ムールオシオルの背に乗る
ムールオシオルの背に揺られ、程なく森の中を進めば、目の前には広がる草原が現れる。そして同時に、その先の光り輝くジエジオラ湖の湖面が飛び込んで来る。
湖畔に在る、エルフ達の食堂も同時に目に入る。
何時もの景色なんだけど、見ると嬉しく、何処かで懐かしさを感じさせる景色。
「ムールオシオルだって、走るよね?」
目の前に広がる草原を見て、トゥクルトッドドゥーの背中を思い出した。
「駆けよう、トキヒコ!」
そう言うが早く、リュバックとロダッズが走り出した!まるで子供の様に。速い!
先に駆け出した2エルフを追う様に、ムールオシオルが走り出す。
一瞬、小刻みな脚の動きが繰り返されれば、直ぐに跳ぶ様にムールオシオルは走り出した!
速い!跳ねる様に駆ける!あっという間に先を行くリュバックとロダッズに追い着いた!(エルフ達は、恵まれた体躯と発達した筋力を持ち合わせ、地球上なら無敵の超人に近いかも。)
そのまま、彼らの事をあっさりと置き去りにするかの様に、ムールオシオルは駆け抜ける!
「あははははー、お先に〜」
駆けるムールオシオルは、ジャンプを繰り返す様に駆ける!その背中は挙動も凄いが、疾走感が半端無い!
そして、リュバックとロダッズを追い抜き、彼らとの差は広がる(別に競争では無かったけど)。しっかりとムールオシオルの首を抱えつつ、目には前方の景色が飛び込んで来る!全身に強い風を受ける!
凄い!凄い!スゲー!速い!速い!速っえー!
そして先頭に立ったその先で、私は見事に振り落とされた。
「あがー!」やっべぇ!調子に乗り過ぎた!
草原の地面へと叩き着けられ、、、はずが、リーザにしっかりと抱き止められる。
「ああリーザ!」どんな動き?あの疾走に追い付いていた?
「トキヒコさん、ご無事で?」
何事も無かった様に、それこそこの場でしゃがみ込んだのを支えられたごときに、リーザに覗き込まれる。
「ふぅ〜、リーザありがとう、助かったよ。ちょっと調子に乗り過ぎたな」反省。
ムールオシオルは少し心配顔か?リーザの横から回り込むように私の顔を覗き込んで来た。
「お前はスゴイやつだなぁー!」
強い四肢を持ち、跳び上がるダイナミックな走り!
見た目以上の俊敏さと力強さ。
ムールオシオルの首を抱え、ウシャウシャと抱きしめた。固い。
「トキヒコさん!私にもギュっとして下さい!」
あれ?リーザがムールオシオルに妬いた?
「もちろん!改めてリーザありがとう、助かったよ」
お礼のハグ、ギュっ。でも人前なんですが。
「でもリーザ、どうやって、」
どうやって、あの疾走とも言うべきムールオシオルの走りに追い付いた?リーザの足が強いのは知ってる。でも、
「トキヒコさん『術』ですよ。」
イタズラっぽく、リーザが微笑む。
エルフが魔力を行使して『術』を使うのに詠唱とか呪文は唱えない。でも、強き『術』を発動させるには、多くの“魔力”の消費が伴うはずだ。
強き魔力、、、日常での生活や行動からは一歩離れる様な特別な行為に位置するだろう。
例えば物を動かしたり、遠くへ思いを伝える、自分の肉体を越える事など、内に秘める魔力の量なり大きさに影響される(量だか大きさって、私では見えないけど)。
エルフの皆は、その内に魔力を秘める。だけどエルフの誰もが自由自在な魔法使い相当とは行かない。
ある意味リーザは一般的なエルフを越えている。その事実、エルフを一段越えた“ハイ・エルフ”と呼ばれる括りでもある。
リーザが多くの魔力を内に秘めるのは、自身の鍛錬も有るけど、その多くはエルフ王家に流れる邪竜を起源とする血の流れに関わったから。
「造作もございません事。」
ありゃ、ザーララさんみたい。リーザ、ザーララさんを意識した?
