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八重谷茉莉花はちょっとおかしい。  作者: 犬川くろのすら
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八重谷茉莉花はちょっとおかしい。9

 翌日。

 俺は翌週に迫ったアパートの引き払い期限に向けて、散らかった部屋の片付けを進めていた。月山が手伝いに来てくれている。間違って殺して悪かったな。


 八重谷の方はどうだろうか。あいつのアパートに行ったことは無いが、元々散らかっているイメージは無い。せいぜい、本が多すぎて段ボール箱が足りなくなる程度しか困り事も無さそうだ。

 そんな事を考えながら、休憩がてらにベランダから外を眺めていると、俺のスマホが着信を知らせた。


 見ると、『八重谷』と表示されている。


『陽光くん?』


「ああ。……その呼び方で定着したのか?」


『いいでしょう、別に。』


「いいよ。で、何?片付けの手伝いなら大志満か里見に頼んでくれ。月山は俺が借りてる。」


『昨日の問題。』


 ドキッとした。

 恐怖が蘇ったというわけではないが、醜態を晒したのを思い出して恥ずかしさを覚える。忘れろ、と言いたいのを堪えて、なんだよ、とだけ返した。


『実は、私からあなたへのメッセージが隠してあるの。解き方は同じ、花言葉。』


「マジ?」


『あの場で言う事ではなかったから、今伝えたわ。答えが分かったら、それが意味する場所に来てちょうだい。分からなかったら……。』


「いやちょっと待てよ、今俺部屋の片付け中だって。」


『……月山くんにやらせなさい。バイバイ。』


「待てよお前やべーな。バイバイじゃなくて……切れた。」


 月山が不思議そうな顔でこちらを見ている。

 この献身的な後輩に全部任せるのは、あまりに気の毒だ。しかし、問題が解けなかった時の事を聞きそびれた。八重谷のろくでもなさを考えると、出来るだけ早めに解いて安心したい。


「月山、ちょっと推理ゲーム手伝え。」


 この方が合理的だ。協力して早めに終わらせれば、片付けの時間も確保できる。

 俺と間違って殺されるくらい推理好きの月山は、喜んで片付けを放棄し、推理ゲームに協力してくれた。


「お前ら、昨日のゲームの内容は聞いてたか?」


「いや、全然。八重谷先輩があり得んくらい金城先輩ビビらせるから、8時に電気消えたら入って来いってだけ。」


「……なんだよ、その自信。ろくでもねーなマジで。まあいいや。話の内容がさ……。」


 一通り説明し終え、考察に入る。

 月山と二人でかかれば、なんなら今日中に全ての花の花言葉だって調べられるかもしれない。問題は、そのどれがどう繋がってどんな答えになるのか、だ。


 改めて名前を列記してみよう。

 八重谷(やえたに)茉莉花(まりか)

 大志満(おおしま)桃子(ももこ)

 里見(さとみ)香澄(かすみ)

 月山(つきやま)桂太(けいた)

 そして、殺されたのが金城(かねしろ)陽光(ひかり)


 花の名前がどうこうと言うのは4人だけだったが、俺は殺されたのでとりあえず除外する。

 ジャスミン、桃、かすみ草、月桂樹。これらは既に一度調べたので、再度調べ直す必要は薄いと思う。同じ花なら、昨日調べた時点で分かってしまう可能性があるからだ。

 電話で八重谷は「あの場で言う事ではなかった」と言っていた。それがメッセージの内容の事だとすれば、最初からこうして後で伝えるつもりだったと考えられる。ならば、あの場で解けてしまう内容ではないべきだ。

 昨日調べた花とはまるで関係ない、しかし同じメンバーの名前に関係する、花言葉。昨日の時点で解けないために、より発展的な内容になるのだろう。あの結果を踏まえた上でなければ辿り着かない、そんな花。


「まず、先輩は花繫がりだって分かった時点で、まっすぐにそれぞれの名前を調べたんですよね?」


「そうだな。桃、かすみ草……って思って、月山桂太だから月桂樹ってなって。で、月桂樹を調べようとした時点で花言葉って言葉が出てきた。それから三人分調べて、最後に八重谷がジャスミンを検索して、俺は丁寧に殺された。」


「ふーむ。てことは、全員の名前を花と関連付けて調べはした、ですか。それを踏まえて、他に何があるか。」


 全員、という言葉に引っかかりを感じた。

 そういえば、全員ではない。殺されたからと理由をつけて除けていたが、俺の名前は調べていない。


 考えてみれば、八重谷の名前だってそうだった。

 茉莉花という名前に花が入っているから、花だと思った。その名前の花を知らなかったから調べたら、ジャスミンの事だった。


 同じ事が、俺の名前にもあり得る。

 陽光という名前の花が世の中にあるのか無いのか、俺は知らないのだ。


「……いや、あったわ。」


 早速調べようとした時、先んじて月山が俺の名前で検索をかけていた。優秀な後輩だ。


 検索ワードは『陽光 花の名前』。

 検索結果には、『桜の名前一覧』というページが表示されている。


 言われてみれば、確か桜の種類は何百以上あると聞いたことがある。なるほど、それだけあれば俺の名前と同じものがあってもおかしくはない。

 ええと。例えば、桜にはどんなのがあったっけ……。


 考えた瞬間に気付き、慌てて月山のスマホを奪う。


「え、なんですか!?」


 自分のスマホで調べ直すことすらもどかしく、俺は月山のスマホに既に表示されている『桜の名前一覧』を見た。


 オオシマザクラ。

 大志満。


 サトザクラ。

 里見。


 ヤマザクラ。

 月山。


 そして、調べるまでもない。

 八重桜。

 八重谷。


「全員、桜の名前が入ってる。」


「そうなんですか。へえー。」


 桜。キーワードは、桜だ。

 そして、花言葉を調べてみた。八重谷から俺へのメッセージ。


『桜の花言葉:

 優れた教育

 精神の美

 優美な女性』


 スマホを殴りそうになったが、月山のスマホだと思い出して拳を止めた。

 こんな事を調べさせるために、あいつは俺に電話してきたのか?それとも、何か間違えているのか?


 もう一度思い出してみよう。あいつは気付かないところでヒントを出したりする。

 昨日のコンビニで言った「誕生日ではなく葬式」という発言だって、今にして思えば「誕生日に俺を殺すネタをやる」という意味を含んでいたと考えられるのだ。あれは気付かなかったが、とにかく、そういう伏線を張ってくる事がある。


 電話口の八重谷に違和感は無かったか。

 どんなろくでもない発言をした?片付けを全部月山にやらせろと言った。それはただのやばい奴だ。

 もっと、こう、少しだけ不自然というような……。


「……あいつ、切る直前に『バイバイ』とか言ったな。」


「そんなの普段聞きませんね。」


「英語ってのがヒントか?」


 今度は自分のスマホで『桜 花言葉 英語』と検索をかけるが、それらしいものは無い。

 ならば、『海外』ではどうか。検索してみる。


 真っ先に目に飛び込んできた言葉が背筋をなで上げる。恐怖とは別の冷たい感覚が、背骨を伝って脳に駆け上がった。



『桜のフランス語での花言葉:

 私を忘れないで』

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