二話
「ということで、現世の中学校で青春を謳歌したいです」
「……は?」
翌日、中学校のパンフレットを片手に阿弥さんにそう告げると、案の定『何言ってんだ』みたいな目で見られた。
「昨日テレビの現世チャンネルで見て、あー青春って良いな〜って思いまして!!」
「はぁ……それで」
「現世の中学生に行かせてください」
阿弥さんは深く息を吐き、私の持つパンフレットからゆっくりと視線を上げた。
さっきまでの呆れ顔が、少しだけ――本当に少しだけ、仕事の顔になる。
「……却下、と言いたいところですが」
「えっ」
「“青春に憧れた”という理由だけで現世に行かせろと言われて、はいそうですかと頷くほど、私は甘くありません」
ごもっともです。
思わず背筋を伸ばす。
「ただし、条件付きでなら考えましょう」
「条件……!」
阿弥さんは扇子を畳み、机の上に軽く置いた。
「第一。人間の因果を歪めないこと。病気、怪我、成績、運命……一切禁止です」
「うっ……はい」
「第二。人間関係に深入りしすぎないこと。友達は構いません。ですが、誰かの人生を背負うような真似はしないでください」
その言葉は、少しだけ柔らかかった。
「第三。問題を起こした場合は即時帰還。警察、病院、学校――どこであれ、面倒事を起こした瞬間に終了です」
前科がありすぎて、ぐうの音も出ない。
「そして最後」
阿弥さんは、まっすぐこちらを見る。
「精一杯楽しんでください」
阿弥さんの言葉に、思わず息を呑んだ、その時。
「――あ、じゃあ俺も行くわ」
「行かせません」
間髪入れず、阿弥さんが切り捨てた。
「えっ、即答!? ひどくないっスか阿弥さん!?」
いつの間に入ってきたのか、柱にもたれかかりながら薬師が手をひらひら振っている。
完全に聞き耳を立てていた顔だ。
「そもそも、こいつ一人現世に放り出すの、危なくないです?すぐ騙されるし、漬け物奪われたくらいでブチ切れるし」
「うるさい、この薬びょう神!」
即座に反論するも、阿弥さんは頷いてしまった。
「……確かに、不安要素が多いですね」
「ほら!」
薬師は勝ち誇ったように笑う。
「だから俺が監督役として同行するのが一番合理的じゃないっスか?医療知識もあるし、いざとなったらフォローできますし」
「どうせ仕事サボりたいくせに……」
その瞬間、阿弥さんの目が、すっと細くなった。
「貴方が現世で何をするか、こちらは把握していますが?二人セットで何も起こさないと思っで?」
「え、えーっと……?」
「交番を三つ動かした件を含めて」
「……あれは事故っス」
「事故の定義を辞書で引き直しなさい」
空気が一気に冷える。
(やっぱ薬師嫌い……)
阿弥さんは扇子で机を軽く叩きながら頭を押さえた。
「あ、現世でも仕事はしてもらいますよ」
「えっ」
「えーっ!? なんでっスか!?」
二人同時に声を上げると、阿弥さんはにっこり微笑んだ。
笑顔なのに、目が笑っていない。いつものやつだ。
その笑みのまま、阿弥さんはクッキー缶を持ってきた。
まさか労いとしてクッキーをくれるのでは……!
クッキー缶から出てきたのは大量の紙。
「……これは?」
「貴方達が現世で貯めに貯めまくった領収書です」
「「………」」
「ちなみにこちらは―――」
阿弥さんは、束になっているやつを取り出した。
『破損物修理費』
『示談金』
『慰謝料』
わーすっごい。難しそうな名前がこんにちはしてるぅー。
「凄いですねー。ほんっと、何回も何回も貴方達が問題を起こす度に立て替えていたんですけどね。反省していないようですので立て替えるのやめました」
「御慈悲を!」
「無理です」
にっこりと微笑んだ阿弥さん。
薬師は一歩前に出て、私を指差した。
「こいつ一人で行かせるので俺の仕事免除―――あ、無理ですね。すみませんでした!」
反射神経だけは無駄に良い薬師が、九十度の角度で即座に頭を下げた。
「理解が早くて助かります」
阿弥さんは満足そうに頷く。
「ということで」
扇子を一度、パンと鳴らした。
「バイトなり何なりしてお金を稼いで下さい」
「嘘ッスよね!?」
最後だけ、薬師の声が裏返った。
「いや待ってくださいよ阿弥さん!? 現世の給料でこれ返すの、無理じゃないっスか!?」
「そこは大丈夫ですよ」
阿弥さんは、さらに一枚紙を差し出す。
『返済計画書(百年)』
「長期ローンです」
「地獄より地獄的だ!!」
「ちなみに」
阿弥さんは、にこやかに続けた。
「利子は付きませんが、踏み倒した場合は―――」
扇子が、静かに閉じられる。
「分かりますよね?」
「「…………」」
私と薬師は、同時に背筋を伸ばした。




