根がある)


最悪、家の前で行き倒れみたいな感じで放り出されたらどうしようと思っていた。


身体を起こすと、室内が一望できた。小さなテーブルと椅子。簡易キッチン。

電子レンジ、コンロ、冷蔵庫。見慣れた形の家電が、当然のように置いてある。


(助かるなぁ。こういうのがあるだけで、だいぶ違う)


そこではたと気が付く。自分の見た目は生前のままだ。服装も掃除向けのラフな、まあ、野暮ったい作業着だった。


(現地の服、とかではないのか)


トイレの扉を開けると、きれいに整っていた。水道も普通に出る。しかもT〇TO製だ。


とりあえず澪は洗面台で手と顔を洗いながら、息を整える。


(……生きてる。空気も変な香りもしない。水も地球と同程度の存在みたい)


テーブルの上に、紙が置いてある。簡単な説明書。火打石。石鹸。それから塩の小袋。

ものぐさ向けという矢印と一緒にファイアーピストンやライターも置いてあった。


「これはツッコミ待ちか……??」


冷蔵庫を開けると、野菜が入っていた。地球でみた種類のまんまだ。

一つ取ってキッチンに置き、もう一度冷蔵庫を見る。――量が変わっていない。減った感じがない。


(あれ。……戻ってる?)


石鹸も塩も同じだった。少し使っても、気づけば元の量になっているように見える。

どうやら、なくならない仕組みらしい。


(無限に出るってことかな。ありがたいけど、さすがに制限はあるよね)


澪は塩を振ったトマトにかぶりつく


「……味うっすぅ……。」


なんていうか、水? 味のないティッシュに色を付けた感じ?


そこで冷蔵庫に付箋が張ってあることに気が付く


<無限だけれど、栄養もばっちり。なお味はお察し。畑に植えたら味もしっかりしたものになるので余裕が出来たらお試しを>


「ゲームのチュートリアルみたい。まあ、死なないようにはなってるんだろうね。とは言えこれ毎日食べてたらげっそりしそう」



気を取り直して澪は玄関を開けて外へ出た。森の匂いが濃い。

……というより、森というより、高原みたいな空気だった。風が軽くて、空が近い。鳥の声がする。


季節は、初夏?か、秋なのか。日本と同じ四季があるのであれば。


(のどかだな。ここが危ない世界って言われても、今はまだピンとこない)


玄関前には来客用なのか、バーベキュー用なのか、小さなテーブルと、屋外用のキッチンがあって、その先は、うっそうとした森と崖。


試しに塩の小袋を持ったままテーブルの端を越えようとした瞬間――手の中が、すとんと軽くなった。

掌を見下ろすと、袋が消えている。


(……外に持ち出せないんだ。うん、そりゃそうか)


少し残念で、少し安心する。

無限に出るものが、そのまま外へ持ち出せたらそりゃ大変だもんね。


「無限に出るんだったら、工場ゲームだと、塩の袋を逆向きにつるしてコンベアかな。まあ、そういうわけにはいかないけれど」


家の中に入ると、塩の小袋は元合ったキッチンの場所に戻っていた。

これは家を片付けようと思ったら中身を全部外に放り出したらいいのでは。と悪い考えがよぎる。


(まあ、でも、生活はできるようにしてくれてる。ありがたいな)


玄関脇には、小さな倉庫があった。

鍬、スコップ、斧。開墾用の道具。ちゃんと、まあ、いわゆる農業スターターセットレベル1が揃っている。


(まあ、さっきの付箋を読む限り、畑をやってみろってことかな。ミニトマトくらいなら育てたことあるしまあ、なんとかなるか)


衣食住がそろえば人間ある程度楽観的になるもんだなと変なところで納得した。


一通りログハウスを見終わった後、ちらっと澪は森のほうへ歩いてみた。

歩ける。息も上がらない。


(重力や酸素濃度も地球と同じか。それともこちらの感覚に合うように肉体が再改造されているのか。まあ、どちらもでいいか)


足元は柔らかい土で、草が短く、妙に歩きやすい。

しばらく進んでも、危ないものは出てこない。風の音と、遠い水音があるだけだ。


今のところ動物の気配は無さそうだ。


(狩猟はまあ、おいおいかなぁ。剥ぎ方とかわかんないし)


戻り道で、ふと地面の跡に目が止まった。

あるラインを超えて、動物?の足跡がちらほら見えた。


(……ここから先だけ?、手前は消えてる?)


ふと、死ぬ直前のあの光景を思い出して、ブルッと震える。


「ヤバヤバ。さっさと帰ろ」


玄関の段に腰を下ろすと、風が頬を撫でた。

静かだ。静かすぎるくらいだ。


そのままぼーっとしていると、だんだん空が赤くなっていく。


「こっちも夕日、なんだなぁ。」


そのまましばらくぼうっとしていると、周りが暗くなってきたので部屋に戻った。


ひねるだけで明るくなる謎のランプをつけ、水源不明瞭の謎のキッチンで簡単な野菜スープを作って、どこに消えていくのかわからないお風呂に入って、とりあえずその日は寝た。


(明日は畑つくるかなぁ)


夜の森は、昼と同じで静かだった。

それが、この森の普段ではないこと。

それに気づくのは、思ったよりも早かった。

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