没落令嬢ですが、心霊詐欺の罪で有名堅物騎士に捕まりそうです。助けて。
初めての投稿です。 サクッと楽しく読めるドタバタ心霊ラブコメを目指して書きました。お見苦しい点多々あるかと思われますが、どうぞよろしくお願い致します!
アカリトリン男爵家の経済状況は、火の車だった。
いや正確に言えばとうの昔に車輪は燃え尽き、骨組みだけがガタガタと転がっていると言ってもいい。
領内の長引く不作により賃金を払えなくなった我が家から、使用人が1人減り2人減り……。
これからどうなっていくのかしら……と思って庭を眺めていた時。
「領地の稲のあの症状、稲熱病じゃないかしら」
という言葉がアカリトリン男爵家長女ブレナン、つまり私の口からふと出たのだ。
そこから怒涛のように前世の記憶が流れ込み、私は自分が日本と呼ばれる国に住んでいたことを思い出した。
思い出したのはいいのだが、やったぜ!チートだぜ!!
……みたいな知識は全くといっていいほど出てこない。
だって日本で普通に生きて死んだなら、なくない?そんなの。
領内の小麦に発生した病気は木酢液でなんとかなったけど、それが正直打ち止め。
まだまだ貧乏な家をどうにかせねばと思っていたけど、どうにもならず私は悶々と過ごしていた。
そんな日々が一変するきっかけが、ある日突然嵐のように訪れたのだ―――。
母の友人のミネルバ前伯爵夫人が我が家のサロンに遊びにきたのは、
ある天気のよい秋の日の午後。
旦那さんが亡くなったことでみるみる萎れてしまった友人を見かねた母が、
遊びに来てと誘ったのだ。
その席に、小さな子供がいた方が気分が紛れるかもしれないと私と弟のクリスも同席する。
まあ、4歳の弟クリスは完全に普段食べられないお菓子が目当てだったが。
「ブレナンちゃんは、もう15歳ね。デビューは今年かしら」
「ええ、そうなの。でも、支度がちゃんと整えられてあげられるか心配なのよ」
と、あまり心配が感じられない様子でのんびりと答える。
元伯爵令嬢だった母はうちが貧乏になってもおっとり動じないままで、それが我が家が暗くならない要因だと私は思っているが、その母の表情も別の理由で曇り気味だ。
痛ましいくらいに痩せてしまった友人を心配し、たくさん食べさせようと
せっせとお菓子を勧めている。
「そうだ! うちの次女が着たものを今度贈るから、それを仕立て直すのはどう?
あなた、学生時代から縫製の授業はピカイチだったもの。
きっとブレナンちゃんに似合う、素敵なドレスにリメイクできるわ」
「おばさま! ありがとうございます!」
正直デビューは諦めていたので、私の心が申し出に湧き立つ。
地味貧乏令嬢でも、一応ドレスとデビューへの憧れは装備してるのだ。
(お礼に、私になにかできることがあればいいんだけどなぁ)
どんなドレスにリメイクしようか楽しそうに話す母たちの会話をBGMに、お菓子をぽりぽりかじってぼんやり考えるが、いかんせんうちにはお金がない。
国内でも有力な侯爵家の前夫人でもあるミネルバおばさまが欲しいものが買えるはずもなく。
(お金のかからないもので……私になにかできることってあったかなぁ?)
