トゥクルトッドドゥーの守護王、虹男の理由
不明成るトゥクルトッドドゥーの『虹男』の話しを聞きながら、歩いて灰色の世界と緑の森の際まで来た。
リーザとユーカナーサリーも私の側に続いてくれている。
灰色の際、そこは線でも引いたかの様に、灰色と緑がくっきりと分かれていた。
「毒性だかの水の影響で、こうもハッキリと草木が生きる所、ダメな所が分かれてしまうものなのか」
地面に塩を撒くと、確かに雑草の駆除にはなるけど、その後そこで植物は育たない、死地になってしまうと聞いた事がある。
さっき虹男から伝わって来た情景だと、この先も荒野みたいな場所だったのに、今では緑溢れる豊かな森だ。
こんなにも、二つの土地が、豊かな緑と死んだ灰色の対比が、、、生死の境界線の様だ。
「確かに、こんなになってしまった土地で、暮らす事は出来ないな」
だけど生まれ故郷を離れなくてはならないなんて、人間の引っ越しや移動とは違う、そこには種の生存に関わる為の旅路だったなんて、、、行き着く宛も無く。
この土地の地下水が何処かに流れないのであれば、悪い水は循環されずに、影響を与え続けているのだろうか。それが何年、何百年と。
失われた自然は、再びは戻らないと言うけど、どれぐらいの時間が過ぎれば、この場所に緑が再び着く事が可能になるのだろう。
、、、緑が戻らなければ、再び暮らす為には、、、今、この土地には、戻れない。
そんなことを考えながら、不思議な景色を見ていたら、ユーカナーサリーが一歩、私の前に歩み進んだ。
「トキヒコ、動くで無い。」
突如として女王ユーカナーサリーの観測に掛かった強き波動。
(「此れ程の破裂するやの波動、其も突如として興すか。一体何者である?」)
女王ユーカナーサリーが珍しく身構える。
どうやら、緑の森の奥より、何者かがこちらに向って来るようだ。
その速度は、決して速くは無い。
だが、目の前の木々が大きく揺れ出し、地響きの様な振動が伝わって来る。
そして、女王ユーカナーサリーが大きな波動として捉えられた者が姿を現す。
一瞬、夜が来たかと思わせる程の大きな影に当てられる。
(「黒き、何よりも大きく、」)
何者にも臆する事なく、只、その者は現れた。
姿を現した者は、トゥクルトッドドゥーであった。
全身真っ黒、漆黒であり輝きを放つ体。だがその体躯は優に一般的なトゥクルトッドドゥーの倍である!
その姿を見た者は、恐怖心が呼び起こされてしまうが如き。
「此れ程の体躯を持つ者が居ようとは、」
巨大であり、黒き姿のトゥクルトッドドゥー。
ユーカナーサリーの興す結界には掛からなかった者。成らば悪意などは無い。
だが、女王ユーカナーサリーは、自然と身構えた。
「おっ、ブラック・ボスじゃん。久し振り〜」
エルフの里国における、野生のトゥクルトッドドゥーの王とトキヒコが(勝手に)位置付けた者であった。
「相変わらずデカいよなぁ〜、怪獣かよ。まったく、何食ったらそうなるんだよ」
トキヒコは、再会の喜びを表すのみ。
トキヒコに『ブラック・ボス』と呼ばれた黒きトゥクルトッドドゥー。
その体躯に似合わず共、トキヒコに対し従順に体を擦り沿わす様にトキヒコへと寄る。
ブラック・ボスが取った位置、自然とトキヒコと虹男とを割る位置であった。
黒きトゥクルトッドドゥーも、未知成る存在から、トキヒコを守る行動を取っていた。
「太っとい足!そんで艶々だ!」
トキヒコはそんなブラック・ボスの取った行動に意も返さない。ただただ再会とその体に(勝手に)触れさせて貰える喜びを表しているだけだった。
黒きトゥクルトッドドゥー、トキヒコに触れられるも嫌がりもせず、ただ受け入れる。
「でもどうしたブラック・ボス?ここはエルフの里国の外だろ?」
たぶん、エルフの里国からは、虹男の背に乗って遠い所まで来たと思う。
ブラック・ボスは、エルフの里国の王、女王ユーカナーサリーの庇護の下となるトゥクルトッドドゥーとは違う。言わば”野生”に暮らすトゥクルトッドドゥーである。
そもそもブラック・ボスの行動範囲って、知らない。
「お前の行動範囲は、その体と一緒でエルフの里国の中では収まらないのかもな」
お前は何処まで行けるんだ?何か羨ましいぞ。
ブラック・ボスは、オレの知らないエルフの里国の外の世界を知っているのか?スゲーな!
