表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

1_3 滝のほとりのファーストコンタクト

 「えっ――!」


 女の高い声がした。


 緊張が張り詰めていたラントも獣人も、無意識的に、反射でそちらを向いた。


 そこには少女が居た。


 一見、人類。いわゆる通常の人類だ。亜人ではない。

 だが――服が変だ。布地が厚くて、妙に青い。胸当てがついて、肩から紐が伸びている。

 ズボンとも違う。作業着に見えなくもないが、現地のどの村人とも違う。

 黒い長い、ウエーブのかかっていない、つやのある黒髪。そしてその頭には、草? 麦わらで編んだような帽子を被っている。


 鍬は構えていない。

 でも抱え方が、妙に固い。刃を向けるのではなく、柄をぎゅっと握って自分の前に置く。

 ――盾みたいに。

 武器にするつもりはなさそうだ。


 そこまで双方一瞬で考えを巡らせる。


 少女の目が、こちら、人類側へ、次に倒れているティッシを見て少し目を見開く、そして水幕の陰の獣人へ――ゆっくり移る。

 止まって、揺れる。

 視線がいったん外れて、また戻る。戻ってきて、慌てて外れる。


 明らかに挙動不審だ。だが今すぐに襲い掛かってくることは無いだろう。


 農機具を持っている。奥に畑がある。畑があるってことは、少なくとも短期間ではない。定住の可能性が高い。

 定住? この森で?

 畑? 畑? 

 ――悪い夢でも見てるのか。


 疑いが喉まで来て、ラントは噛み潰した。


 今はそんなことより獣人だ。


 ラントは頭の中から謎の少女を押し出す。

 視界の端へ追いやり、目の前の二名に集中する。


 滝つぼの横道に二人。両方獣人。片方は見たことがない種類だ。後方の草食獣人か?

 でかいほうは、濡れた毛並みが身体に貼り付いているが、気にせずこちらを見ている。

 もう一人の小さいほうは、動きが妙に落ち着いている。落ち着いているというより――固まってるのか?