リーザが少し、垢抜けている様に感じる。
リーザは人間社会で暮らして来て、私の居た世界、別の世界の事柄を多く吸収した。
それは社会構成であり、文化、人種、宗教、生活習慣、科学、歴史、戦争、、、人間の持つ想い。
だけど、多くを知ったとせよ、人間社会、特に日本の社会では多くの事が憚かられる。深く理解したからこそ、民族が持つ生活習慣と倫理感、それに加え謙虚や遠慮が美学とされる場面も知る。だから、知り得た知識を十分に発揮する場が無かった、素の自分で過ごせる時間も無かったのかも知れない。
だけどここはエルフの里国だ。ここでは遠慮は要らない、、、と言うか、遠慮する事は逆に難しい。
一通りの事は相手に伝わってしまう。だから見繕う事は不要な事、嘘なんかは通用しない。
自分の想いが容易く伝わる反面、隠し事は難しい。だから、ありのままなんだ。『ありのまま』で居ないと、この世界で暮らして行くことは適わないだろう。
そんな世界で生まれ暮らして来た者が、人間の社会構成に入り込んだ。
そこでは多くの制限が有ったのだろう。
私達の世界は国や種族や地域による決まり事が有る。法律だ。
だが、法では括れぬ決まり事や慣習などは、そこで暮らす者でしか分からない、肌身で感じて理解するしか無い場合も有る。組織などの掟であるならもっと他者では知り得ない。
それは秩序を保つ為に、その時代や先代の時代で自分達が決めた事、守らなければペナルティを受けてしまう。
私の暮らして来た世界、それは補償と縛りで構成されていたのだろうか。
何も縛りを持たなかった者が、多くの決め事や慣習の有る中にやって来たならば、その場に合わす事は必須なのかも知れない。その結果、言いたい事が言い難い、やりたい事がやりずらい。その上、エルフの呼吸や聴力の行為と変わらない『術』の使用を禁止させていた。
オレは罪深い。
ひとりのエルフの自由を奪っていた。それもオレの都合で。
「トキヒコさん、どこかを痛めましたか?」
ああ、少しだけ意識の深い所で考えていたか、、、オレが20年エルフと付き合って来て、得た技で有り、癖だな。
「トキヒコー!」
リュバックとロダッズも追い付いて来た。
「いや、リーザのおかげでこの通り」
オレは罪を償えれるのだろうか。
リーザの『ありのまま』が、もっと見れれば、私の罪の意識は薄れるだろうか。それは新たなリーザを知る事に近い。
今更ながら、私がリーザの事を知らな過ぎなんだ。
エルフは感情を表に出さない(苦手な面もある)。
リーザは私と暮らすにあたり、人間は相手の意識や感情を読み取る事は出来ない事を理解し、私に寄り添ってくれる形で感情を表に現す事を行って来た。
感情表現は、人間の意思疎通のひとつでもある。リーザはそれがすっかり板に付いたと思って来たが、実際はどうなんだろう。
だけど、垢抜けて見えるリーザって、エルフ達の中に居たら、よほど人間ぽかったりして?
それはそれで問題かも知れないけれど、まぁいいっか。
その後は徒歩にて、エルフ達の湖畔の食堂へと歩いて進んだ。
「ムールオシオル、すっげぇなぁ!」
ムールオシオルは私に擦り寄る様に共に歩んでくれている。
その首に手を掛け、反対の左手はリーザと手を繋いで。
ムールオシオルはエルフ達の家畜の一種として飼われている事が多い。
今日『借りて』来たのは、リュバックがジエジオラ湖で漁を行った釣果を運搬する者が飼っているモノだと。
毎朝、ジエジオラ湖で漁を行い岸へと戻れば、100頭近くのムールオシオルが待っていると。
背中に両籠を下げていたり、台車や荷馬車に繋がれたモノ。
魚や貝、食用の亀などが籠に入れられれば、誘導するエルフや御者が居なくとも、ムールオシオルによって多くのエルフ達の里へと、リュバックの釣果は運ばれる。
ムールオシオル、賢さと従順さも持っている。
だけど、その光景を私は見た事が無い。
だって、朝の早い時間だそうだから。
でも一度位は、リュバックを中心にロダッズとシエックが手伝っているというジエジオラ湖での彼らの漁を見てみたいとは思っている。遊び仲間として、エルフの里国で親しくしてくれている仲間として。
ただなぁ〜漁師の朝は、早い、、、。
ジエジオラ湖の湖畔の食堂へと到着すると、ムールオシオルのために水を用意し、ここまでの道中を労った。
「今日は無理やりに連れてこられたのか」
大人しく屈む、ムールオシオルの固い背中を撫ぜてやる。
ムールオシオルは、あれ?寝ちゃたみたい。そうだよなあ、いつも朝が早いからなぁ。今日はオレに付き合わされて迷惑を掛けたな。
皆で揃って建屋に入れば、私が昨日書いた我が住処の『設計図』を広げて、座り込んでいる者が居る。ザドエッタだ。
ザドエッタ(ザドエッタ・ブドゥワック)はストラシィ(建てる者、大工相当)で『西家建者』の呼称を持つ、建築関係いわゆる大工さんだ。
『エルフ湯』を建設した際には、その現場監督を務め上げた。
「ザドエッタ、久し振り。今日はどうしたの?」
握手をして、再会のハグだ。だけどザドエッタは戸惑う。
まあ、初対面の時も握手に戸惑っていたからなぁ。ハグは、やり過ぎたか。(挨拶の握手という行為をエルフは知らない。)
エルフは改めての挨拶なんか交わさないし、その動作も無い。それは普通にお互い伝わるから。
(しかし、トキヒコにハグをされたザドエッタをリーザはその横に立ち、牽制する意識を向けていた事をトキヒコは知らない。)
「我らにて、呼び申した。」
「おお〜、そっかオレの住処を作るに大工さんを呼んでくれたんだ。ありがとう。それでザドエッタ、こんな感じのステキなマイハウスを作るのは可能かな?」
あれ?なんか一歩引き気味だけど。
「トキヒコ殿、住居として見慣れぬ形状と成りましょう。尚も船舶の趣きも持ち、なんと申しましょう、、、」
ん?ちょっと引かれているのは、オレのステキなマイハウスの設計図の見た目から?それかちょっと難しいの?まさか、変だと思われてる?
