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呪いの箪笥  作者: コロン
2/3

2 呪いの箪笥が出来るまで

 ねんねんころりねんころり


 あの子とこの子は絹と土


 あの子とこの子は稲と草


 ねんねんころりねんころり


 綺麗なべべ着て鞠つきしましょ


 ねんねんころりねんころり


 あの子とこの子は違くて同じ、そう同じ。



 。。。




 女はお屋敷の隅にある蔵で、使わなくなったガラクタと共に暮らしていた。

 蔵の2階、小さな明かり取りの窓があるだけの2畳ほどの板の間が女の生活の場であった。

 女は窓から外を見るのが好きだった。

 小さな窓の外、お屋敷の庭がよく見えた。



 蔵の1階には、普段使わない祝事用の皿や腕が入った木箱が整然と並んでいた。

 木箱にさえ埃一つないよう管理された蔵の中、女はボロを身につけ、毎夜遅くに届けられる残飯のような粗末な食事で命をつないでいた。


 そして秋の稲の収穫の繁忙期だけ、働き手の足しとして、下から梯子をかけられて外に出ることが出来るのだ。



 女の母親は、屋敷の奉公人だった。

 屋敷の旦那に気まぐれに手を出された結果、女は産まれた。

 母親と2人、ずっとここで暮らしていた。

 母親は虚ろな目をして、一日中子守唄を歌っていた。

 女はその子守唄を一日中聴いて育った。 


 ある朝、母親は起きなかった。

 女は母親は寝ているだけと思いそのままにした。

 しかしそのうち母親の顔や手が紫色になり、数日すると溶けて異臭を放った。


 食事を届けに来た女が悲鳴を上げた日、数人の男達が来て、寝ていた母親は布団ごと連れて行かれてしまった。



「ねんねんころりねんころり…」



 母親がいなくなった部屋の隅で、女は子守唄をつぶやいた。



 。。。



 お屋敷には女と同い年くらいの娘がいた。

 窓から覗き見れば、娘が遊ぶ姿がよく見える。

 ふくふくとした餅のような白い肌、手入れの行き届いた艶のある黒髪、仕事などした事のない白魚のような指。

 女が下に降りる繁忙期でさえ、庭で鞠をついたり、舞いを習ったりして過ごしていた。




「ねんねんころりねんころり…」


 女の耳に母親の子守唄が聞こえた気がした。




 。。。



 年頃になった娘は婿をとる事になり、春の暖かさが感じられる頃、お屋敷で祝言があげられた。

 祝いの宴が開かれる事になり、何人もの女中が入れ替わり立ち替わり蔵から皿や器が入った木箱を次々と運び出す。

 宴は何日も続き、その時ばかりは女に運ばれる食事もいつもよりいい物だった。



 秋の風が吹き始めた頃、稲穂が首を垂らす繁忙期になり、女は手伝いとして駆り出された。

 夜遅くに水場で汚れた体を拭っていると、若い男に声を掛けられた。

 身なりの良い男は女に優しい言葉をくれた。

 金糸が使われた巾着から、紙に包まれた飴玉を3つほど出し女の手に握らせた。


 男がくれる甘い言葉と甘い飴玉。

 その為なら毎夜、多少の痛みは耐える事が出来た。



 繁忙期の終わりと共に男はパタリと来なくなり、飴玉を貰える事はなくなった。



「ねんねんころりねんころり…」



 最後の一つになった飴玉を口に入れ、女は子守唄を口ずさんだ。



 寒い冬が過ぎ、梅の花が匂い出した頃、女は自分の腹が大きくなっている事を不思議に思っていた。

 腹が大きくなる代わりに髪は抜け、歯も何本か抜け落ちた。肌はくすみ艶もなく、まるで老婆のようであった。


 窓から外を見ればお屋敷の娘もまた、同じように腹が大きくなっていた。

 ふくふくしていた娘は前より少し細っそりとしていたが、頬は赤く、濡れたような唇は幸せそうに弧を描いていた。

 娘は愛おしむように、大きくなった腹を撫でていた。



「ねんねんころりねんころり」

「ねんねんころりねんころり」




 ある日、女の腹が酷く痛んだ。

 今まで感じたことのない痛みに耐えていると、ぬるりとした感覚と共に、股下が濡れた。

 見ると血が混じった大量の水と一緒に赤黒い赤子が落ちていた。


 女は赤子の体を拭き、ボロ布で絡んだ。そして泣く事のない子を抱いた。


「ねんねんころりねんころり」


「ねんねんころりねんころり」


 母親が歌っていた子守唄を子に歌ってやる。


「ねんねんころりねんころり」




 子に外を見せてやろうと窓から覗く。

 すると、飴玉をくれた男が赤子を抱いているのが見えた。

 赤子は自分が抱いている子よりニ回り大きく、暖かそうなお包みに巻かれて両手を空に伸ばしていた。

 男の隣りには娘がいて、男は優しい顔をして娘と赤子を見ていた。

 その後ろからは、恰幅の良い老人がにこやかに赤子をあやしていた。





「ねんねんころりねんころり


 あの子とこの子は絹と土


