トキヒコの朝 トキヒコとルイラー
エルフの里国に、新しい朝が来た。
トキヒコが新居で迎えた初めての朝、それは何時もの朝とは変わらない。
だが、トキヒコが持つその”感覚“に何か変化が現れ出した。
「あれ?ここは?」
そっか、そうだった。
『トキヒコハウス』皆で作ってもらったオレの住処だ。もうここは、オレの秘密基地!(皆んな知ってるけどね。)
何とも言えない嬉しさが込み上げて来て、昨夜はなかなか寝付けなかった。直ぐに寝てしまう筈の自分からは少し驚く事だったけど、、、それでもやっぱ、いつの間にか寝ちゃったのか。
部屋の片隅には朝の陽差しが届き、森の中の澄んだ空気に包まれている。
木の香りが充満されているこの部屋は、何だか落ち着く。すごく過ごし易い。
寒くも無く、暑くも無く快適だ。でも、
「ん?なんだろう?何だか外が、、、」
この家の外、家の周りわの状況や環境なんだろうか、家の周囲や森の隅々が感じられる。
今、この家の周囲には多くの者達が集まっている。
生きる者達の息遣いが、鳥や小動物、昆虫の類、、、見た事も無い連中だ。モノ珍しいモノ(『トキヒコハウス』)が出来たからな。でも、何故感じる?分かるんだ?その数まで数えられそうだ。
決して『神経が研ぎ澄まされてる』なんかでは無い。(そもそも、そんな鋭い感覚の意識や集中力を持って無いでしょ。)なんだろう、、、この家の外に意識を向けると、、、緩やかに伝わって来るモノが有る。
ああ、まただ。
リーザが来る。
魔力を行使した『渡り』の術で、今この外に現れる。
『コンコン』
「トキヒコさん、おはようございます!」
優しいノックと共に開かれた扉の向こうには、明るく美しいリーザの姿がある。
「ああリーザ、おはよう」
「起きられていたのですね。寝坊助さんでも宜しいですのに。」
最早出勤時間を持たない私は、何時寝ようが起きようが、誰にも咎められない。
習慣って、場合によっては怖い現象の時も有るけど、生活習慣を持ち、一定の生活リズムを刻む事は、人間に取ってその育成には大切な部分でもあるだろう。
私の『寝坊助』も、平日には働いていたから、休日は休息時間を取り戻す為に昼近くまで寝てるのが私の生活習慣。多く寝て、英気を養う、、、などと、『遅起き』を逃げたい言い訳だったんだけど。
さくらは『人間は寝貯め』なんて出来ないって言ってたなぁ。
「如何でしたか?新居で過ごされまして、そのお目覚めは。」
「うん、すごく快適だ。この家(部屋)を作ってくれたエルフの皆んなには感謝の気持ちしかないよ」
広いとは言い切れは無いけれど、そもそも豪邸とか大きな家屋なんて望んでいない。大きい家や部屋数が多かったら、掃除が大変だしなぁ。
家の中を見渡せば家財道具も揃っているし、何より『トキヒコ観察記』を書くべき机が備わっている。
リーザが簡易的なキッチンに立てば、水道も流れ出す。
日常生活を過ごすには、何も困らない。ただ、この家の中にはガスコンロなんて有る訳が無い。火の気が無いので私ではお湯を沸かせない。そこは竈を使って、『炎鉱石』なり『熱鉱石』を使えばいいのだけど“魔力”を内には秘めない私では無理だ。
もう一度、さくらに登場願おう。
オレだって、キッチンに立つ事は有るんだよ。さくら知ってるだろ。
誰かに頼まないと、各種の鉱石が使えない点だけが、ちょっとだけ不満。それ、『トキヒコハウス』とは関係無いだろ。
トキヒコの新たな住まいでのエルフの里国での生活が始まった。
私はそれなりに身なりを整えると(顔を洗う程度で、いつもと別段変わらないけど。)リーザと揃ってエルフの王宮へと向かった。