「トキヒコ殿、此れなるが住居ともなれば、、、住居とするに奇妙と言い表しても良かろうか?」
なんでだよー!オレ設計のマイハウスが、そう見えちゃうの?
「『造する舟の者』どう思おう?」
ロダッズはオレが書いたこの住処設計図(イメージ図)を最初に見た時、船を想像したみたいだけど、ザドエッタも似たイメージを持ったのかなぁ。
二人は言葉も少なく、何やらやり取りが始まったみたいだけど、エルフ語分からないし、声の無いやり取りも含まれている様で、この会話のテーブルには着けない。
ちょっと手持ち無沙汰を感じて、屋内を見回せば、
「あれぇ?」
あっ位置図が、オレの、オレ達のエルフの里国の地図が~!
貼り出されている。その上、紙が左右と下面に増やされ足されて、多くの絵や図が描き加えられている。
リーザ、リュバックと共に張り出されている(付け加えられている)位置図の壁に歩み寄った。
「リュバック、オレ達の地図が貼り出されてる、、、」
だけど、元々描き始めたロールプレイングゲームの様なディフォルメの効いたイメージとは違う。
森や木や建物の大きさもバラバラで、個々に見れば緻密で素晴らしいイラストであり絵なんだけど、混沌だ。
エルフの里国が混沌とした異世界になってる。
ディフォルメなんだから、モノの大きさがバラバラだったり、現実さから離れてもいいんだけと、ひとつ一つを表すモノがこうもリアルだと、なんかおかしい。見ていて頭が混乱しそうなぐらい。
「トキヒコさん、こちらは?」
リーザが困惑気味かも。
「うん、少し話した私の住処を作るにあたって、その場所探しの為に書いた地図」だけど、足されている。
「場所と成りますか。」
「そう、住む場所。」何時もの3エルフは、何処でも自由に決めればいいって言っていたけど。
「希望としては、リーザの住居、王宮から余り遠く無く、私は歩くしかないから。それで猛獣の類が出ない比較的安全な森の中で、近くに小川なんか流れていたら最高!」なんだけど。
「トキヒコさん、私の出生の里でしたら、トキヒコさんの想像するに近き場はございましょう。」
リーザの出身地『ホーリョンの里』かぁ。別段悪くは無い。幾度か訪問もしているから知らない場所でも無い。
ただ位置的には、ジエジオラ湖を中心にしたら、そこから南西に向かって進む事になり、少し遠いかも。
「うーん、確かに悪くは無いかも知れない。だけど何か、何処かで誰かに頼ってしまう事が前提になってしまうような、、、」
やはり、どこかで誰かに頼ろうとしている事は否めない。
でも実際は、水を一杯得るのにも私一人では無理な話しだろう。
それなら逆にいっその事、誰も寄りもしない、それこそ人里離れた未開の地とか。
「あ〜、何処でもいいって言ってくれても、それはそれで悩みようの無い悩み」実際、エルフの里国の全てを知る訳でも無いし、一部分だとしても、知ってる場所とかは限られてる。
自分の持つイメージに当てはまる場所を単純に探して当てはめればいいかと思っていたけど、景色が載ってる写真集を見たり、場所を紹介するような観光案内も無いからなぁ。なかなか、すんなりとは行かないよな。
知らないから、選択のしようが無いし、、、『自由に決められる』の自由に届かないよ。
あー、エルフの里国を写した、航空写真が有ったらいいのに!