樹木の中へ
「あー、さくら、前にオレが『ザカザニー・ラス』に行った時があったろう」
さくら、中学生だったかなぁ。
「うん、女王様に付けて頂いた“糸”が切れちゃって、」
えっ、そうだったの?そんな事があったの?初めて聞いた。
「お父さんは老いたロスリーノゼルカ・レアムパートの頭を撫ぜたって自慢していたわ。それとママに夕飯でチキンカツ作ってもらった時ね。」
さくらの記憶力は凄い。恐ろしいぐらいに。
だけど私は、あの時のザカザニー・ラスでの記憶が、何故だか薄れて行く様に消えてしまっていた。
まあ、リニジュカさんの『せい』だったんだけどな。
「ああ、あの時にさ、オレはやっぱ賢者相当者、マダーリ・シァスグローラィック(女王ユーカナーサリーが仰られるトコロの)にお会いしていた」
どこかでモヤモヤしていたのは事実。
「マーダリィ・シェズローワィエク、よ。」
あれ?この間まで上手く言えていたのに。
「まあ、それ。本人曰く、リニジュカさんって言うんだけど、この間ウチの近所に来た、現れた」
先般、トキヒコとリーザの前に現出となったリニジュカ。
森の精霊であるリニジュカの動きは、エルフの里国の王、女王ユーカナーサリーが興す結界内の観測や、さくらの感覚でも捉えられていなかった。
「そんで、ひとつの力を与えて下さったんだけど、使えん。」
何でだろう、リニジュカさんはオレに与えてくれたんだよなぁ。『ひとつの事象を示す』と。
「使えないって、お父さんが与えられた『力』って?」
トキヒコがリニジュカより与えられ、得たとされる『力』。
さくらはトキヒコが”魔力“を得る事に対して、少しの不安を持つ。
トキヒコが”魔力”を纏った時、それが僅かだとしても、巨大に広がる闇を現した。
トキヒコが現した闇は、全てを飲み込むが如く暗く深く広がる。
トキヒコの闇、それはトキヒコの中で育った”光”と相反するモノである。
「リニジュカさんがオレに与えてくれたって言う”それ”は、移動手段であって、木の中に入って別の木から出る」
そう、カミキリ虫の幼虫になる!
「リニジュカさんは、流れだとか道だとか仰しゃられて、そんで在るがままの己を示せ、と」
「プルーゼプリィーウ、流れ、、、か。」
流れ、さくらも解るのか。
トキヒコが得たのは”魔力“では無い。
さくらは理解した。
「まぁお父さん、やってみましょう。何事も実践、やってみなければ始まらない、でしよ。」
あー、オレのセリフ。だけどザーララさんトコでやったけど上手く行かなかった。
さくらと外へ出て、森の中を少し進んだ。
「リニジュカさんが示された条件は、木の幹がオレの体を包める程の太さが必要なそうだ」
細い木には入れない?
「この樹木ならいいんじゃない?」
「ああ、十分過ぎる」
樹齢、、、分かんない。人が4、5人手を繋いで囲むぐらいの巨木。
さくらと二人して、この太い大樹の前に立った。
「ではお父さん、やってみましょう。」
「よし、ではっ、在るがままの己、まりのままのスルガトキヒコ、行きます!」
目の前の大樹の幹に改めて手を当てる、、、やっぱ硬い。
コレ、どうやって入る?入れるの?
「え〜先ずは、無我の胸中で〜」
「お父さん、『胸中』ではなくて『境地』だわ。」
えっ、間違ってた?だからか、だからこの木々渡りが出来ないのか。
「それ、違うと思う。」
「違うのか〜、何が?」
「お父さん、ありのままのスルガトキヒコは無我の境地なんて求めるの?求めたとしても雑念の方が圧倒的なのに。」
ふんっ、放っとけ。
「無我だなんてスルガトキヒコらしくない。それは在りのままのスルガトキヒコでは無くて?」
「う〜ん、かも知れない。じゃあさ、どうすれば?」
そりゃあオレは強欲だとか言われたり、欲望まみれかも知れないけど、、、だって『欲』を持たなければ何も掴めないとも思ってるし、、、自覚も有る。
「お父さんは、樹木の中に入った時、すごく自然で当たり前に感じたって思ったのでしょ。」
「そうなんだよ。特に何かを感じたり、構えたりせず、」
あの時は、リニジュカさんが一緒だったからか。
「そうそう、ただ単に歩いている感じ、その延長って感じ」
そしたら違う木、リーザの後の木から出たんだよなぁ。
「だったらそのまま、歩く事の延長線で樹木へと向い、委ねるの。」
『委ねる』って、、、
そしたらまた『ゴッチ〜ん』となっちゃいそうで。
「いいわ、では手を出して。」
「なんかいい歳こいて娘と手繋ぐなんて、照れるなぁ」
私と手を繋ぎ、先に進んださくらが『スッ』と樹木へと入った。
「ほぇ~」と思う間も無く、手を引かれ私も続いた。
それは樹木の幹に、開け放たれた扉でも有るかの様に。そしてその先に空間が広がっているかの様に。
「ああ、そう、この間と一緒だ、、、」
前後左右、広がり続いている事が分かる。
道や道標なんかは無い。
だけどこの場所を思うがまま、それこそ自由に進める事が解る。
「さくら、ココは何処なんだ?」
見る限り、特に何かが有る分けでは無い。だけど確実に何かが有り、、、見えない道なのだろうか、、、この場所も特別な場所では無く、エルフの里国の中の一部である事は認識できる。分かる。
「今私たちが居る場所は、ドルゼワゥ・プルーゼプリィーウ。樹木達が持ち、樹木達が興す流れの中。」
樹木達が持つ流れ、、、
「リニジュカさんはお父さんに、その中に入り、その流れへと“乗る”事をお示しになられた。」
「うん、そうみたい」
「理界は大いなる流れを持ち、大いなる流れの中に在るとも言える。抵抗も逆方向にも向かえない、ただ、その流れに乗るだけの事。」
あー、リニジュカさんもそんな事を言っていた様な、、、何、さくらはリニジュカさんと同じ事を知ってるって言うの?!