悩んでいた時、ハッと脳裏に閃きが舞い降りた。
侯爵家はとっても仲の良い夫婦で、私もお屋敷に行くたびに睦まじい姿をみていた。
小さい頃から可愛いがってくれたおばさまの、貧乏な我が家の面々より
痩せ衰えた姿が気の毒すぎて。
(……あ、あれやってみようかな)
気軽な思いつきだったのだ。
この時は。
私は前世で実話系怪談を聞くのが大好きだった。
前世を思い出してから、こちらでも怪談話を聞こうとウキウキで周りに尋ねたのだが、『幽霊を見た』『ゴーストがいる』という話は誰からも聞けなかった。
それでようやく、この世界には妖精もいるし魔物もいるけど、死んだ人という存在の「幽霊」という概念がいないことを知り、大変悔しい思いをした。
死んだら、この国で信仰されている女神の元へ須く召されるのが鉄板のルールらしい。
この世界には、稲川淳二も島田秀平もいないのだ。
なのでこの時わたしは、「幽霊」を知らない夫人相手なら簡単な降霊術もどきでも心をなぐさめることができるのでは? と思ったのだ。
そう、私の前世のちょっとした特技――「催眠術もどき」を使えばそれができると。
女子校時代にYouTubeでやり方を知ってトライしてみたら、なんと友人の中の半分くらいに軽い「催眠」をかけることができちゃったのだ。
といっても、手が開かないよ、ペンが握って離せないよ、とかそのくらいだったけど。
そんなショボい催眠を何人もの友人にかけたことで、催眠術はかかるタイプとかからないタイプが明確にあるが分かった。
魔法や超能力ではなく、催眠術はいってしまえば脳味噌をバグらせて誤った指令を出させる方法だ。
やり方さえ知ってしまえば、誰にでも再現性がある「技術」のひとつ。
こっちの世界と地球人の脳味噌に違いがなければ、おそらく今の状態の夫人には「かけられる」と私の経験が言っていた。
「ねえ、おばさま。うちの領地に、昔から伝わる<おまじない>がございますの」
急にそんな乙女チックなことを言い出した私を、微笑ましそうにミネルバおばさまは見る。
「おまじない?」
「死んだ人と少しだけ、お話ができる<おまじない>なの」
「……私があんまりしおれているから、元気づけてくれようとしたのね」
おそらく、夢みがちな少女が突拍子もないことを言い出したと思っているのだろう。おばさまは寂しそうに笑う。
なので私はなるべく子供っぽくみえるよう、頬をプクッと膨らませる。
「これはうちの領地にある妖精の住む森・カナールの麓にある村人しか知らないおまじないだから、私、きっと本当だと思うのです」
まぁ、大嘘である。
「妖精の……」
この世界は「幽霊」という概念がないだけで、魔術があり妖精もいるので
人外の力が働くことには寛容だ。
なので説得力をもたせるために、妖精の力だという大嘘を堂々とついてみる。
「そう。昔、子供を亡くして嘆いていた村人を哀れんだ妖精が教えてくれたんですって。
本当に、本当に会いたい人がいる場合は、このおまじないで短い間だけど、亡くなった人の姿が見えるらしいの。
バカバカしいと思われるかもしれないけど、やるだけやってみません?
私もおじさまにもう一度会えるなら会いたいわ」
私が会いたいというテイで推し進めてみると、母からも援護射撃がきた。
「ミネルバ、やってみたらいいじゃない。
万が一もう一度会えたら、儲けものでしょう?
子供のわがままに付き合わせて申し訳ないけど」
ニコニコしながら、お母様が言う。
いつもノンビリしていて世間知らずと言われる天然系の母だけど、こう言う時の笑顔の押しの強さは最強なのだ。
「……そうね。じゃあ、お願いしてみようかしら」
昔からの友人もおばさまも、その笑顔に弱いのだろう。
苦笑しながら受け入れてくれた。
そうと決まればと、急いで準備にかかる。
客室に厚いカーテンを引き、一本の蝋燭の明かりだけを残す。
そして弟のクリスに夫人の手を握らせて、隣に配置する。
別に弟でなくてもいいんだけど、幼児の体温で手先をホコホコにする必要があったのだ。
そうすると、人間は眠気が出てくる。
そのあとは扉をしっかり閉め、沈静作用のあるハーブティを勧める。
密閉した部屋で脳味噌を軽い酸欠状態にさせ、ボーッとした状態に強制的にさせるのが目的だ。
これが、催眠にかけるための第一段階。
そのあとは1時間くらい、<おまじない>……つまり催眠術とはどういうものかを説明する。
これは正直、内容は二の次。
催眠は理論があって、不思議なものではないとう安心を与える意味もあるが、半分以上は退屈な説明を繰り返すことによって、やっぱり眠気をマックスにさせるため。
その頃には、脳味噌が半覚醒状態くらいになる。
退屈な説明を聞いて、対象者の目がトロンとしてきたら「かけ時」だ。
「目を瞑って、想像してください。
おばさまは、いま1人で広い草原にいます。
風が吹いて、草が擦れる音が聞こえてきます。
遠くを見ると、大きな木があるのが見えます。
そちらに向かって、草原を歩いていってください。
いい天気で、とってもいい気分です。
どんどん進んでください。
木のそばまできましたが?