 息や心音が聞こえるのではないかというほどの緊張。滝つぼの音ですら聞こえない位だ。

 息を吸って吐く。その一拍が、やけに長いし、神経を使う。


 その空気におびえたのか、少女が思わず一歩、後ろに下がった。


 ――石がジャリ、と鳴った。


 合図には十分。


 次の瞬間、お互い殺気を放つ。隠す必要もない。先に殺さなければ殺される。


 ラントの指が柄を握り込み、獣人の手が腰へ伸び、

 互いに、気づいた時にはもう抜刀していた。


 が、その瞬間。


 武器は木っ端みじんになった。


 冗談でも比喩でもなく、金属製の武器が、川に貼った氷よりももっと細かく、砂のようになって消えた。

 何の音もせずに。


 金属が割れる音も、木が裂ける音も、何も。

 振りぬいた瞬間、“重さ”が消え、砂のようなかけらが周りに散らばった。


 驚愕をして相手を見ると、相手も同じ顔をしている。


 ……無音。


 ドウドウと滝の音が耳に入ってくる。


 武器が壊れたなら、素手でも殺さねば、殺される。


 ラントは息を吸おうとして、胸の奥で空気が止まった。

 吸えないわけじゃない。吸えるのに、入ってこない。

 喉の内側に、見えない膜が張ったみたいに。


 目の前の獣人も、同じ顔をした。

 鼻先がぴくりと動き、次の瞬間、呼吸が浅くなる。

 肩が上がる。上がるのに、空気が増えない。


 動こうとした瞬間だけ、世界が重くなる。


 ラントの足が、ほんの少し前へ出ようとして――出ない。

 足裏が地面に貼り付いたように重い。

 膝の裏が、冷たい水で固まったみたいに曲がらない。


 いま目の前のこいつを――そう考えた瞬間、胸がさらに締まった。

 息の通り道が、きゅっと細くなる。

 深海に潜ったみたいに、圧が増していく。


 「グウウウ・・!!」


 唸り声で目を向けると、獣人のほうも同じ現象に襲われているようだった。

 でかいほうの視線が一瞬だけ鋭くなる。

 その鋭さに合わせて、空気が一段、重く落ちる。

 もう一人――置物みたいに止まっていたやつは、瞳だけが忙しく揺れた。動けないのに、思考だけは逃げ場を探している。


 これは違う。いつもと明らかに違う。

 あれは「事故で死なない」の話だ。

 今のこれは――殺そうとした瞬間に、殺しに来る。


 蛇に睨まれた蛙、なんて生易しい。

 喉の内側、肺の奥、心臓の拍動にまで、重しが乗る。


 ラントは歯を食いしばった。唾が飲み込めない。

 獣人のほうも、牙を見せるでもなく喉を詰まらせている。


 ――そして、原因みたいにそこにいる少女は。


 鍬を抱えたまま、困惑していた。


 ラントは目線を切った。獣人も切った。

 “殺す”の形を、いったん頭から畳む。


 すると――ほんのわずか、空気が戻った。

 肺の奥に、細い一本の通り道ができる。


 ほっ、と、少女がようやく息を吐いた。


 少女が、唇を開いた。


「あ、あの……、大丈夫ですか?」


 声が震える。喉が細い。

 それでも言葉を落とさないように、丁寧に並べようとしている。


「ここ……私の家の、まわりなんですけど……。何か御用でしょうか?」


 ラントの眉が、勝手に上がった。

 家。まわり。

 意味が繋がらないまま、言葉だけが耳に刺さる。


 獣人の大きいほうが、短く息を吐いた。

 怒った息でも、笑った息でもない。状況を飲み込もうとする息。


 獣人は、肩で息をしながら、少女に尋ねる。


「……何者だ?」


 少女は肩を縮め、鍬の柄を抱え直す。

 武器にする抱え方じゃない。抱きしめるみたいな抱え方だ。


「高木、み、澪……です」


 言った直後、澪の目がわずかに見開かれた。

 ――あ、とでも言いそうな顔で、口を閉じる。


 何かをもごもごといった後、首をひねって、なんとなく、納得しているようなそぶりをする、澪と名乗る少女。


 それを見て、何と言っていいのかわからない獣人と、ラント達であった。


 獣人の小さいほう――マーヤが、喉を動かして言った。


「……すみません。調査であの、迷い込んでしまったのですが……」


 言葉は柔らかい。だが声の芯は震えている。

 震えを隠そうとして、余計に固い。


 澪の目が、獣人へ向いた。

 真正面からは見ない。

 横目で、耳。毛並み。牙。