さくらは以前、この世界の事(理だっけ?)が流れ込んで来ると言ってた。
どこの誰が発信した?何がさくらに伝えてるんだ?で、誰が?リニジュカさんだったりして?
「いや待て、何んでさくらは木の中に入れた?そしてこの流れだかに乗れているんだ?」
さくらは直接、この『技』をリニジュカさんからは示されて無いだろ。
さくらが持つ特別な力、、、なに、さくらも初めから知ってて、コレをやれるって事?
「違うの、お父さん」
違う?
「理界の流れ同様に、樹木達が興す流は在るわぁ。でも、それに乗るだなんて、その上移動する手段にするだなんて、想いも着かなかったわ。」
「そうなの?」
「そうよ。だって、理界の流れは求めたり探したりはしない。樹木達が持つ流れも、本質としては同じだから、、、」
(「魔力を内には秘めれない、人間であるスルガトキヒコに与えられる事象として、、、」)
「リニジュカさんって、お父さん流で言うところの『全てを知る者』なのかしら。」
オレ流って、何?
「いやソレ、本人が違うって言ってた。『全てを知る』事なんて不可能、みたいなニュアンスだったなぁ」
知ってる事よりも、知らない事の方が多いと。またそれを、皆は気付かないとも。
「いずれにせよ、リニジュカさんがお父さんにお与えに成られた。だからお父さんをきっかけとして、私も知る事になったの。」
オレがきっかけ〜?
でも、さくらは『知った』だけで実践しちゃうのか?あー、知る事によって『理解に至る』ってヤツか。
いや、仮に何かを知る事になったとしても、そうはならないだろう、、、さくらが持つ『異常な力』か。
「異常だなんて、何か失礼ね。」
ほんのひと間と呼べる様な時間、私はさくらに手を引かれながら、樹木が持つ流れだとかいう中を歩き進んだ。
さくらに続き、“外”へと出た。
「あっ」
違う木から出た。目の前に広がる景色が違う!
「お父さん、」さくらが指さす方向を見る。
「今、あの樹木に入りここまで来たの。」
「えっ、」さくらが指し示した樹木は、一本だけ飛び出す様に背の高い大木。確かに二人して『樹木の持つ流れ』に入った木だろう。
だけど多分2、300mは向こう。それにその場所を見下ろす様な所までやって来たって事か。
どうやった?
「例え木の中に入り、移動したとしても、そんなに遠い距離を歩いて来た感覚じゃなかった、、、」
キツネにでも摘まれている様だ。
「理界の流れや樹木達が持つ流れを『時速何キロ』と表すのは難しいわぁ。だって元々速度なんて無いから。」
「速さを持たない流れって?」
「理界には、時間の概念が無い。時間を持つのは理界の中での事。」
「理界と理界の中は別の事なの?」
オレは肉体(外)も精神(内)も一緒なんだが。
う〜ん、さくらが何を言っているのかさっぱりだ。
どういう仕組みだ?オレのマジックポイントはどうなった?
マジックポイント、持ってたっけ?
いやいやいや、何がどうなって、こうなった?
どうしたら5、6歩進めば100mになる?
それに『流れ』の中だかに乗っていたのに、流されたりした感覚も無かった、、、。
、、、だけど、特別では無い。
だけど、何なんだろう、、、
「変に想い悩むなんて、スルガトキヒコらしくないわぁ。」
リニジュカさんみたいに言うなよ。でもコレって悩みじゃなくて、未知の体験に戸惑ってるだけなんだけど。
まぁ、まだまだ悩み多き中年男子には変わらず!
「だけどさ、コレだとやっぱり、、、」
「なに?」
「魔法使いスルガトキヒコ、誕生です!」再び。
スルガトキヒコ、成し遂げましたっ!
「流れに乗ると言っても、流されるのではないわ。正に乗る。でも何処へ進むのかは当人次第よ。」
うーん、分かったような、分からないような。いや、分からん。実践してもオレでは理解には至らないよ。
コレが”魔力”とは違う事は分かる。多分。
だからと言って、どうしたから、こうなる、なんて分からない。
だって仕組みというか、理屈も分からない。その流れだとかも見えないし、、、う〜ん、でもまぁ、いいか。
「でもさくら、こうなると、やっぱこの『技』の名前が欲しいなぁ」
せっかく手に入れたのだから、無言で『技』を繰り出すのは、ちょっとなぁ~。
「『技』に名前ねぇ。変なトコロに拘るのね。だけどそれがお父さんらしいか。」
(「お父さんって、シュートとかパスにも名前付けてるしなぁ」)
「では、『ドローガ・ドルゼワゥ』はどぉ?」
「何ソレ?」
「言い表すなら『樹木の道』よ。」
「ドローガ・ドルゼワゥ。樹木の道ねぇ~うん、いいかも」
(「いいんだけど、言いづらいし、『道』と言うより『未知』なんだが。」)