その木には大きなウロがあいていて、そこを覗くと、そこから――――」
と、催眠にかける段階を踏んでいく。
続けるうちにだんだん夫人の体の力が抜けていくのを見て、私は内心ガッツポーズをする。
催眠にかかった人の特徴が出ている。
「―――3、2、1のかけ声のあと、目をあけたらおばさまの目の前には、会いたかった旦那様が、ひさしぶりにあなたに会いにきてくれてますよ」
私は、極力ゆったりとした単調な音程で言葉を紡ぐ。
「3、2、1。はい、目を開けてくださいまし」
そう言いながら、私はドキドキしていた。
薄暗い客間。
重たいカーテンの隙間から、うっすらと差し込む陽光。
蝋燭の灯りが、壁に怪しい影を揺らめかせる。
雰囲気づくりは完璧。
(どうか、かかってますように!)
ゆっくりと目を開けた夫人をドキドキしながら見つめていると、彼女の瞳から、ゆっくり涙がこぼれた。
「あなた……あなたなのね、アルベルト!」
目を潤ませた婦人が、空中に向かって手を伸ばした。
(かかったーーー!)
寝不足で判断力が落ちてるところに、催眠の段階を踏めば催眠がかけらるのではと思ったのだが、実際にうまくいってホッと息が漏れる。
きちんと彼女は、亡き夫を視れたらしい。
私には、彼女が手を伸ばした先に何も視えない。
もちろん、母にも。
母は不思議そうに、夫人が涙ながらに話すのを眺めている。
5分ほどだろうか、アルベルト様の幻と夫人が話したあたりで私は声をかけた。
「そろそろ終わりの時間です。
目を閉じると、深い眠りにつきます。
次に目がさめたときには、頭も気持ちもスッキリしていますから」
そう告げて、私は彼女の瞳を掌で覆う。
するとしばらくして、寝息がきこえてきた。
あまり長く催眠にかけると弱った人の体には負担がかかるから、このあたりが頃合い。
母と弟を促してそっと客室を出ると、母がじっと私の顔をみつめていた。
「ブレナン、ひとつ確認するけど。
うちの領地にあんな<おまじない>、ないわね?」
「えーーっと。……ハイ、ないです……」
どうやってごまかそうかと思ったが、さすが母だった。
「あなた、変わった特技があったのねぇ」
その一言で、あっさり納得してた。
友人の安らかな寝顔以上に大事なことはないらしい。
さすが私の母である。
寝れていなかっただろうおばさまは、そのまましばらく寝た後すっきりした顔をして
感謝の言葉をたくさん残して帰っていった。
(騙しちゃったけど、愛する嫁が元気になったんだ。
亡くなったおじさまも許してくれるでしょ)
もらうドレスのお礼くらいできたかな~なんて考えていたら、後日
うちの3ヶ月分の月収がかかってそうなデビュー用のドレスが届いたので
腰がぬけるかと思った。
さらに、さすがの顔の広さの前侯爵夫人。
私の「秘術」のおかげで立ち直れたと方々で言ってくださったおかげで、我が家には、死者に会いたいという人からの連絡がくるようになり、それぞれから、「お礼」が……もうたんまりと……。
それに味をしめてしまって……。
みんな喜んでくれるし……。
そんな綺麗事を建前に私は、催眠詐欺をズルズルと続けてしまっていたのだ。
あの人が我が家を訪ねてくる、あの日まで。
***
その日は雨の季節がようやく終わり、とても晴れていた。
貧乏な我が男爵家は馬車をもたないので、雨の季節は出かけることが困難になる。
貴族はあまり、歩いてでかけてはいけないらしいのだ。
ましてや雨の日は特に。
貴族、泥に汚れるべからず。
うちの家族は気にしないのだが、汚れた貴族を見かけた平民のほうが気になるらしいので、この晴れ間を逃してなるものかと、細々とした仕事を片付けに父は馬に乗って朝早く出かけ、母は母で、雨の間に乏しくなった食べ物を買いに市に出かけていた。
だから、この屋敷には私と弟しかいなかった。
祖父が貴族相手の詐欺にあって事業に失敗し、ドがつく貧乏男爵家として有名な我がアカリトリン家には使用人なんて素敵なものはいない。
それゆえ、鋼の侯爵と呼ばれる美貌の青年が我が家の扉を叩いた時、家の掃除途中だった私が、汚れないように捲ったスカートの裾をしばったまま扉を開けてしまったのも、しかたがなかったのだ。
「お母様! またお財布忘れていったの?
