できた妻
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「ねぇ、ロンちゃんのおばあちゃん、いるでしょ。今日、久々に道で会ったんだけど、なんだか顔色が悪くていつもの元気がなかったのね」
帰宅するなり、妻が話しかけてきた。
「あぁ、あの犬の散歩のおばあちゃん」
ロンちゃんのおばあちゃんとは、ロンという名の柴犬を飼っているおばあちゃんのことで、うちの前がロンの散歩コースになっているため、顔見知りになり、妻はよく立ち話をしているそうだ。
住まいは知らないが、80代で一人暮らしと聞いた。
私も何回か、うちの前で挨拶を交わしたことがある。
朗らかで、背筋もしゃんと伸びたハツラツとしたおばあちゃんの姿が浮かんだ。
「それで心配になって、どうかしたのかって聞いたら、体調を崩して寝込んでたらしいの。ロンちゃんのお散歩もペットシッターさんに頼んでいたそうよ」
「一人暮らしだと心細いだろうね。どこか悪いの?」
「ううん、それがね。詐欺にあったんだって」
「詐欺?」
「そう、キャッシュカード詐欺と言ってたわ。不正利用されたのね」
「あぁ、ニュースで見たことがある。騙される人なんているのかなと思って見てたけど、一人暮しのお年寄りならありえるかもしれない」
「ロンちゃんのための貯金を全部持ってかれたって。それで気を落として、体調まで悪くなったのね」
「被害額は?」
「300万だそうよ。警察に届けてはいるけど、犯人を突き止めるのは難しいだろうと言われたって」
「酷いな。うちも気を付け…」
最後まで言い終わらないうちに、妻が満面の笑みで得意気に言った。
「あっ、うちは安心して大丈夫よ」
「言い忘れてたけど、ついこの間、不正利用されてますからっておまわりさんから連絡があって、新しいカードを交換しに来てくれたから」
「えっ…」
ほどいていたネクタイが震える手から滑り落ちた。