黒きトゥクルトッドドゥー『ブラック・ボス』は、虹男の持つ波動に呼び寄せられた。
それは同種が持つ性質であった。
だが、2体のトゥクルトッドドゥーは、トキヒコを介して引き合った。
「なんと、、、トキヒコの知る者であったとは、」
ユーカナーサリーは少し言葉を失い掛けた。
『虹男』と『ブラック・ボス』は対峙と成った。
片や過去に於けるトゥクルトッドドゥーの王との存在に位置し、片や現王と呼べる存在と成ろうのか。
それは互いが持つ、種の頂点に近付きたる気質、言わばプライドの対峙。
トゥクルトッドドゥーの本質に争いは無い。
だがブラック・ボスは、トキヒコを守りし位置を取った。
それはトゥクルトッドドゥーでありながらも、トキヒコに殉じる気概を持つ者。
それはかつてトキヒコに自身と仲間に救いを差し伸べられたから、トゥクルトッドドゥーの恩義は深い。
未知成るトゥクルトッドドゥーの『虹男』と『ブラック・ボス』は、お互いがお互いを測り合う。
そこには『反する者』か『共に在るべき者』か、野性が持つ本能が前面に押し出される。
虹男は知る。
言葉を交わさず共、意識を通じず共、
何者をも恐れぬ存在、
伝わり来る、強き意思、
伝わり来る、溢れる程の、圧倒的な生命力!
危険に先んじ、我らに身を挺する気概。
虹男は知る。
自身の想いを託せる者が存在する事を。
そして自分に生命力が宿っていない事を。それは自身が生死を越えてしまっている、摂理に反する在り方を知る。
(『「人間スルガトキヒコは、エルフを介さぬ我らとも通ずる。
全ての我らに対し、等しき意識を向かわす成れば、、、其は、吾が行えし事で有るのか、吾では、、、
この者こそが、其の成れ、、、此れぞ、ありのままである。
疑う事など何も無し。」』)
トキヒコは温かい熱に包まれていた。
「また、、、虹男、、、何だか温かい、、、」
虹男に触れたが、そこに生きる者の肉体が持つ、温かさが伝わって来なかったのに、、、
なのに何か今、虹男の持つ”気持ち”や”想い”と繋がった感じがする。
未知成るトゥクルトッドドゥーの虹男、今トキヒコに寄り添う。
『「スルガトキヒコ、、、生とは、、、続け様事。なれど個としての生は限りが或る、、、
その限りの中にて、何を行おう?」』
そう、オレは命の限りを持つ。
それはエルフより、リーザより短い時間。
「虹男は、“死“を超越したって事なの?」
不死の者、死を超越した者がいるとしたら、、、それは生を持たない、物質と変わらないって、女王ユーカナーサリーが言っていたけど。
『「吾は何も越えてはおらず、ただ、」』
不明成るトゥクルトッドドゥーの思考が巡る。
「ただ?何?」
『「吾はただ、“死“へと向かえられずと成ろうのか。単に“死“に届けていずと成る、、、」』
う〜ん、女王ユーカナーサリーが言われた様に、虹男は生と死のどちらでもないのか?
『「成れば、人間スルガトキヒコは生を持ち、過ごそう事か。」』
「それは、」
いつも誰かに問われてる。オレも自分に問い掛けてる。
『何故生きる』かと。
「それは、美味しい物が食べたいから!」
今のオレなら、こう答えられる!