もう! お買い物にはお金がいるの……」
元伯爵家の令嬢だったお母様は、ちょっと浮世離れしたところがある。
物を手にいれるのにはお金を払わねばならないことを、たまに忘れてお金を払わずに帰ってきてしまうのだ。
またお金を持っていくのを忘れて戻ってきたのかとバーン! と扉を開くと、そこに母の姿はなく、目を見張るような良い男が1人驚いたような表情でたたずんでいた。
あまりの予想外な出来事に、私は思わずその姿を不躾にも上から下までじっくり眺める。
お顔を見るのに首が90度曲がってるのでは? と思うくらい高い身長と、筋肉がしっかりついた体躯。
黒髪短髪で、整った精悍な顔立ち。噂に疎い私でも知っている有名人。
侯爵家の嫡子にして王都騎士団の副団長――スミス・ソニアン、その人だった。
表情がいつだって石像のように無機質なので「鋼」のあだ名がついたとの噂で
魔力も多く王家の剣とよばれる王都騎士団で、若くして副団長に上り詰めたという天才。
属性盛りすぎでは? と、噂を聞くたびに思っていた王都の有名人がそこにいた。
(わ、わたしの令嬢人生……終わったかもしれない)
未婚の女性にあるまじき、素足をニョッキリ出した私の姿を見て目を見開いたスミス様だったが、さすがその二つ名に恥じない冷たい表情にスッと戻ると、目線をずらしてこちらを見ないようにして話し出す。
「取り込み中に申し訳ない。
最近、夫人方に詐欺行為を働いているというアカリトリン家の令嬢のブレナン嬢にお会いしたいのだが」
「まあ……これだけ近くで見ても痘痕のひとつもないわ……。
魔力って、肌の代謝もよくする効果もあるのかしら?」
「私の肌質については置いておいて、質問に答えてくれないか?
あと、魔力にそんな効果は発見されていない」
おっといけない。
あまりの事態に考えていたことが口から出ていたらしい。
「ああ、申し訳ございません。
私が、ブレナン・アカリトリンでございます」
我に帰ってお辞儀をするとともに、さりげなく括っていたスカートの裾を解き笑顔を作った。
「それで、詐欺行為とはなんのことでしょうか?」
我が家の大ピンチである。
ここで引くわけにはいかないのだ。
私はニッコリ笑って、鋼の騎士に相対した。
とりあえず客間に通したスミス様は、まさか貴族の屋敷に使用人が皆無で、令嬢が自ら茶を淹れるとは思っていなかったのだろう、居心地の悪そうな顔で座っている。
2人きりになるわけにはいかなかったので、部屋で寝ていた4歳の弟も急遽運んできたので、さらに困惑していた。
ちなみに、お昼寝の時間真っ只中なので、まだ私の隣で寝ている。
「さて。
先触れもなく! 我が家を訪れたということは、お急ぎのご用事があられたのですよね?」
先触れもなく! に、多少の嫌味を込めたのは、足を見られた腹いせと
喧嘩はカウンター勝負だという信条によるもの。
スミス様は、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ここで、死んだ者と対話したという者がいるという噂が流れている。
そのような詐欺行為を、王立騎士団は見逃せぬ」
「なにを仰いますやら!
なにをもって詐欺と判断なさったのですか?
私はただ、みなさまの心を癒して――」
認めるわけにはいかないので、とりあえず誤魔化そうと喋り出してみるが。
「死んだものの肉体は滅び、魂は女神の身許に召される。
2度と会うことは叶わぬ。
死者に会えると騙っているというなら、詐欺という他あるまい」
ズバァン、と直球に鋭くえぐられる。
(やっぱり終わったか、我が家)
私は絶望の縁を見た気がしたが、しかしここで諦めるわけにはいかない。
チラッと、横で眠る弟・クリスのカワイイ寝顔を見る。
クリスはいま4歳。
6歳から貴族が通う王立幼年学校が始まる。
ここに入学できなくては、貴族の生まれでも貴族として扱ってもらえなくなる。
入学費用を捻出するため、私は絶対に稼がねばならない。
家族のためにも、一か八か――!
