ドローガ・ドロゼワゥ トキヒコの失敗
「ドローガ・ドロゼワゥ」
私は平常心で、目の前の樹木に意識と体を委ね、樹木達の持つ流れの中に入って行く。
コレは普通の事。
ここまで歩いて来て、その歩みのままに、樹木の中へと。
外から見ている者が居たら、木の中に消えた様に見えるのかも。
トキヒコは、リニジュカより与えられた事象である、樹木が興し持つ流れへと乗り、樹木間の移動を行う。
そしてそれを自身が得た技と証し、名を付けた。
実はトキヒコが得た事象に名を持たした事は、トキヒコに取り必要な事であった。
「ドローガ・ドロゼワゥ」自身が発声する事により、それは認識となり理解へと続く。
変に考え、理屈っぽく思うトキヒコにとって、『技』と証し、名を付けた事は、あながち無駄な事ではなかった。リニジュカの事象に連なるには最低限の必要性であった。
この流れ(?)の中では、歩こうが座ろうが、ピョンピョンと飛び上がろうが、何も制限も制約も無い。
ただ、周囲と景色が変わっただけ、部屋にいたり、草原を歩いているのと変わらない。特別な場所に居るとも思わない。
そして行くべき目的の地を思い浮かべ、向えばいい。自由に進めばいい。
でも、どこまで続いているのだろう、どこまで行けるのだろう。
そんな疑問とも取れる意識は、湧き上がる。
それか、向うべき所が全く知らない所だったり、有りもしない場所を選んでしまったりしたら、、、どうなる?
「まあ、単に『行けない』だけなんだろうなぁ」
だけど、問題は無い。
「さっき見た、あの先の樹木に向って行き、そこから出れば次の樹木に向えばいい」
「今いる場所と、先に見える木を目印にして進めばいい。それを繰り返し、繋いで行けばエルフの里国の外に出るのも問題無い」
それはトキヒコがこの世界に於いて、抱えていたジレンマのひとつが解消される事。
「エルフの里国中を見て回りたい。そしたらその次は外の世界へ!」
だが、人間社会で当たり前に使っていた車もバイクもこの世界には無い。
だから自身の移動には限界が有る。制約とも思えてしまう不自由さを感じていた。
不自由、、、元居た世界にあって、コチラには無いモノから感じてしまう想い。
それはどうにもならない事。だからトキヒコは自分が『不自由』と思う事は極力排除し、考える事すら忘れようと思った。
しかし人間は強欲だ。
無ければ無いで、俄然求めてしまう。
だからトキヒコは浮かれていた。
「『ドローガ・ドロゼワゥ』。この『技』が有れば何処へでも行ける。誰かに”魔力”を行使してもらわなくても、誰かの背を借りなくても、自分の力で遠くへ行ける!」
トキヒコは、喜びに満ち溢れていた。
私は目を瞑り、樹木の流れを進んでみた。
「どこまで続いているのだろう。どこまで行けるのだろう」
そんな事を想いながら。
「そうだ!チャルネコットの所とか、里長ダダージュダの里とか、イインジュさんの魔術師の国とかにも行けるのかな?」
そこに、私の体の幅位の『木』が有れば行ける?
色々と試してみるのもいいかも!