 視線が合いそうになると、すっと外す。外した先が、砕けた刃の砂。


 ラントは喉の奥が乾くのを感じた。

 何か言えば、この場がまた沈む気がする。


 だから言葉を削る。


「あ、そうなのですね。お二方ともですか?」


 少女はラントの方をみて首をひねる。


「え、ええ。少し水にツレがおぼれてしまいましたが、もう目を覚ますと思います」


 澪と名乗った少女は、ほっと溜息をついた。


「そうなのですね。安心しました」


「あの!」


 マーヤは声を振り絞る。


「我々は調査のためにこの森の端に村を作っているのですが、あの……この森はあなたの持ち物ですか?」


 そのセリフを聞いて、澪と名乗った少女は首をひねった。


「いえ、私も勝手に住み着いているだけですので……。あっ! む……むしろ誰かの土地なのでしょうか?」


「いや。ここは未だだれのものでもない」


ラントは、未だ、にイントネーションをつけてそう言う。


「あ、そうなのですね。」


澪と名乗った少女はあからさまにほっとした様子だった。


その後に、むにゃむにゃいうティッシに目をやって、小さくうなずいていた。


そして沈黙が落ちる。お互い話題が無くなったのだ。


そして今から殺し合いなど出来ようもない。


「……帰るぞ。邪魔をした。正式な挨拶はまた――」


大きい獣人、ガルドは軽く頭を下げて、小さい獣人を引っ張って滝の裏に消えていく。


「……我々もお暇させていただきます。」


 ラントはティッシを担ぎ上げる。軽い。生きている重さだけがある。

 獣人たちも水幕のほうへ下がる。息が、やっと戻ってくる。


 背を向ける直前、澪の声が追ってきた。


「あ、あの……、大丈夫ですか?」


 その声は本当に心配そうにしているようだった。


 だが腐っても、ここは魔獣の森、地獄の最奥だ。この少女が本当に普通の人間なのか疑わしい。


 最善はさっさと帰って、報告をすることだ。と、ラントは考えた。


「ええ、ツレは軽いもんで。では我々もまた」


「お……お気をつけて……」


 何に対しての言葉なのか分からないまま、ラントは川ぞいを歩き出した。





 Side:ラント(現地人類側)


 川岸の砂利が、ぎし、と鳴った。

 音がする。それだけで、少しだけ安心してしまうのが腹立たしい。


 背中で滝の轟きが小さくなる。

 小さくなるほど、さっきの“無音”が頭の中で大きくなる。


 刃のはずだったものが砕けた感触が、指先に残っている。

 重さが消えた瞬間の、あの変な空白。


 ラントはティッシを担ぎ直した。肩にずしりと現実が乗る。

 軽いのに、重い。意識がない人間は思ったより重い。ぐにゃぐにゃしていて持ちにくいのもある。


 戻る道――滝裏側へ入ればおそらく早い。獣人が通ってきたということは道があるのだろう。

 だが、奴らと同じ穴を通ればまた鉢合わせる。さっきみたいに“止まる”とは限らない。


 ラントは川を見た。

 下流へ伸びている。両側は切り立った崖と、うっそうとした森。登るのは面倒そうだ。面倒どころか、たぶん無理だ。


 村の方角とは少し違う。

 違うほうがいい、という下心が胸の奥で小さく頷いた。


 あの澪と名乗る少女に――あの場所から、こちらの拠点の方向を悟られたくない。


「……下るぞ」


 誰に言うでもなく言って、ラントは川沿いに歩き出した。

 濡れた靴が砂利を噛む。音がする。ちゃんとする。


 しばらく、ただ歩いた。

 息を吸うと胸がきしむ。吐くと喉が引っかかる。

 それでも、さっきよりは空気が入る。痛みが遅れて追いついてくるだけだ。その痛みは川で打ったためか、それとも。


 しばらく歩いていると、ティッシが肩の上で、もぞ、と動いた。


(あー……説明、めんどくせぇ……)


 ――そして、これから一番厄介なのは、これをどう報告するかだ。


 武器が壊れた。

 壊れた理由が分からない。

 壊れたのに音がしない。

 その上、あそこには畑がある。


 話せば話すほど、面倒が増える。

 だが隠せば、もっと面倒になる。支給の話が立たない。


 ラントは、口の中でだけ結論を出した。


(……全部言う。言って、グラーフ爺にブン投げる。もう知らねえ)


 それが一番早い。

 早く終わらせて、寝たい。


Side:ガルド(獣人側)