覚悟を決めると、私はスミス様の目をみつめた。
「では、試してみますか?」
私はニッコリと笑った。
その場しのぎにしかならないかもしれない。
でも、彼が噂通りの人物なら。
幽霊が“見える”催眠術、かかってくれる可能性はある。
スミス様が怪訝な顔をする。
「……俺がか?」
「ええ。
もし亡くなった方が見えたなら、信じてもらえますよね?」
スミス様はしばらく私を見つめていたが、頷いた。
「ふむ。一考の余地はあるか」
「ただし、それには2つ条件がございます」
スミス様の前に、ピースサインをニュッと突き付ける。
「私をお疑いかとは存じますが、いったん〈絶対に見える〉と信じてくださること。
もう一つは<本当に>会いたいと思っている、亡くなった方を思い浮かべてくださることが条件です。可能でしょうか?」
これには、長い無言が続いたあと。
「ああ、わかった」
彼はしっかりこれにもうなずいた。
***
いつものように部屋をセッティングし、弟もしっかりスミス様の隣にセットし催眠術をかけていく。
彼が噂どおり素直で実直な人柄なのなら、催眠術はかけやすい。
催眠術にかかりやすいタイプは、素直、疑いをもたない、実直なタイプなのだ。
あと、これまでの経験で魔力持ちは不思議な力に体を委ねることに慣れているので、
他の人よりかかりやすい手応えがあったのも後押しになった。
手順を踏んで催眠術を施し、いつも通りの「3、2、1」のカウント後に。
目をひらいたスミス様の眉が、ピクリと動く。
(我が家の運命がかかってるのよ!
かかっていますようにーーー!)
祈る様な思いで見つめると――。
「……いる」
ブレナンは喝采を心の中で叫んだ。
(視えてる!? やったわ!)
スミス様の視線は、虚空をまっすぐに見据えている。
そして、ぽつりと呟いた。
「……母さん、だ」
それを聞いた瞬間、一瞬にして全身を寒気が駆け抜けていった。
ブルリと震えて、なぜこんなに寒いのかと部屋を見渡すと、スミス様の前に、ふわりと浮かび上がったなにか――微笑む一人の女性が視えた。
黒髪に優しい笑みを湛え、スミス様に似た清楚な女性が。
(な……なんで私にも幻が視えてるの!!!??)
スミス様はゆっくりと立ち上がり、母の幻に手を伸ばす。
その手は空を切ったが、彼は構わず、震える声を絞り出した。
「……あのとき……酷いことを言ってしまったのを謝りたかった。
ずっと……謝りたかったんだ。
でも母様は死んでしまったから……伝えれれなくて」
スミス様は唇を噛み締める。
女の幻影は静かに微笑むと、スミス様の頭を撫でるような仕草をしたあと、ふわり、と消えた。
まるで「大丈夫よ」と言うかのように。
(まじで!? 幽霊!!?)
今まで催眠をかけた人の幻影が、自分に視えたことはなかった。
それはそう。
だって、催眠術で脳味噌に虚像を作らせてるだけだったから。
でも。
それでは、今の幻影は説明がつかない。
スミス様は、しばらくその場に立ち尽くしていたが、振り返って私を見たその黒い瞳には、
確かな感情が宿っていた。
「……ありがとう」
小さく、でもはっきりと。
その言葉に、私はびくりと肩を跳ねさせた。
(絶対私の力じゃないんですけど!?)
「俺が十歳の時、王都郊外の山道で、馬車の事故が起きた事故で母が亡くなってな。
その日の朝、些細な言い争いで母と喧嘩してしまって」
『お母様なんて、嫌いだ!』
そう言って、出かける母の見送りもしなかった。
そしてそれが、最期になってしまった。
「あの日、母が出かけてしまうのが寂しくて駄々をこねて、酷いことを言ったまま、2度と会えなくなってしまったことを、ずっと後悔していた。
今日、謝ることができて本当に……よかった」
鋼と呼ばれた男の瞳がわずかに潤んで見える。
感動的。いい話。
でも、申し訳ないが私はそれどころではない。
「い、いえぇ……どういたしましてぇ……」
ヘラリと笑いながら、頭を高速回転させる。
(なんで私にまで視えたの……)
可能性をいくつかあげてみる。
(スミス様は、この国最高の魔術師だわ。
催眠にかかって……死者を視るという不可能を叶えるため、無意識化で新しい《死者の幻を出す》という魔法を作り出して、それで私にも視えた?)
(もしくは、本当に幽霊を魔力で呼び出し……て……?)
仮説はいくつか思いつくが、ちんけな詐欺師には手に負えない事態に、私はひきつった笑顔を浮かべるしかない。
しかし、スミス様は満足げに頷いている。
「……あなた、いや、先生はすごいな」
(やめて、ハードル上げないでぇぇぇ!!!)