 あの子とこの子は稲と草


 ねんねんころりねんころり


 綺麗なべべ着て鞠つきしましょ


 ねんねんころりねんころり


 あの子とこの子は違くて同じ、そう同じ。」




 女は母親が歌っていた子守唄の意味を悟った。

 あの子は、老人の妻であり、娘であり、赤子の事。

 この子は、母親であり、自分であり、動かない赤子のことだと。


 全て理解すると、今まで感じた事のない怒りが生まれた。

 言葉で現す事が出来ない程の強い憎しみを抱いた。


 母親がどんな想いでこの子守唄を歌っていたのか、自分が土であり草である事。

 血の繋がりのある人々。

 自分が産んだ赤黒い子どもと、娘が産んだ宝の様な子ども。


 自分がこの世に生を受けるきっかけになった男を憎んだ。

 幸せそうに笑う娘を憎んだ。

 自分に子の種を植えた男を憎んだ。


 自分の命をかけてでも呪ってやろう。この一族を絶やしてやろうと強く決めた。

 ガラクタの中をふと見やると捨てられた箪笥を見つけた。


 ここに呪いを仕舞おう。

 そう思ってニタリとした。


 もう少しで繁忙期に入る。

 その前にやり遂げたかった。


 髪をむしり、そこに血を垂らした。

 そして男がくれた飴玉の紙に包み、箪笥に仕舞う。

 呪いを込めて。


 爪をむしり飴玉の紙に包んだ。

 子を産む為にほとんど無くなってしまった歯も紙に包む。

 耳は引きちぎり、目を抉った。

 暗闇の中で自分の指を折り箪笥に仕舞う。

 そして首に縄を括り二階から飛び降りた。




 繁忙期前に起きた女の死を、気に留める者はいなかった。ただただ来年の豊作を願った。




 収穫が落ち着いた頃、屋敷の旦那が倒れた。

 何の前触れもなく、あっけなく逝ってしまった。

 年齢的に仕方ない事だろうと、悲しみながらも葬儀が行われた。

 そして後を追う様に奥方も亡くなる。


 娘が、子がと続いて亡くなった時、誰もがおかしいと気付く。

 残された男が祓屋を呼ぶが、祓屋がその場で生き絶えた。


 これを見た屋敷に勤めていた者たちが、1人2人と去り始める。

 しかしその去った者達も次々に死んでいく。



 ある日男は夢を見る。

 老婆が赤黒い子を差し出して、抱けと言う。

 怒りに任せて思いっきり子を払い除けると子の首がもげた。

 それからは、寝ても覚めても赤子と老婆が付き纏う。


「旦那様はお可哀想に、とうとう気が触れてしまった」


 屋敷に残った数人がそんな事を話していたある朝、男は池に浮かんでいた。






 。。。




「ずいぶん古いお屋敷だなぁ…」

「なんでも代々続いた屋敷だったけど、あっという間に落ちたそうだ。こんな曰く付きの屋敷の取り壊しなんてよく社長も引き受けてきたもんだよ」

「結局は金だろう」

「現場で働くのは俺らだもんな、少しはこっちの身にもなって欲しいぜ」

「解体する前に金目の物は貰っておこうぜ」

「蔵があるからな、きっとお宝があるさ」

「今はネットで売ればぼろ儲けできるからな」




 蔵の2階へ行った相方の矢橋が、気づけば横に立っていた。

「お、なんかいいの見つけたか?」


「…俺…これ貰うわ…」


「うわ、汚ねえ箪笥だなぁ…そんなもん売れないだろう」


「……これは…俺が…大切にする…」


「へぇ…お前そんな趣味あったんだ?まあ、他も見て見ようぜ」



「…これだけで……これでいい…」








 







 ねんねんころりねんころり


 あの子とこの子は絹と土


 あの子とこの子は稲と草


 ねんねんころりねんころり


 綺麗なべべ着て鞠つきしましょ


 ねんねんころりねんころり


 あの子とこの子は違くて同じ、そう同じ。














挿絵(By みてみん)



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― 新着の感想 ―
正しく、この怨み晴らさず於くべきか。 怨まれても仕方ない、殺されても享受せよ。 潰れたお家はそのまま潰してしまえば呪いも潰えたかも知れないのに、余計な下心がそれを広めてしまったんだな。 というか、「お…
[良い点] すごく好きな世界観でした…! でも切ないというか悲しいお話でしたね(>_<) せめて産んだ赤ちゃんが無事に育ってくれたら、また違ったのかも…いや、同じことの繰り返しになるのかな、と思ったり…
2024/07/27 09:56 退会済み
管理
[良い点] なるほど、あの特級呪物というべき箪笥はそういう経緯で誕生したのですか。 これは何とも悲しくて恐ろしいですね。 虐げられた人達の無念の思いが呪いとなって世に留まり、やがて当事者以外の人間にも…
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