トキヒコの想いは巡る。
「まさか、あの場所まで続いていたりして?」
森や野山を思った時、自分が幼少を過ごした裏山を思う。
エルフの里国に居ようとも、森へと入れば子供の頃に駆け回った裏山の景色は連想される。
「まあ、モノは試しで」
木は木だ。
エルフの里国の樹木も裏山の木も変わらないだろう。
いや、違うか。
深く考えたり、観察して比較した事は無かったけど、世界が違う。
生き物達も似ているけど同じでは無い。だから草や木や花だって、、、。
「まあまあ、モノは試しだ。やってみてから考えましょう」
私は、幼少を過ごした裏山を想いながら、外へと出てみた。
トキヒコがエルフの里国へと移住を果たす前の現代社会において、トキヒコの元へ、理界を越える者が現れていた。
ヘイイアンデユンズィギュオ国の王、イインジュ・ブュヤ・ギュオワン。
『魔女達の世』の者達。
オッゴン コット ヴェシチク、猫尾族のチャルネコット。
エルフの里国、母王ジール。
ザーララ、、、。
彼らは全て、エルフの里国に残された『スルガトキヒコの存在の跡』を起点としていた。
強き魔力を持つ者にとれば問題は無い。
強き魔力が無ければ、魔力を組み合わせば良い。
では何故、スルガトキヒコの“跡”は別の理界の場に残り、存在したのであろう。
田舎暮らしのトキヒコが遊びの場所としていたのは、もっぱら山中や雑木林の中。
時にはひとりで、ある時は友人達と、多くの時間を過ごして来た。
春から夏には昆虫採集に通い、秋であったら木の実や山菜集め、冬場でもそれは変わらず、何かを見つける為に。寒い時期は、さすがに家に籠もる時間は多かったが。
野生の自然薯を掘った事もあった。
奥にある池で泳ぎ、水草が体に絡まり溺れそうになった。
木から落ちて、一瞬、息も出来ず動けなくなった事もあった。
生で食べたキノコでお腹を下した事もあった。
渋柿は、正しく見極めた。
そんなトキヒコは、森に生息すモノ達より関係性を与えられていた。
生活の場を森の中とする者、森林での活動を生業とする者、森にて迷い込んでしまった者、、、どこからか声がする、何かが聞こえた気がする、、、森の中にて聞こえて来るとされる『森の声』が、トキヒコには届いていた。
『森の声』
その声が届いた者が居たならば、癒しを感じ、安堵に包まれよう。
だがそれは、受け手の心境に写し出される事となる。
同じ『森の声』であっても、届いた者によりそれは時には恐怖に、別の者には畏怖に変わる。
トキヒコが森へと入れば樹木、花、草がトキヒコに語り、囁きかける。『森の声』はトキヒコに向う。
森へと通うトキヒコは、何時の日からかその場に生息される者達より愛される様になっていた。
『森の声』その地で生を営む者達の囁き、、、だがトキヒコは、全く聞いてはいなかった。
少年トキヒコが興味を持っていたのは、昆虫採集であり木の実の採取であり、遊びを楽しみ広げる事しか頭の中には無かった。
森を取り巻く流れなどには感じもせず、関心も無く、あくまでも遊び場のひとつに過ぎず。
だが確かに、トキヒコ自身も山を森を木を花を草を愛していた。
地球上の極一部の森に愛されたトキヒコは、理界を越えてもその愛を身に纏っていた。
エルフの里国の森、別成る理界の森の愛を感じ、その持つ者を同じく愛した。
「あれ?まさかっ?!」
ここは裏山だ、間違いない!
木々の大きさや広がりは変わっていても、地形は変わらない。
伝わり来る匂い、風、温度、なにより雰囲気はあの日のままだ!
トキヒコは瞬間的に、それは1秒にも満たない時間であったかも知れない、、、今出た樹木へと急ぎ戻った。
「これは、、、マズい」
トキヒコは思った。
「元居た世界に戻った、行けちゃったって事?」
それは、理界を越えたって事?
いや、錯覚だったのかも知れない。
望郷心が見せさせた幻だったのか。
でも、それを確かめる為に、再び向う気は起こらなかった。
「と、とにかく戻ろう」
トキヒコは、樹木の興す流れへと入った場所、トキヒコハウスより程近くの樹木より現れた。
「リーザ、ただいま、、、」
「トキヒコさんお帰りなさい。如何されました?」
リーザはトキヒコの意識に触れずとも、トキヒコの態度や表情より、それが極僅かな事だとしても、何かの変化を感じる。
尚も、少し乱れるかの波動が、トキヒコより伝わり来たのであった。
リーザには、嘘も隠し事も通じない。
「うん、リーザ実は、」
トキヒコは居間に設えられた椅子へと座ると、リーザが席に着くのを待って、口を開いた。