私は、誰にも届かなかい悲鳴を心の中であげていると、そのチグハグな我々の空気に可愛い声が割り込んできた。
「おねえちゃん、あの人だあれ?」
いつのまにか起きていた弟のクリスが、キョトンとした顔で明後日の方向を見ている。
私は、クリスの視線を追ってビクッと飛び跳ねた。
「な、な、何っ!?」
クリスの視線の先にいたのは――血まみれで薄ら透けた男。
派手な衣装に、きらびやかな羽飾り。
舞台俳優のような格好だったが、顔は真っ青で、腹には刺し傷がある。
「テンプレ幽霊ーーーーー!!!」
クリスは見慣れない人物を客人と思ったのか、「クリス・あかりとりんでっしゅ」と挨拶している。
可愛い。
しかし血塗れの透けてる男性をずっと見せておくのは、教育に確実によくない気がする。
「クリス……!食堂に、おやつが用意してあるわよ。
食べていらっしゃい!」
部屋から弟を出してホッとして振り向くと、スミス様は男を眇めるような目で凝視していた。
「……お前、ジャック・アンダーソンか?」
俯いていた幽霊は、その言葉に顔をあげゆっくりとうなずいた。
私はその名前に、憶えがあった。
「それって新聞に載ってた、王立劇場の殺人事件の被害者の……?」
「そうだ。恋人の歌姫との痴情のもつれで殺された劇作家なんだが」
「その事件も、騎士団がご担当をされていらっしゃいますの?」
「王妃のお気に入りだったので、王都騎士団が駆り出されたんだが……」
スミス様は、空中に浮いた男・ジャックを見て思案げな顔をした。
「昨日の新聞で、劇場の歌姫が犯人で捕まったと拝見しましたわ」
劇作家と歌姫の痴情のもつれからの殺人ということで、けっこう大きな騒ぎになっていたと思う。
来週から劇場でかかるという人気劇作家だった被害者の遺作のチケットは、入手困難だと書いてあった。
「彼女の部屋から、凶器のナイフと未発表のジャックの戯曲が発見された。
次作で主役を下ろされることを不満に思った歌姫のアリアが、ジャックと度々、言い争っていたのを見たと証言もあったからな。
シナリオを盗んで我がものにして、別の劇場で主役の座を得ようとしたと言うものもあって、彼女の部屋を調べたら、証拠の未発表の戯曲が見つかった」
ジャックは、首を横に振りながらなにか言いたそうに口をパクパクと開閉してる。
私とスミス様は、無言でその様子を眺める。
「……恐れながら。
なんか、めっちゃ違うって雰囲気だしてしません……?」
スミスは、不機嫌そうにこちらを見る。
「確かにな」
やっぱ、スミス様にもそう見えてるのか。
じゃあ、おんなじものが視えてるな……。
わたしは、ゴクリと息をのみつつ確信に触れてみる。
「捜査……間違ってたんじゃないでしょうか」
途端に縦に揺れるジャックの首。
(真犯人をどうにかしないと、こいつ消えない……とかなの?)
困ってスミス様を見ると、熱い眼差しこちらを見つめているのに気づいた。
(やばい!!!!)
不吉な予感に私は必死に首を振ったが、スミス様は容赦なかった。
「先生は、亡くなった姿を見せることも、声を聞かせることもできると聞きました。
では、こいつの言うことも聞くこともできるんですよね?!」
「ちが、ちがうんです、御婦人方が聞こえたのは、そう!
みなさま、縁があったからで!
ええと……!この場合は、無理なんじゃないかなって!」
「では、被害者と縁のある場所なら聞こえますかね?!」
「無理無理無理無理無理無理!!!」
強制連行される形で、事件現場へとひっぱっていかれたのだ。
***
事件現場、国立歌劇場。
死体こそないが、劇場の楽屋には血痕が生生しく残っていた。
そして、しっかりついてきている被害者のジャックがその跡の上に俯いて立ち竦んでいる。
「さあ先生!被害者と縁の深い場所にまいりました。
ここなら被害者の声を聞くことができそうでしょうか?」
期待に目を輝かせているスミス様を見ると、「おねえたん、しゅごい」と尊敬してくれる弟を思い出す。
庭で虫を捕まえてあげると、そんな目で見てくるのだ。
(ええい! ダメで元々だったじゃない! ままよ!!)