この『トキヒコハウス』の完成のお礼は、何よりエルフの里国の王、女王ユーカナーサリーへ言わなくっちゃ。
お礼と報告に伺う事にし、エルフの里国の王宮、女王ユーカナーサリーの座する”花の間“へと伺った。
「ありゃ、さくら?」
我が娘のさくらが、女王ユーカナーサリーの先客として、この場に居た。
「女王様、エルフの皆さんにご協力を頂きまして、昨日無事に『トキヒコハウス』が完成しました。遅ればせながらご報告いたします。ありがとうございました」
「良い良いトキヒコ殿、礼など不要な事。さて、我らの民はトキヒコ殿の要求に答えられたのであろうか。」
「はい、それはもう100点満点の倍付けでも足りません!」
と、普通であったらこんな意味不明な人間の独特な言い回しでも、女王ユーカナーサリーはご理解頂ける。ん?オレだけの独特さか。
「お父さん、私まだお呼ばれされてないんだけど。」
さくらには色々と仕込んでもらったけど『トキヒコハウス』の完成!となってからは、まだだもんな。
「ああ、昨日はちょっとわがまま言って一人を満喫させてもらった。まあ、基本『来るモノの拒まず』だから、さくら、何時でもどうぞ」
いやさくら、必ず来い。直ぐに来い。頼みたい事は山積みだよ。
「トキヒコ殿、一夜を過ごされ周囲はどうであろう。朝を無事に迎えたとの事、今後に続こう何やら不満や不具合を感じたならば、我に申せ。」
不具合なんて無い。と言うか、今日の今日ではまだ何も分かってません。
まあ、さくらに頼みたい事は幾つかありますけど。けど、
「女王様、実はですね、、、」
今朝起きて、感じた事を女王ユーカナーサリーに伝える事にした。違和感では無い、むしろ受け入れたい感覚。だけどその理由が分からないと、ちょっとだけ不安もある。
「今朝、起きてですね、この、何か突然に周囲の事が伝わって来るというか、周辺の状況がなんとなく解る、、、情報が入って来る様な感覚がありました。何か有るのでしょうか?」
あの土地が持つ独特の力なのか、まさか『トキヒコハウス』が持つ力!?
その理由が解るのであれば、知っておきたい。
「へー、お父さん、悟りを開いた?それとも何かが覚醒した?」
「悟りは知らんけど、覚醒だったらカッコいいなぁ」だけど“魔力”を内に秘めたり、纏ってはいないからなぁ。土地が持つモノなのか、やっぱり『トキヒコハウス』が持つ”力“だったりして?
「トキヒコ殿がこの地に居を構えた事により、トキヒコ殿の身と心が定まった。」
「はい」そうなるの?
「自身がこの地で過ごそう事を自身が定め、自身の認識とも至った。」
「トキヒコ殿がこの地にて過ごそう事を定めた。それはこの世界がトキヒコ殿の存在を認識するに至った。」
この世界がオレを認めてくれたって事?
「トキヒコ殿はこの地にて解放され、それは元居た世界と同等である、同意である立ち位置と成った。最早こちらの住人じゃな。」
そう、今まではエルフの里国に訪問していたんだ。幾ら長い時間をココで過ごしても、結局、帰る事が前提だった。
主な生活は人間社会であったから、帰る場所があったから、、、だけど今はエルフの里国に移住したから、、、
これでオレも、エルフの里国の民の一員に!?
「ようこそトキヒコ殿。この地にて我らは共に過ごそう事。」
何か、、、認められた。本当の意味で迎え入れられたのか。
「だがな、トキヒコ殿は我らの里国の民とはならず。」
ええー!そこは純粋なエルフでは無いから?
「トキヒコ殿を我ら里国の民とせよ、其はトキヒコ殿が自身を縛るに繋がる。其はトキヒコが求める『自由』に反する。」
私が求める自由、、、でも女王様の庇護の下に入れない?