 一方、冷たい洞窟を無言で歩く二人。


 しばらく無言で歩き続け、ガルドは先に洞窟の外に出た。


 後ろで、マーヤが遅れて息を吐いた。

 吐いた息が震えて、それを隠すみたいに咳をひとつ。


「……見ましたか」


 マーヤが言う。声は落ち着いているようで、端が少しだけ乾いている。


「ああ」


「……髪の毛」

「武器だろ」


 同時に違うことを言って、お互い首をひねる。


 ガルドは黙って腰の革を撫でた。

 刃はもうない。残ったのは柄と、粉が付いた革だけ。


 「“人間の術”って言えば楽にはなりますけど」


「楽になるのは報告したやつだけだ」


「……たしかに」


 マーヤは苦笑いして、すぐ真顔に戻る。


「それより……隊長」


 ガルドはマーヤに首をしゃくって、話を促す。


 マーヤが一拍、言いづらそうに口を開けた。

 羊の耳が、ほんの少しだけ寝る。


「あの黒髪……普通の人類じゃないです」


 ガルドは歩幅を変えずに言った。


「変な格好だったな。農具持ってた。村人だろ」


「村人なら、あんな布は着ません。あんな縫い方もしません」


 マーヤの声が、妙に確かだ。

 現場で“違和感”を拾うときの声。


「青い。厚い。胸当て。肩の紐。……あれ、鎧でも服でもないです」


「作業着だろ」


「見たことありません。少なくとも……人類側のどの隊も」


 ガルドはそこで、ようやく思い出した。

 あの少女の“まっすぐさ”だ。


 怯えているのに、逃げない。

 礼儀があるのに、距離の取り方が変だ。

 こちらを見て、すぐ逸らす。逸らすのに、また見てしまう。


 見慣れていない目だった。

 だが、見慣れていないのは獣人に対してだけじゃない。人間に対しても、どこか。


「……味方でもなさそうだな」


 マーヤが、ほっとしたように頷いた。

 そこに、前線の人間(羊)の“立ち位置”が滲む。


「はい。人類側の兵に対しても、同じ顔でした。それに黒髪」


「何かあるのか?」


「人類に黒髪は居ないはずです」


「……確かに見たことねえな?」


 言われたらそんな気がする。戦う相手の髪の色なんていちいち気にはしていなかったが。


「ですよね。なんかあった気がしたんですが……うーん」


 マーヤはのどに何かが引っかかっているような顔をする。


「どうしたもんかねぇ……」


 口に出してしまってから、ガルドは舌打ちしそうになり、やめた。

 舌打ちしたいのは自分じゃない。状況だ。


「まあ、報告は見たままだろ。黒髪の人類一名、畑、武器破砕、殺意を立てた瞬間に息が詰まった。ってな」


「……最後、信じてもらえますかね」


「しらね。それは俺らが気にすることじゃねえ」


 ガルドは木漏れ日見て、目を細める。


(“知っているルール”じゃない)


 ただ一つだけ、確かだった。


 あの黒髪が、澪とかいう女が鍵だ。




Side澪(森の奥にて)


 畑に残された澪は、しばらくその場から動けなかった。


 鍬を抱えた腕が痛い。

 痛いのに、指が離れない。

 抱え方が、武器じゃなくて、ほとんど抱きしめるみたいになっているのに気づいて、澪は自分で自分に驚いた。


 川岸には砂が落ちている。

 金属だったものの砂。

 音がしなかったことだけが、現実味を削っていく。


(ファンタジーだなぁ 何かの儀式なのかな?)


 澪は一歩下がって、次に麦わらのつばを押さえた。

 自分の呼吸が速い。速いのに、声が遅れて出る。


(人がいた、人じゃない人っぽいのもいたけど、自分以外にも人がいた。緊張したけど、言葉も通じた)


 胸の奥がふっと軽くなる。

 軽くなったのが怖くて、鍬を抱え直す。盾みたいに。


(通じるんだ……)


 獣人も言葉が通じた。

 嬉しい、という感情が先に出かけて、慌てて引っ込める。


(共通語なのかな? いや、でも日本語だったようね。――、まあ、いわゆるチートか)


 澪は脳内だけで呟いて、勝手に納得した。


 澪は畑の畝へ目をやる。


 鍬をゆっくり下ろして、澪は息を吐いた。


 よくわからないことは、胸の奥にしまっておこう。


 ここに転生して、ファースト村人?だ

修正しています

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