「紙とペン、あと銀貨を一枚ご用意くださる?」
前世で培った、怪談チャンネル好きのスキルを遺憾無く発揮してやるんだ!と
開き直って机に座ったものの、実際紙を前にすると悩んでしまう。
「鳥居って……こっちの世界だと、なに?」
霊の言っていることを聞きたいなら、これしかない。
そう、私はこっくりさんをやろうとしてるのだ。
でも実際に用紙を用意しようとして、鳥居の存在がネックになる。
「別にいらないか……ま、一応女神のシンボルでも書いとこ」
正式な儀式ではないので、どうせ始まりと終わりのマークにしかならないのだ。
なのでこの世界の教会に祀られる女神の紋を中央に書き、その脇にイエスとノーと書き
その下に、こちらの世界のアルファベットにあたる文字を書いて仕上げていった。
もう、やけっぱちである。
詐欺師と騎士、そして幽霊本人ジャックによる奇妙な異世界こっくりさんが始まった。
私は、銀貨にそっと指を置く。
「スミス様、こちらの銀貨の上に人差し指を添えてください。
始める前に大事な約束がひとつ。
この儀式が終わるまでは、絶対にコインから指を離さないでくださいませ。
女神様の紋にコインが戻った時が、儀式の終わりです」
スミス様がうなずくのを確認してから、ジャックをみる。
「そしてジャック様。
スミス様の質問に、このコインを動かすことでお答えくださいまし」
(幽霊に話しかけてるよ、私。……正気の沙汰じゃない……)
冷静な自分は、心の墓場に埋めておく。
「では、始めましょう。スミス様、ジャック様にご質問を」
スミス様がうなずくと、低い声で質問を始めた。
「ジャック、お前を殺したのは恋人で歌姫のアリアだな?」
すると。
銀貨が、ぴくり、と震えた。
途端に、私の背筋を寒気が抜けていく。
「ひ、ひいいいっ……!」
思わず悲鳴を上げるが、銀貨はスルスルと紙の上を滑り続ける。
ルール説明の時に、スミス様と私が指を添えていただけではピクリとも動かなかったコインがスルスルと「ノー」に動く。
(動いた……!こっくりさんのフォーマットってこっちの世界でも通用するのねぇ!)
仕組みはさっぱりわからないが、コインは動いたのだから仕方ない。
あまりの事態にちょっと意識が遠のく私とは違い、スミス様は衝撃に目を見開いている。
「違う? では、犯人は誰だ?」
その問いに、ジャックの指が再びコインを動かす。
再びの寒気が私の背筋を駆け上がる。
歯の根が合わなくなり、指先が震えてコインを抑えるのが難しくなる。
スミス様も異変を感じているらしく、ブルリと体を震わせた。
部屋が冷えこみ、2人の呼気が白くなってきている。
《ヒ》《ユ》《ズ》《ニ》《ヌ》《ス》《マ》
すごい勢いでコインが動く。
腕がもっていかれるかと思うくらいの力。
(まずい。暴走しそう)
あまりの勢いにコインをスタート位置に戻そうとするが、思った方にまったく動かすことはできない。
その間も、コインはすごいスピードで紙の上を滑る。
《レ》《ニ》《ワ》《バ》《ラ》
さらに室温が冷えていくような気がして、私は慌てて叫ぶ。
「ここまでです!
ジャック様、女神の元にお戻りください!」
さらに力を込めてコインを紋に戻そうとするが、どこか別方向に動く力に阻まれる。
「スミス様、コインを女神の紋の場所にもどしてください!」
彼も異常を感じていたのだろう。
「わかった!」
言うやなや、スミス様がものすごい力でコインを中央の紋に戻す。
(ば、ばかヂカラ……!)
王都騎士団の実力を変なところで実感する。
呆気にとられている間に、ずっと感じていた寒気がすっとおさまり、指が自然とコインから離れジャックの姿も消えていた。
(女神の元に戻ると私が言ったことで、スミス様もジャックが女神の元に戻ったと思って、幽霊をみせていた彼の魔術が解けたってこと……?)
(それとも、やっぱり本物の幽霊が……?)
大混乱の私を他所に、スミス様はジャックの示した文字を思い出している。
「ヒユズ――ヒューズか?劇場主の名だな……。
その後は……ニヌスマレニワバラ?
ヒューズに盗まれた? か」
「では、その後はニワバラ……庭と薔薇でしょうか?
ジャック様のお住まいには、お庭はございますの?
