一話
「分かっているのですか!?不動明王!薬師如来!」
椅子に座っているガチギレ阿弥さんを前に、正座する。
「今回は警察に追われ、泣く泣く極楽浄土に戻ってきたと......。先週、貴方達の喧嘩で交番が三つも動くことになったのをもうお忘れで?」
「何で分かるんですか?......ストーカー?」
私がハッとした顔で引くと、咳払いをする阿弥さん。
「貴方達が現世で何をしているのか、この極楽浄土の総支配人、阿弥陀如来には筒抜けです!」
隣に座る薬師は阿弥さんを前にデレている。
「我々仏は現世の救いを求める人々を時に助け、時に罰し、導かなくてはいけません。それなのに、貴方達ときたら......毎回現世で喧嘩して物を壊して、まるで疫病神じゃないの!!」
阿弥さんの説教も何度も聞かされれば、右耳から入ってきて左耳から抜ける程に慣れる。
それはもう、次の言葉も予測できるくらいには......自慢じゃないけどお説教の数は一番多いと思っている。
そろそろお説教も終わりそうだなーと思っている時、薬師が軽口を挟んだ。
「そういや阿弥さんって、その薄い服の下って全裸なんスか?」
「うわっ......」
「......は?」
私と阿弥さんがドン引きの目で薬師を見ると、何を思ったのか彼は阿弥さんの手の甲をさすりながら「まいったなぁ......」とデレている。
変態になった薬師のつむじに、阿弥さんが逆手に持った扇子で打撃を入れる。
ドゴッと凄い音がした。
痛そう......。
さっきまでのデレ顔はどこへやら、正座し直す薬師の背筋は伸びていた。
「「申し訳ございません。深く反省しています」」
土下座をしてようやく一時間以上のお説教から開放された。
昼ご飯を食べる前に呼ばれたので、お腹がグゥーと音を立てので食堂へ向かった。
隣の席では薬師が、さっきの爆弾発言のせいで頭を押さえている。
(何で私、不仲な奴と一緒に蕎麦を食べているんだろう......)
蕎麦をズルズルと食べている薬師をチラッと見ながらため息をつく。
「本当、薬師と絡むと面倒事もついてくるよね......。変態薬びょう神に改名したら?」
軽く悪態をつくと、薬師が私の盛り蕎麦に付いてきていた漬け物を掻っ攫っていく。
「あっ!」
取ろうとするも既にドヤ顔で口に入れられていた。
「あぁぁっぁ!!」
「あーうまうま。漬け物の後の蕎麦は美味いなー」
棒読みで蕎麦をすする薬師にふつふつと怒りが込み上げてくる。
「楽しみにしてたのにぃ!!」
薬師の襟首を掴んで揺さぶった。
この漬け物は単なる脇役じゃない!ちょっと濃いめの漬け物を挟んで蕎麦を食べる瞬間の為に私は生きていると言っても過言ではない。
どんなに揺さぶっても平然とした顔で、薬師は口の中の漬け物をもぐもぐししている。
「返して、私の漬け物を返してよ!!」
「食べた物は返せませーん」
あまりにも平然と答えるんだから、逆に怒りがスッと消えていく。
「本当に......最低!」
言い捨てると、何故か少しだけ目を細めた。まるでその反応を待ってましたとばかりの表情だ。
その夜。
今日は珍しく夜遅くまで起きていた。
冷たいほうじ茶を片手に、阿弥さんから渡された反省文用の紙を眠気と戦いながら睨みつける。
どれだけ睨みつけても反省文は怯まない。いよいよ避けられなくなった反省文が、抜き差しならない敵となって私の前に立ちはだかったのだ。
勝負は劣勢。
冷や汗を流しながら、反省文という強敵に良いように殴られてふらふらになっている。
私は視線を上げ、壁の時計を見た。古い飴色の振り子時計。
時刻は既に日付をまたいでいる。
それを最後に私は意識を手放した。