「トキヒコ殿、案ずるでは無き。何より我はリーザの次と成るトキヒコ殿の伴侶ぞ。その関係性に民だ否だの戯言では括れぬよ。」
エルフの里国の王、女王ユーカナーサリーも、『私のエルフ』で括っていいのか?まあ今までも、私がエルフの里国の民に関係無く、女王様は救いの手を何度も差し出して下さった。
何も持たない単なる人間、異なる世界の住人に対して、、、それはエルフの里国の民以上に、何故だか特別な配慮を頂いている。
「この世界が私を認めてくれた事は嬉しいです。ですがそれだけで今朝感じた周囲の感覚が伝わるものなのでしょうか?」
あの土地や『トキヒコハウス』が持つ力では無いって事?
だとすると、エルフの皆が持つ感覚なのかなぁ〜?
「トキヒコ殿がこの地にて過ごす認識と成り定まった。この世界にも認識と成り定められよう。成らばこの世界に存在するモノもトキヒコ殿を認識するに至った。」
この世界に存在するモノぉ〜?
「、、、ルイラーですか?」
「左様。」
「トキヒコ殿は“魔力”を内には秘めぬ。だが(膨大とも言え様)ルイラーをその身に纏おう。ルイラーは世界に漂い世界を繋ぐ。トキヒコ殿はルイラーにも認識されたのやもな。」
今朝から感じていた、周囲の状況が何かの情報として届いていたのは、ルイラーが伝えてくれたからなんだ。
でも分かる。さくらが以前に言っていた『風が教えてくれる』が分かる。こう言う事か。
あの時のさくらは、ルイラーから周囲の状況を情報として届けてもらっていたのか。
「ただの、それはトキヒコ殿のみに与えられたモノであろう。我らではルイラーより伝わり得る何やらは無き。それは叶わぬよ。」
ルイラー、、、
ああ、ああ、、、そうか、そうなんだ。オレは、この世界と何か繋がった、感じ?
さくらが私を覗き込む様に見てくる。
そう、さくらは既にルイラーから情報が運ばれて来る事を知っているし、実際に届かせる事も出来るのであろう。
さくらは、女王ユーカナーサリーやザーララさんでも敵わない程の力を持つに至った、端から持っていたから、、、もしかしたらルイラーをコントロールする事も可能なのか?
だけど私は“魔力”を内には秘めない(秘めれない)ので、その活用方法や恩恵には、少し眉唾な気持ちも有る。
「お父さん、ルイラーは何者にも制御出来ない存在なの、ただそこに在る。だけど魔力を秘める者には必要不可欠なモノ。だからお父さんが多くのルイラーを纏う事は、なんかズルいわぁ。」
「オレをズルいとか言うな」宝の持ち腐れって言いたいのか?そもそもは、さくらが持つ“力”がオレにルイラーを集めさせてるんだろ。たぶん。
ルイラーは『何者にも制御出来ない』か。
ではオレが、史上初の”ルイラー奏者“となっちゃうか?
「お父さん、無理ね。」
「何がぁ〜?」
「ルイラーはそこに在る、あるがままなの。だからそれでいいのよ。変に追求や解明を目指しても無意味な事。ルイラーだって、変に探られたくないって言ってるよ。」
あー、さくらが言っている事が正しいのかどうか分からん。さくらならルイラーをコントロールしちゃってそうだし、さくらが私では手の届かない世界に居る事は、分かる。
「ルイラーか、まあいいでしょう。今まで多くのルイラーを身に纏ってると言われて来たから、やっとその恩恵にあやかれる時がきたんだなぁ、と思っておくよ」
「トキヒコさんが得ました“力”、彼の者にも叶わぬモノ。素晴らしき事と成りましょう。」
ありゃ、リーザに褒められた?
でも今は、別段なにも感じないなぁ。何かルイラーとの会話方法でも有るのか?
精神の集中とかが必要だったりして。それだと無理だ。
「お父さん、ルイラーに対して『開く』のよ。ありのままの“スルガトキヒコ”で向き合う事。そうすればルイラーも答えてくれる筈よ。」
ありのままに『開く』か、、、
周囲の事を情報として知るのは便利そうだけど、なんなちょっとズルい気もするなぁ。
いや、ちょっと待て、オレはエルフの『開く』(相手との意識の疎通)は出来ないじゃんか!
どうなんだルイラー、返事してくれぇ〜!