そちらに薔薇があれば、そこになにかあるということでしょうか……」
「ふむ。 では、とりあえず行ってみましょう」
スミス様が立ち上がる。
「わたしもですかぁぁぁぁ?!」
「またジャックが出てきたら、先生のお力が必要になりますから!」
スミス様は、悪意なし100%の真面目顔である。
(もう出ませんってば……)
そう喉元まで出かかるも、負い目のある詐欺師は何も言えず。
泣きそうになりながら、私はついて行くしかなかった。
――王都郊外。
ジャック・アンダーソン邸。
人気のない庭に、二つの影が佇んでいた。
「ほんとにやるんですか……?」
「当然だ」
即答だ。
目の前には、咲き誇る白バラの花壇。
風に揺れるその花々が、どこか不気味に見えるのは気のせいか。
カッ、カッ、カッ――
しばらく薔薇の下を掘ると、スミス様の手元のスコップが硬いものに当たった。
素早く土をかき分ける。
「……あった」
そこにあったのは、防水布に包まれた木箱。
開くと、紙の束と一通の手紙が入っていた。
手紙を書いたのは、ジャック本人。
劇場主と揉めていて、書き上げた最高傑作と思える作品を土産に、恋人の歌姫アリアと共に他の劇場への移籍を考えていること。
最近、不審な事故が周りで頻発していており命の危険を感じていることが記されていた。
1幕目と2幕目のシナリオは、制作中に劇場主には見せてしまっていた。
念のため、3幕目のシナリオをここに埋めておくので、3幕目がない状態で劇がかかったら、犯人は劇場主だと手紙は締め括られていた。
「……これで決まりだな」
その横で、私ははぐったりと座り込んだ。
「……疲れましたぁ……」
スミス様はちらりと私を見て。
そして珍しく、ほんの少しだけ口元を緩めていたのを、私は見ていなかった
2日後。
冤罪で捕まっていた女優マリアは、無事に釈放された。
手紙にあった通り、劇場では1、2幕のみの歌劇がかけられようとしていた。
劇場主は3幕目のシナリオの存在をスミス様が告げると、
「どうりでおかしいと思ったんだ……。
あいつが悲劇を描くはずないから」
そういって観念したらしい。
1、2幕は身分の差で結ばれない恋人同士が、心中する話で終わっていた。
それでも悲恋として完成度の高い作品だったという。
しかし。
3幕目は一転し、2人が死んだのは誤解で手に手をとって新天地に逃れるという結末で、ジャックがマリアを歌姫に描くにふさわしいエンディングだった。
自由の身になり泣きながら感謝するマリアに、スミス様は無表情で一言だけ。
「……礼は、あの方に」
マリアは、戸惑いながら私を見た。
それはそうだろう。
だって、見かけはただの令嬢で中身はだたの詐欺師だ。
私は、必死に笑ってごまかす。
「い、いやぁ、そんな、大したことじゃないですよぉ……?」
誤魔化しながら、ジャックの手紙を渡す。
庭に埋められた手紙は、彼女に宛てたものだったのだ。
「劇場主が犯人だ」との締めくくりのあとに、「愛してる」という劇作家にしてはシンプルだけど大事な一言があったから、スミス様にお願いして彼女に渡す許可をもらったのだ。
目を通したマリアは、ようやく止まった涙を再び大きな瞳から溢す。
「新作の戯曲、劇場主は新しい歌姫に歌わせたかったの。
私よりうんと若くて、可愛い子。
だけどジャックは、自分の描く作品は全部私が歌姫だって譲らなくて」
ジャックとマリアが言い争っていたのが目撃されていたのは、新しい歌姫に……と身を引こうとしたマリアにジャックが怒っていたからだった。
いわく、世界で1番の歌姫にしか自分の歌劇は歌わせないと。
その諍いを利用して、シナリオを奪いマリアを追い落とす計画を劇場主がたてたのが今回の事件の全てだった。
「……絶対に、歌うわ。
2人も、観にきてね」
そこには恋人を殺された悲劇の女性ではなく、プライドに燃える歌姫がいた。
***
その夜。
王宮で、スミスは友人と酒を酌み交わしながらこう言っていた。
「……すごい力をもった者を見つけた」
「へえ!君がそんなことを言うなんて相当だね。
どこの誰だい?」
スミスは真剣な顔でうなずく。
「ブレナン・アカリトリスという令嬢だ」
「あの貧乏男爵家の娘さんか……。へぇ~」
この友人が、ただの同僚だったらどんなによかっただろう。
この国の次代を担う王太子だったのが、私の不運の元だった。
――こうして、私の知らないところで「奇跡の霊能令嬢」という
謎の噂が王都に広がり始めるのだった。