さくらも何時の日にか言っていた。
生きる、お腹が減る、食べる。生きる、、、
冗談かと思ったけど、特に自分が生きる為の使命も無ければ目的も曖昧だ。
そんな私が生きる理由なんて、特には無いのだろう。
だから、さくらの言った事はひとつの真理かとも思った。
「この『美味しい』は、豪華な食材や美食ばかりでは無くって、好きな人と一緒にだったり、仲間達だとか、何処かの景色を見たりしながら、嬉しい気分で食事が摂れたら、それは何物にも適わない。
まぁ、ある程度お腹が減っている事が前提だけどね」
それは、思い出作りなのかも知れない。
今現在の事、過去の事、そのままの状態で未来に持って行く事は出来ない。
だけど思い出なら、記憶として、自分が持つ”想い”として、それを持って未来に進める。
「そう、美味しいモノを食べれば、未来に行ける。先に或るだろう世界に向かえる。オレは未来が見たいんだ」
『「未来、先成る世界、、、其がスルガトキヒコの真理、生を求め様事由。」』
「まあ、そうだね」真理だなんて、大袈裟だけどね。
『「未来、其には何が在る?何が待つ?スルガトキヒコは先成る刻にて、何を見、何を求めし。」』
わっ、色々聞いて来た!だけど、
「未来は、今は無い」
『「無い?」』
「ああ、今まだ未来は形作られてないから。だからそこに、今は何も無い。だけど何かが待っている。未来は、必ず在る」
「未来は今、作られている途中だ。それは1秒先、一分先、刻一刻と未来は形作られて行く!」
だから今日より明日、明日より明後日、、、そしたらその先に何かが有るかも知れない、誰かに会えるかも知れない。
(『「其の先、、、」』)
「今日、虹男と出逢ったのも、オレからしたら未来に進んだから。そしたら其処に誰かがいた、虹男は居た、だから出逢えた。そんな所かな」
「オレが生きる事に意味や使命なんて無いかも知れない。だけどオレは見たいんだ、未来を見たいんだ。だからオレは生きるんだ」
『「今の刻の先、、、未来が在る、、、」』
「じゃあさ、トゥクルトッドドゥー、何故生きる?」
何が、トゥクルトッドドゥーに限らず、オレ以外の命を持つ者は何故生きる?!
『「我らは続けるが為に。」』
「続ける?」
『「我らの生がこの地に刻まれ、記憶と成る刻を続ける。」』
「星の記憶ってやつ?」
『「其は我らの使命ではなかろうか。」』
命持つ者の使命か、
「じゃあさ、トゥクルトッドドゥー以外の命持つ者は、別の使命を持つって事?」
何かがきっかけで、消えてしまった種、絶滅してしまった者達は、その土地なり星の記憶となり、その使命を果たしたらかなのか?
『「他の者が持つ使命と成ろうのか。」』
「ちなみにオレは、使命なんて持って無いけどね」
使命なんて持っていたら大変だよ。
だけど使命って、何かの形で皆が持つモノであるのかも知れない。
『「うむ、解らぬな。スルガトキヒコよ、果たすべき使命等は、、、実際は解らぬモノやも知れぬ、、、」』
『その生を土地に刻む(記憶させる)事』
不明成るトゥクルトッドドゥー『虹男』も、その結果は見ていない。実際にどうなれば『刻まれた(記憶された)』事になるのかの答えは持っていなかった。
『「未来、、、吾と我らが生を繋げる事、其はスルガトキヒコの未来と等しきか?」』
(『「吾の答え、我らの答えは何処にある?」』)
「そうだな、言い方は違っても、根本は同じかもね」
(『「先の刻へと向かえし事と比べれば、吾の使命は取るに足らぬ事か、、、未来、其には生が有る。」』)
『「そう、、、人間スルガトキヒコよ、我らの生の営みに対し、求めし答えなど無いのやも知れぬ。」』
『「生に由し答えなど、、、必ずしも揃わなくも良いか。」』
『何故生きる』答えなんて無くてもいい、、、オレもそう感じた。
『「だがしかし、人間スルガトキヒコが見よう未来、我らも見るに値しか。」』
「ああ、トゥクルトッドドゥーも生を繋げて進んで行けば、未来は必ず来るから」
「だけど、どんな未来が待っているのかは誰にも分からない。だから自分で見に行くんだ」
(『「我らも共に、、、」』)
「だけどさ、虹男はトゥクツトッドドゥーの理に反していないか?」
今、トゥクルトッドドゥーが生きる使命は、その生をこの地に刻む事だとして、虹男が生きていないのだったら、使命はどうなった?
それを死んでしまっても続けるなんて、、、だからか、虹男自身が使命を果たしたと思えないから、留まっているのか?
「肉体を失い、死を迎えた者がその意識だけをこの地に留める。おかしくないか?」
『「スルガトキヒコ、吾は知った。吾が今確かにズレ、歪みを持とう事を。」』
『「だが同時に、吾の使命の到達も知った。」』
虹男は何を知ったんだ?