「リーザ、もしかしたら『ドローガ・ドロゼワゥ』で、元居た世界、それも私の実家近くの裏山に行ってしまったのかも知れない、、、」
トキヒコはその時の考えや、目に入って来た状況をリーザに話した。
それはまるで何かを打ち明けるかの様に、何かを告白でもするかの様に。
「何か、失敗した。これは良く無い事だと感じた」そう、直感だった。
「もしも、もしもそうだとしたら、オレは”理界“を越えた事になる」
魔力を内には秘めない私が、単独で別の理界へと越え渡る、、、有り得ない事だ。
そもそも”理界“が何なのかも、いまひとつ、正しく分かってはいない。
「トキヒコさん、疑おう事ではごさいませんが、」
トキヒコの告白とも取れるモノ言い。
それは自身が『正しくない』と感じた事を行なってしまったとの思いから来る声。そこには、裏返る様なトーンの発声が混ざり込む。
リーザはトキヒコを落ち着かせる為に、言葉を選んだ。
「トキヒコさんが行かれました見られました場は、確かにトキヒコさんの思う裏山でしたのでしょうか?」
裏山、リーザを初めて両親に会わせた時に、二人して散策に向かった場所。
「うん、実際に木から出たのは一瞬の事だったけど、今思い返しても、あの場所は実家の裏山だった」
見間違えるはずが無い。子供の頃はほとんど毎日通って、あそこは私の縄張りみたいな所だったし。
「リーザ、どう思う?」
(「トキヒコさんの思うがままに、」)
リーザは、そう応えたかった。
それはトキヒコの考えを第一としたいリーザの想いの他ならないが、今のトキヒコはそんな答えを待っている分けではない。
「難しい、ですね。」
トキヒコの持った想いは、直に答えが出るモノでは無い。
答えが出ない、、、ならばエルフは戸惑ってしまうかも知れない。
リーザは『人間的』に思考し、トキヒコと一緒この解を探すべきとしたのであった。
「『ドローガ・ドロゼワゥ』多分、木が続く限り、、、木が有る所なのだろうか、、、私が想う所の何処へでも行けるんだろう、、、」さくらも行き先は『当人次第』と言っていた。
それは、私の都合、私の勝手で、、、そこに制限も制約も、、、無い。
トキヒコは、何か少し恐ろしさを感じていた。
少し感じるこの怖さって、、、何も限度も限界も無い中で、自由気ままにやった事が、やがて重大な失敗、取り返しのつかない結果につながる、、、そんな予感じみた事を思ってしまうからなのだろう。
だけど、私が再びあの場所へ『行こう』としなければ済む事なのだろう。
でも、『制限も制約も無い』事と『自由』は、同義語でなければ類義語でもない、、、それは私が目指す『自由』とも違う気がする。
何かが想い通りになる事は、諸手を上げて迎えるには何故か躊躇してしまう。『本当にいいのか?』と。
「リーザ、、、『ドローガ・ドロゼワゥ』、これは、、、私が使わない方がいいのかも知れない。私が持ってはいけない『力』なのかも知れない、、、」
トキヒコは少しの怯えを抱えつつ、思い悩んだ。
「トキヒコさんのみが得られました『技』でありましょう事。」
『ドローガ・ドロゼワゥ』、事実リーザであれザーララであっても『知る』事となり『理解』に及ぼうとも、実行は出来ない。
「うん、でも自分の力で得た『技』とは違う、、、」
自分が鍛錬した結果で得た『力』でも無い。リニジュカさんが与えて下さった、、、
あー、まだリニジュカさんの所には行ってないけど。
ただの人間である私が、何か『力』を得たとしても、使い切れない。
『ドローガ・ドロゼワゥ』極自然で当たり前、特別な事では無く、普通の事、、、そんな印象しか持たなかったのに。
持つべき”資格“が無いのだろうか。
トキヒコが抱えている怯え。
リーザは、何かの怯えを持ったトキヒコを感じた事などが無かった。
しかし今、目の前には、悩みと怯えを抱えるトキヒコが居る。
『トキヒコのエルフ』として、自身が行える事は何で在ろう。
リーザは思考を巡らす。
「トキヒコさん、、、」
(「我らエルフでは、トキヒコさんの持たれました”怯え”を打ち消す事は適いません。」)
(「ですが私はトキヒコさんのエルフです。我が身を賭とする事に迷いはございません。」)
リーザは知る。
トキヒコの中心部分に位置する近くに、自身を置いてもらっている事を。
それは何物にも代えられぬ、自身が持つ誉れ。
リーザの持つ気概。
それは人間スルガトキヒコと添い、スルガトキヒコのフェアルン(エルフ)である事を。
リーザは想った。
(「私はスルガトキヒコを全てに置く。この思いの丈、その一部であれど今、示すべき。」)
エルフが持たぬ感情表現を知る、リーザならではの思いの丈。
「トキヒコさん、さくらが申す『当人次第』、其は唯一トキヒコさんに示されます事。他の何者にも向けます事は不可でありまする。」
「トキヒコさんは、トキヒコさん自身が持たれます戒めにて動きます。」
「リーザ、オレは戒めだなんて、」
リーザの言葉は続く。トキヒコに割り込ませる隙を与えない。
「トキヒコさんが持つ戒め、其には何者が介する事は不可であり、ご自身が示され、進みます。」
(「刻に示されます、トキヒコさんの強き意思。何者にも届きませぬ。」)
「トキヒコさんが進めます歩の先、其には我らエルフでは行う事が、適わぬ事柄、多ございます、」
(「トキヒコさんは何者にも恐れず、興す者」)
「故に、トキヒコさんが思うまま、信じるがままを示されれば、と。」
(「私は其れに連なりまする。」)
リーザの思いは言葉だけでは伝え切れない。
故にトキヒコに対し『開く』事でも、その気持ちを向かわせた。
しかし悲しいかな、人間では相手の意識、気持ちを読み取る事は出来ない。
それはトキヒコであっても同じ事。
リーザの思いは、少し消化不良となってしまう。
だがトキヒコは、感じる。
それは、『トキヒコと共に、その解へと向いたい』リーザの導きでもあった。
「ドローガ・ドロゼワゥ、」トキヒコは小声で呟いた。
リーザはダメだと思っていない。
使う私がしっかりとした意思を持ち、正しく使えと言っている。
正しさ、戒め、私は持っているのだろうか、、、。
「トキヒコさん、らしく在りません。スルガトキヒコらしく在りません。」
「リ、リーザ、、、」
「スルガトキヒコは恐れず、迷わず、その歩を進めます。違ったのであらば留まり振り返りましょう。」
リーザの『思いの丈』は続く。
「でもですね、今在るトキヒコさんは、進んでおりませぬ。違いに出逢ってもおりませぬ。」
「『ドローガ・ドロゼワゥ』トキヒコさんが持たれました特別であれ、許されました『技』なのでしょう。」
(「トキヒコさん、何時もの意思をお示し下さい!」)
「そう、特別、、、」
『ドローガ・ドロゼワゥ』、極自然で当たり前の事なのかも知れない。
そうだ、何も『力』を持たないオレにとっては特別な事だ。
「オレは、、、履き違えて無いか?」
『ドローガ・ドロゼワゥ』、この行為に対して、当たり前な事だと感じていたけど、この世界において、オレが当たり前と思える事なんて何も無い。
オレは特別な場所に居るんだ。
オレだけに許された特別な場所に。
『ドローガ・ドロゼワゥ』特別な事、リニジュカさんが特別にオレに与えてくれたんだ。
トキヒコは、顔を上げる。
「ドローガ・ドロゼワゥ」、、、そうだよな、『やってみなくちゃ始まらない』の、まだ入り口なのかも知れない。
『ドローガ・ドロゼワゥ』。トキヒコは、その理解に一歩進んだ。
「そうだねリーザ、まだまだオレは『ドローガ・ドロゼワゥ』の入り口に立っただけ。コレの仕組みも根拠も理解出来てないのに、分かった様に思っていた」
普通に、それこそ当たり前と感じていたから、『どうして行けるのだろう』とは考えなかった。
そう、オレは何も分かっちゃいない。だけど、今持つこの『何で?』の答えなり理屈が分かる時は来ないのだろう。
「でも、でもまぁいいか。特別な『力』、『ドローガ・ドロゼワゥ』という特別な『技』が使える様になった」
リーザに伝わり来た、トキヒコの揺らぐ波動は消えていた。
「リニジュカさんは、この『技』を使って自分の所に来いと言った。だから、リニジュカさんの所に行く必要性が出たのなら、その時に使うか」
「そうやって使用機会を限定しないと、私の思考はいい加減で曖昧だ」
そうでないと、何時か何かの問題に繋がってしまう、起きてしまうのでは?という、私が今回抱えてしまった“恐れ“は解消されないのだろう。
それに、リーザは言ってくれたけど、自分自身に対する戒めなんて、相当怪しい。
「となると、里国内でちょっと遠出となる時は、やっぱリーザに頼まなくっちゃ」
リーザは微笑んだ。
「トキヒコさんが想いますがままに。」
トキヒコの中で『ドローガ・ドロゼワゥ』に対する解には至っていない。
しかし今は、コレがひとつの解である。
リーザは少し安堵した気持ちを持って、トキヒコに応えた。
ん、待てよ。
もしあれが本当に裏山だったとしたら、、、
あー、エルフから、女王様から与えられた罰を破っちゃった事になるよ。
『暫しの間、(自身の)里へと還る事を禁ずる』
罰を破るなんて前代未聞、どうなるんだぁ?!
罰の上乗せ?
ギャー、今度こそ『火あぶりの刑』だったりして?!
これは、ヤバいかも。
大失敗だ。