『「吾が我らを護りし刻は過ぎている。それは生の限りであった。だがしかし、」』
『「吾は知った。強き意思を持つ者の存在。」』
『「其れは託せる存在。」』
『「人間スルガトキヒコは、エルフと繋がらぬ我らとも繋がる。我らと我らを繋ぎし者。」』
(『「何時しか再び、、、我らの繁栄、続く刻を、、、」』)
(『「成らば、吾の使命は終わりを告げ様刻と成る。」』)
う〜ん、虹男が何を言っているのか、いまいちピンと来ない。
「何か変な事を言っちゃったかも知れないけど、まぁでもさ、理なんてどうでもいいじゃん」
誰かに迷惑を掛けてしまっているなら、問題だけどね。
「虹男、オレ達の出逢いは、何処かで引き合う所があったのかな」
女王ユーカナーサリーは、オレと虹男には縁が無かったって。
でも縁なんて、今出来た、今日出来た。そんなモノでしょ。
虹男は言いたい事があった。それを少しはオレに向けられたのかな。
トキヒコと未知成るトゥクルトッドドゥーの虹男は繋がった。
虹男は同族であるトゥクルトッドドゥーへ、トキヒコはエルフの里国にて暮らす者達へ、それは仲間を想う心。
トキヒコと虹男は種を越えても、持つ想いは同じであった。
『「人間スルガトキヒコ、少なくとも吾は汝を測れたと思おう。」』
「そぉ?」
あー、なんか点数でも付けられちゃうの?
未知成るトゥクルトッドドゥーの虹男、今の刻、僅かな時間と表せ様か、だが、多くの事を知り、認め、
それは悟りに近いモノであったのやも知れない。
『「未来、先の刻、其は必ず在る。故に吾らは出逢い申した。」』
「ああ、そうだと思う」
(『「だが、、、だか、吾は最早、、、」』)
「『吾らは再び会う事は無かろう。」』
「えっ、なんで?」
『「吾は理に反する事に気づき申した。」』
さっき聞いた。
『「人間スルガトキヒコ、汝に感謝の念を贈りし。」』
感謝の気持ち?なんで?
どっちかと言うと、気持ちより『物』の方がいいんだけど。
『「吾は、この地に戻りたかった。汝が見、思うままの死の地やも知れぬ。」』
『「だが、何物にも替えれぬ物は有る。吾はこの地に再び戻りし刻を求め、生を繋げた。」』
『「其が吾自身に掲げた使命であり、生を果たすべき目的。其を知り申した。」』
『「今の刻、同時に個としての生を果たす事が叶った。」』
未知成るトゥクルトッドドゥーの『虹男』、ふっと空を見上げた。
『「汝スルガトキヒコ、我らの事、頼もうぞ。」』
トゥクルトッドドゥーの王であったと位置する者。その意識は姿と共に消えて行った。
トキヒコを包んでいた温かな熱、それも同時に引いて行った。
「いや待て!虹男!」
そんな勝手にどこに行くんだ!
オレ達は、まだ会ったばかりじゃないかー!
虹男、、、
「リーザ、虹男が消えちゃった」
「トキヒコさん、」
「今の今、語り合ったのに、出逢えたのに、触れていたのに、、、何で、何処行ったんだよ、、、」
虹男、何処に行った。透ける身体で隠れちゃったのか?
「トキヒコ、彼の者は旅立ったとでも表そうか。」
「ユーカナーサリー、、、」
いや、何か泣けて来た。
「其に、恨み、辛み、後悔の念、何も無き。」
旅立ったって、、、虹男はトゥクルトッドドゥーの先頭に立ち、永い旅を行ったようだったけど、、、この旅立ちは、別れでしかない、、、。
「見上げ、送り出せば良き。」
ユーカナーサリー、、、オレは無理だよ。死を理解し、死者を送り出す事なんて、、、
トキヒコは女王ユーカナーサリーに習い、空を見上げた。
「虹男はトゥクルトッドドゥーの幽霊だったのかな、、、そして、成仏でもしたって事なのか、、、」
なんだよ、何なんだよ。
たとえ虹男がトゥクルトッドドゥーの幽霊だったとしても、折角会えたのに、知り合えたのに、何であっさり消えちゃったんだよ。
『護りし者』はどうすんだよ、誰がトゥクルトッドドゥーを守って行くんだよ、、、いや、トゥクルトッドドゥー、強いわ。
トゥクルトッドドゥーの虹男が霊的な存在であったとしても、トキヒコにすれば別れであった。
相手がどんな存在であっても、トキヒコは悲しみに包まれていた。
そんなトキヒコの想いを感じ、巨体の黒きトゥクルトッドドゥー『ブラック・ボス』は、トキヒコに寄り添う。
「ああ、ブラック・ボス、、、」
ブラック・ボスは何を感じたのだろう。
「なあブラック・ボス、虹男の事、どう思った?」
ブラック・ボスに見つめられるも、返事は無い。
「普通は無いよなぁ〜」
何だよ、いつになったらトゥクルトッドドゥーは、オレに意識を飛ばして来るようになるんだよ?!
やっぱ、トゥクルトッドドゥーの新種じゃないと、ダメなのか?
虹男、戻って来い!
それでお前が新種であったと言ってくれ!し。